創部50年、中本健太郎監督「新しい安川電機陸上部を」 古賀淳紫主将の新チーム始動

2024年に創部50年を迎えた安川電機陸上部。創部以来、「草魂 ―ただひたむきに―」をチームモットーとして、常にチャレンジ精神を忘れず真摯(しんし)に競技に向き合ってきた。2023年3月からチームを指揮する中本健太郎監督に、歴史ある陸上部を任された思いやチームづくりなどを、今年度から主将を担う古賀淳紫(鳥栖工業高校卒)には、今シーズンの目標や意気込みなどを聞いた。
チームモットーは「草魂―ただひたむきに―」
――安川電機陸上部は創部50年という歴史あるチームです。2023年3月に監督に就任された際、どのような思いで監督を引き受けられたのでしょうか。
中本健太郎監督(以下、中本) 副部長の山頭直樹・前監督から「次の監督に」という話をもらった時、自分でやっていけるかという不安がありました。しかし同時に「また新しい安川電機陸上部を作っていきたい」という思いもあったので、今までとは違ったチームを作ろうという覚悟のもと、前向きに引き受けました。
――「新しい安川電機陸上部」とは、具体的にどのようにイメージされていますか。
中本 創部以来、「草魂―ただひたむきに―」をチームモットーとして、それぞれが目標に向かって取り組んできました。これから新しい時代に入っていく中、そういう伝統を引き継ぎながらも、次のステージに向けて、世界でも活躍できる選手がたくさん出てきてくれるといいなと考えています。
――監督が世界選手権のマラソンで活躍されたように、世界の舞台で活躍する選手を育てたいというお考えですか。
中本 そういう思いは強くあります。ですが、チームとしての最終目標は全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)の優勝です。そのために個人も強くなければ、チームとしてもなかなか勝てないと思いますので、個々人が活躍して、それが駅伝につながっていくのが理想です。

――入社11年目を迎える古賀選手は、チームとして節目の年に主将になりました。
古賀淳紫主将(以下、古賀) 自分がキャプテンをやることはないと思っていたので、監督から指名された時はびっくりしました。でも、若いチームの顔ぶれを見たら、任されてもおかしくないとも思ったので、結果で引っ張っていけるようなキャプテンになろうと前向きに捉えています。
中本 今のメンバーの中では実績を作ってきていますし、今年度は古賀を中心にチームを作っていきたいと考えて、2月に入った時期に本人に伝えましたね。
――古賀選手はチームに長く在籍してきて、山頭・前監督時代と中本監督になって以降で変化を感じますか。
古賀 前監督の頃は、与えられたメニューをみんなで一緒にやるという感じでしたが、中本監督になってからは、試合の1週間前は自分の体調などを考えて、自分でやることを決めるようになりました。適当にやってしまったり、きちんと考える力がなかったりすると、結果が出なくなるので難しさはあります。
中本 そうしたのは、今、チームで個々の主体性を課題にしているからです。自分で考え、責任を持って取り組んでいく姿勢がないと、選手としても成長していきません。もちろん、こちらからも客観的なアドバイスもしますが、体や心の状態は日々変わりますし、本人しかわからない面もあります。そういう意味でもまずは自分でしっかり考えて、試合までこういう形で調整していきたいと提示してもらうようにしています。
――そのような取り組みを始めて手応えはいかがですか。
中本 調整方法を考えることによって、試合でもパーソナルベストを更新する選手が増えるなど、結果にも結びついているので手応えを感じています。ただ、私が監督になってからニューイヤー駅伝では昨年が12位で、今年は9位でした。順位こそ上がっていますが、上位チームとは個々の力に差があり、個人成績ではまだまだ成果を出し切れていないので、そこは課題だと思っています。

