大学ラグビー

特集:第56回全国大学ラグビー選手権

早稲田の副将FL幸重天 悲観的に備え、楽観的に〝天辺〟とりにいく!

低く、低くスクラムを組む幸重(すべて撮影・谷本結利)

ラグビー 第56回全国大学選手権 決勝

1月11日@東京・国立競技場
明治大(関東対抗戦1位)vs 早稲田大(同2位)

1月2日のラグビー大学選手権準決勝で、早稲田大は関西王者の天理大に57-14で大勝した。早稲田は6シーズンぶりに決勝へと駒を進めた。関東大学対抗戦Aグループの終盤でやや調子を落としていた早稲田だったが、大学選手権に入ると復調。アタックでもディフェンスでも、赤黒ジャージーが躍動し始めた。

明治に気づかせてもらった

副将のFL幸重天(ゆきしげ・たかし、4年、大分舞鶴)は「早明戦(7-36で敗戦)で、接点で受けてしまった。変わらなければならないと明治に気づかせてもらった。短い間でしたが、自分たちが成長した姿を見せられた」と誇らしげに言った。 

序盤こそスクラムは劣勢だったが、後半は一転して天理にプレッシャーをかけた。相手のラインアウトには終始プレッシャーを与えて攻撃の起点をつぶし、ボールを奪い返す場面さえあった。セットプレーで天理を上回ったのが大きかった。 

これが幸重のラグビー人生で区切りの一戦となる

幸重はFWのリーダー格で、自らも相手ボールを奪った。「Bチームが天理のラインアウトを研究して、練習で仮想・天理としてやってくれたので、プレッシャーをかけられました」と、チームメイトをたたえた。ラインアウトの分析は、メンバー外のFL沖野玄(函館ラ・サール)やLO中尾悟(桐蔭学園)といった4年生たちが担当してくれたという。 

スクラムに関して幸重は「前半は相手の組みたい形で組まれてたんですけど、後半は相手のセカンドエフォート(2度目の押し)を低く耐えてから、相手が浮いたところを返すというのができました。いろいろ言われてきたので……。春に比べて成長しましたね」と、しみじみ語った。佐藤友重スクラムコーチと少しずつ積み重ねたことが間違いじゃなかったと、大一番で証明してみせた。 

いつもここに幸重がいた

幸重は天理大の前夜、「これで終わるのかな」と緊張し、寝付けなかったのだという。もし負けたら、15年以上に渡って生活の中心だったラグビー、とくにトップレベルでのラグビーとしては最後の試合となったからだった。 

ジュニア・ジャパンで「この先は厳しいかな」

大学2年生だった20183月、日本代表に準ずるジュニア・ジャパンに選出され、フィジー代表やトンガ代表、サモア代表といったアイランダーの代表予備軍と体をぶつけ合い、「(FLとしては)体も小さいし、これから先は厳しいかな……」と感じたそうだ。 

実際に、トップリーグの2部にあたるトップチャレンジのチームからは声をかけてもらったが、トップリーグのチームからの誘いはなかった。そこで「長い人生において、自分がやりたい仕事をやったほうがいいのでは」と就職活動し、トップリーグの強豪チームにラグビーではなく一般採用で内定をもらった。 

幸重は6歳でラグビーを始めた。父の隆正さんが1974年度に花園で初優勝した大分舞鶴のメンバーで、兄の記(しるす)さん(明治ラグビー部OB)とともに大分ラグビースクールに連れていかれた。 

その後はラグビーひとすじ。中学時代は、平日は塾に通って週末はラグビー。進学校でもある大分舞鶴高合格に向けて勉強に励んだ。その甲斐もあり、父と兄の母校である大分舞鶴に進み、花園には3度とも出場、3年のときは主将を務めた。2年生のときにはノーシードながら、明治主将のHO武井日向がいたAシードの国学院栃木を下す快挙もやってのけた。 

大分舞鶴高での評定平均は4.9

高校時代の評定平均は4.9と、ラグビーだけでなく勉強にも精を出していた幸重。「体が小さい選手でも活躍できる」と早稲田にあこがれた。指定校推薦で文化構想学部に合格してラグビー部の門をたたいた。 

同期のSH齋藤直人(桐蔭学園)やCTB中野将伍(東筑)が早くもAチームで活躍する一方で、幸重は大学のフィジカルレベルの高さに戸惑い、1年生のときは1試合もAチームでの出場はかなわなかった。 

体重は80kg弱で入学したが、ウェイトトレーニングを重ねて92kgにまでなった。また高校時代はアタックに長(た)けた選手だったが、早稲田の山下大悟監督(当時)に「もっとディフェンスを磨かないといけない」と指摘され、タックル練習に精を出したことで2年生からはAチームで活躍できるようになったというわけだ。 

天理大の選手に低いタックルを決めた幸重

4年生になり、副将になった幸重は、春シーズンの途中で主将の齋藤がけがを負ったこともあり、リーダーの一人として早稲田を引っ張ってきた。「(齋藤)直人ができることと僕ができることは違います。チームの雰囲気をよくするために声を出し続けたり、練習強度を上げるために体を張ったりということはずっと意識してました。試合に出られない4年生の分までやらないといけない」と幸重。 

座右の銘は、大分舞鶴時代にコーチをしていた江藤賢先生に教えてもらった「悲観的に備えて楽観的に臨む」である。「準備段階は大丈夫かな? 大丈夫かな、と思って取り組んで、試合では思いっきりいくというのを大事にしてきました」と話す。 

新しい国立競技場に『荒ぶる』がこだまするか

大学選手権の決勝は、対抗戦で大敗した明治との「早明戦」となり、しかも新しい国立競技場での最初のラグビーの試合である。 

仲間のトライを喜び合う幸重(中央右)

幸重は「本当に楽しみで、ワクワクしてます。最後の練習、最後の試合と思ってできるので、いい準備がしたい。このメンバーで明治にリベンジし、(日本一になったときにだけ歌う第二部歌)『荒ぶる』を歌いたい」と、気持ちを高ぶらせている。

 天(たかし)という名前には「天まですくすく成長するように」との願いが込められているという。幸重天はトップレベルでのラストゲームで最高のパフォーマンスを見せ、大学ラグビーの〝天辺(てっぺん)〟に立てるか。