陸上・駅伝

青山学院大・若林宏樹「山あり谷ありだった」4年間を締めくくる、初マラソンの大記録

別府大分毎日マラソンの終盤、キプチュンバと先頭を争う青山学院大の若林宏樹(代表撮影)

2月2日に開催された第73回別府大分毎日マラソン大会は、大学陸上の長距離界に大きなインパクトを残して幕を閉じた。青山学院大学の若林宏樹(4年、洛南)が初マラソン日本最高、日本学生新記録となる2時間6分07秒で、日本選手トップの2位に。日本歴代7位のタイムで、9月に東京で開かれる世界陸上の参加標準記録も突破。ただ、レース前から今大会限りで競技の第一線から退く意向を表明していた若林の思いは、レース後も変わらなかった。

「地元に恩返しをしよう」と臨んだレース

年始の第101回箱根駅伝では自身3度目となる5区山登りを任され、区間新記録を出した姿は記憶に新しい。小田原中継所では2位で受けた襷(たすき)をトップに押し上げ、チームの総合優勝にも大きく貢献した。ただ、マラソンに関しては別府大分が初めてだった。

若林のふるさとは和歌山県海南市。初マラソンに向けて掲げていた目標タイムは、決して速いとは言えない2時間18分。これは同じ和歌山県出身の選手が出したフルマラソンの最高記録だった。今大会で更新して「地元に恩返しをしよう」という気持ちで臨んだレースだった。

未知の長さになることもあり、走りきれるかどうか、レース前は不安しかなかったと振り返る。ただ同時に、「誰よりもきつい練習をしてきた」という自信もあった。キャンパス内にあるクロスカントリー用の起伏のあるコースを1年生の頃から何度も走り込み、心肺機能を高めてきた。

年始の箱根駅伝では2年連続で往路優勝のフィニッシュテープを切った(撮影・吉田耕一郎)

「見ている人たちを沸かせたい」と40km付近で先頭に

大分市高崎山・うみたまご前をスタートし、別府湾沿いのコースを走りながらジェイリーススタジアムに戻ってくる42.195km。若林には熟慮するようなレースプランは無かった。平坦(へいたん)なコースをひたすらついて行く、というシンプルな思考で臨むことに決めていた。序盤は「ぼーっとしながら走っていた」。それでも時折思った。「沿道の声援を聞きながら、本当に最後だなと」

レースの半分を走った頃、まだ先頭集団にいた。スイッチが入ったのは、このあたりだ。体力を持続させるための目標が30km、35kmと伸びていった。青山学院大の原晋監督とレース前に話していたのは「30kmは持つだろうけど……」という見立て。それがどんどん更新されていった。気づくと、先頭集団の人数も少なくなっていた。

若林が真骨頂を見せたのは、先頭が4人に絞られていた35km付近だった。上り坂でレースを引っ張る海外招待選手のヴィンセント・キプチュンバ(ケニア)についていったとき、他の2人が遅れ始めた。若林にはペースを上げている自覚がなかった。箱根駅伝の5区を制するために鍛え上げた特性が、発揮された瞬間だった。ふくらはぎにけいれんするような感覚があったものの、40km付近で「見ている人たちを沸かせたい」と、キプチュンバの前に出た。ラスト1kmに入って抜かれたが、集大成となる場で勝負を仕掛けた。

若林が2位で競技場内に入ってくると、スタンドを埋める観客の声援がその背中を押した。僅差(きんさ)で追いかけてくる後続はいなかった。若林はタイムの表示板を確認すると、「(自分は)こんなに速いんだ」と驚いた。2時間10分台に設定していた現実的な目標をはるかに上回る好タイムで、肩と首を激しく横に振りながらフィニッシュテープを切ると、トラックに倒れ込み、仲間からの祝福を受けた。

最後の力を振り絞って初マラソンをフィニッシュ(撮影・高億翔)

「最後だと決めて陸上競技に取り組んだ結果」

すでに競技引退の意向を表明していた若林は、レース後の第一声で「陸上人生10年を締めるレースだったと思っています」と満足げな表情を浮かべていた。それでも、本音を確認するような記者からの質問は続いた。「世界選手権の参加標準記録を切ったが、どうするのか」。もったいないのでは、とも言いたげな質問に対して冷静に答えた。

「最後だと決めて陸上競技に取り組んだ結果。その結果が世界で戦えるような結果であっても、自分の中では区切りはつけるということ」。ぶれずに、こうも言った。「陸上人生をかけたレースだという風に思いながら練習してきたので、悔いは無いです」

卒業後は陸上から離れ、一般企業で働くことになる。10年間の競技人生を振り返り、苦しいことや楽しかったことを思い浮かべながら、若林らしい一言で締めくくった。「山あり谷ありだったなと」。会見を終えると、記者たちからの拍手を受けながら、その場を後にした。

若林宏樹の名は今後の大学駅伝界でも語り継がれていくだろう(撮影・藤井みさ)

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