ニューイヤー駅伝で入賞を目指す
――ニューイヤー駅伝では、エース区間の2区(21.9km)で古賀選手が2024年に22人抜き、2025年は20人抜きと大活躍しました。ハーフマラソンでも実績がありますが、それくらいの距離が得意なのでしょうか。
古賀 2023年まで最長区間だった4区(22.4km)を走りたくて頑張って練習しているうちに、気づいたらハーフの距離が好きになっていました。今では10マイル(約16km)からハーフぐらいだったら自信を持って走れるようになりました。
――中本監督は古賀選手の近年の戦績をどのように評価されていますか。古賀選手は2024年度を振り返っていかがでしょうか。
中本 古賀は駅伝力がたけている選手ですし、ニューイヤー駅伝に関しては絶対的な信頼があるので、エース区間を任せている部分があります。個人レースで言うと、昨年、5000mで4年ぶりに自己ベストを出してくれましたが、今、マラソンに力を向けている中で、3年前の初マラソンの自己ベストをなかなか超えられていないので、そこが一つの壁かなと。いろいろな大会で課題も出てくるので、それを改善していきながらマラソンでも勝負していけるようにしていきたいですね。
古賀 個人としては極端に良かった時もあれば、悪かった時もあった1年でした。体調不良や故障で練習ができないと結果が悪く、しっかり練習や調整ができていればそれなりに走れました。継続した練習は大事だとわかってはいましたが、より深く気づかされました。
――他の選手の成長はいかがでしょうか。
中本 たとえば入社3年目の漆畑瑠人(明治大学卒)は今すごく勢いがあります。こちらが言うことを素直に受け入れて取り組んでくれるので、それが最近の好成績になっていると感じます。同じく3年目の鈴木創士(早稲田大学卒)は大学時代からポテンシャルがあり、トラックでチーム記録を作ったり、ロードでは九州実業団毎日駅伝競走大会で区間賞を取ったりと、入社してからも力をつけている選手です。あとは4年目の合田椋(拓殖大学卒)は、5000mと10000mとで古賀に次ぐタイムを持っていて、駅伝力もあります。今後マラソンにも挑戦していきますし、副主将としてチームを引っ張っていく中で自分の力を磨いてくれれば、まだまだ成長が楽しみな選手ですね。
――そのような個性的で将来有望な選手たちに対し、どのような指導を心がけていますか。
中本 月1回、選手と面談を行い、状態を把握しながら強化の方向性を決めていくようにしています。これやれ、あれやれという押しつけのメニューではなく、各選手に適切なメニューを組んでいけば良い形で進めるかなと考えています。選手は調子に波があって、良い時はそのままで良いのですが、悪い時に厳しくしすぎると、気持ちが下がってしまう選手もいます。メンタルトレーナーやフィジカルトレーナーもいますから、課題を浮き彫りにして、「ここがうまく改善できれば走りも良くなっていくよ」といった感じで、注意深く話すようにしています。
――2025年度が始まりました。監督はチームの目標を、古賀選手は個人の目標をお聞かせください。
中本 今年度は選手11人で、まずはニューイヤー駅伝で前回大会を上回る入賞を果たしたいです。そのためには一人ひとりが自覚を持って、覚悟を持って取り組むことが大事かなと。本気にならないと目指せませんから、こちらも熱量をぶつけて選手たちのニューイヤーにかける思いを強くしていきたいと考えています。チームはとてもいい雰囲気ですが、たまに流されやすい時もあるので、そこはキャプテンの古賀にしっかり引き締めてもらいたいですね。
古賀 上期は5000mなど、ここ数年少し避けてきたトラックレースに力を入れて、自己ベストを狙っていくつもりです。下期は駅伝とマラソン。駅伝はニューイヤーで久しぶりに入賞できるように頑張りたいですし、マラソンは最近、2時間7分台や6分台が当たり前に出ているので、そういうタイムに並べるようにしていきたいですね。

――マラソンは昨今、高速化が著しいです。近い世代の選手の活躍は刺激になっていますか?
古賀 あまり活躍されすぎると、正直、できてない自分が嫌になりかけることもあります。でも、そこから目を背けたら結果も出ないので、自分もやれると信じてやるだけです。自分が結果を示すことで、チームのみんなにも「古賀さんがあれぐらい走ったから自分たちも行ける」となってもらえて、全体的にも成長できると思っています。
地域や社内の応援がモチベーションに
――安川電機陸上部は、地域や会社のみなさんにも支えられているそうですが、その点についてどのように感じられていますか?
中本 歴史や伝統があるチームですので、地域住民や社内の方が駅伝や個人レースの試合会場に応援に来ていただいたり、試合後に労いの言葉をかけていただいたりしています。とくに社内の方の熱量がすごくて、陸上部を応援していこうという思いを感じられるのでありがたいですし、感謝しています。
古賀 普段、練習で近所を走っていると、「古賀君だよね」「次は何の試合に出るの?」と声をかけられることがあります。そういう時に、たくさんの人が見てくれているんだなと感じますし、だからこそしっかり結果を出したいという気持ちになります。応援がプレッシャーになることもありますが、それ以上にモチベーションアップになるのでとてもありがたいです。
――陸上部として地域のために取り組んでいることもあるそうですね。
中本 会社として社会貢献を大切にしていて、陸上部でもその一環で陸上教室をやったりしています。頻度は年に数回ぐらい。合宿で遠征した時に、そこの行政から要望があれば教室を開いて、陸上に親しんでもらうのが目的です。私たちとしても安川電機や陸上部のことを広く認識してもらえるというメリットがあるので、今後もできる限り続けていきたいと考えています。
古賀 これまで陸上教室に何度か参加させてもらいましたが、いつも終わってみたら楽しかったなと感じます。子どもたちが走ることに興味を持ってくれるとうれしいですし、地域貢献活動によって僕たち選手がパワーをもらえています。

――将来、安川電機への入部を考えている選手たちに伝えたいことはありますか。
中本 実業団の先はありませんから、競技者として自分が何を成し遂げたいか。その最大目標を定めた中で、年間の目標や近い目標に向かって努力してほしいですね。安川電機では50年培ってきた様々なノウハウがありますし、また新しいことも試行錯誤しながら取り組んでいます。仲間とともに切磋琢磨(せっさたくま)し、成長できる環境があると思います。
古賀 自分はもともと野球をやっていて、親から勧められて高校から陸上を始めました。中学の実績がなかったのでマネージャーからのスタートでした。苦しいこともありましたが、やめずにやってきたことで安川電機にも入社でき、世界が広がったと思います。2022年に初めてマラソンに挑戦し、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)にも出場できました。今のチームは若い選手が多く、ほとんどが寮で暮らしているので、とにかく仲が良いです。人数が少ない分、絆も深く、駅伝やレースでは自分が走れなくても自然と仲間を応援できるような雰囲気があります。
――古賀選手は「One YASKAWA」として、どうチームをまとめていきたいですか。
古賀 結果を出している選手の話は、他の選手も耳を傾けてくれると思います。いまのチームには自分を含めてエース格が3、4人います。その中でも自分が一番上にいないといけないと思っています。まずは主将の自分が結果を出すことでチームをまとめていきたいです。
【profile】
中本健太郎 なかもと・けんたろう/1982年12月7日生まれ。山口県出身。西市高校から拓殖大学に進み、2005年に安川電機入社。2012年ロンドンオリンピック男子マラソン6位と活躍。世界選手権にも3度出場し、最高順位は2013年の5位。2017年別府大分毎日マラソンでは2時間9分32秒を出して優勝した。2021年に現役を引退し、安川電機のコーチに就任。2023年3月から監督を務めている。
古賀淳紫 こが・きよし/1996年4月30日生まれ。福岡県久留米市出身。中学時代は野球部に所属し、鳥栖工業高校で陸上を始めた。2015年安川電機に入社し、ロボット事業部ロボット工場生産技術部製造管理課所属。ニューイヤー駅伝は2018年7区で区間賞、2022年4区で区間新記録の区間2位と活躍。2024年はエース区間の2区で22人抜き、2025年は20人抜きを達成した。2022年の別府大分毎日マラソンではマラソン初挑戦ながら4位入賞。マラソンで日本代表を目指している。自己ベストは10000m27分51秒64、ハーフマラソン1時間0分49秒、マラソン2時間8分30秒。趣味はプロ野球の阪神タイガース戦を見ること。座右の銘は「やり続ければいつかできる」。
安川電機陸上部
1974年創部。チームモットーは「草魂 ―ただひたむきに―」。そこには「過去の実績や栄光におごることなく、また、失敗や挫折を恐れることなく、常にチャレンジ精神を忘れず真摯に競技に向き合おう」という思いが込められている。世界選手権など国内外で活躍する長距離ランナーを多く輩出している。ニューイヤー駅伝では安定した成績を収め、最高順位は3位。2025年は9位だった。主なOBは中本健太郎、北島寿典など。

チームのサポート体制
安川電機では会社をあげて陸上部をサポートしている。3月に低圧低酸素ルーム(写真)と高気圧酸素ルームを1台ずつ購入し、高地トレーニングやコンディショニングのための環境を整備している。

