「誤審で嫌な思いをしたまま野球を終えてほしくない」仙台六大学、ビデオ検証への思い

「宮城教育大学より、ビデオ検証の申し出がありました。ただいまより検証を行いますので、いましばらくお待ちください」
4月12日、仙台六大学野球春季リーグ戦開幕試合の仙台大学対宮城教育大学。九回、無死二塁から仙台大の二塁走者・平川蓮(4年、札幌国際情報)が三盗を試み、三塁塁審が「セーフ」の判定を下した際、宮城教育大の高橋顕法監督がビデオ検証を求めた。審判員による検証ののち、判定は覆らず「セーフ」に。今春から仙台六大学野球連盟と東京六大学野球連盟がビデオ検証を導入したが、これが大学球界初の適用となった。
坂本健太・審判部長を突き動かした2023年夏のワンプレー
今春からの導入に向け奔走したのが、仙台六大学野球連盟付属審判部長の坂本健太さんだ。以前から菅本裕昭・前審判部長とともに構想を描いていたものの、アマチュア野球界では「審判の権威」を重視する風潮があり、全国的にも反対派が多かったことから、踏み出せずにいた。坂本さんは「当時は夢物語でした」と回顧する。

2018年にNPBでリプレー検証が導入されて以降もその風潮は続いていたが、2023年夏に潮目が変わった。きっかけは全国高校野球選手権神奈川大会決勝で起きたワンプレー。「誤審」が疑われる判定をした審判員にSNS上などで過剰なまでの誹謗中傷が相次ぎ、これを機に「審判員を守る」動きが強まった。
以前の取材で「審判員が誤審をした時に目立つのは当たり前。本来、目立ってはいけない存在なので、誤審をして批判されるのは当然のこと」との見解を示していた坂本さん。今もその考えは変わっていない。しかし、誹謗中傷となれば話は違ってくる。「このままでは誰も審判をできなくなる」と危機感を覚え、重い腰を上げた。
約半年かけて検証、テーマは「どの球場でもできる」
昨年6月には全日本大学野球選手権の仙台大学対九州産業大学でも、一塁フォースプレーをめぐる際どい判定があり、この時もやはり誹謗中傷が散見された。機運は高まり、仙台大・渡邉一生(4年、日本航空/BBCスカイホークス)や東北福祉大学・堀越啓太(4年、花咲徳栄)らドラフト候補が最終年を迎え、リーグの注目度が上がる2025年春からの導入を目標に設定した。
翌7月、坂本さんは仙台六大学野球連盟の審判部にビデオ検証導入の意向を通達した。「彼らが『入れたくない』と言えば入れない」つもりだったが、満場一致で同意を得た。
その後、まず着手したのが撮影機材の選定だった。「どの球場でもできる」をテーマに、持ち運びしやすいスマートフォンを使用することに。その中でも機能面や費用面を総合的に判断して「Google Pixel」を選択。12月ごろまでリーグ戦の会場となる東北福祉大学野球場で設置場所などの検証を進めた。

年が明けて今年2月、審判部に検証結果と導入の方針を改めて伝えると、仲間たちからは「やりましょう。これで安心して審判ができます」などの声が上がった。監督会議、連盟理事会でも承認を得て、さらに全日本大学野球連盟の小山克仁審判部長にも賛同してもらい、ビデオ検証に関するオペレーションマニュアルと特別規則のすり合わせを行った。「夢物語」が夢でなくなる日が近づいてきた。
専門家に相談して課題克服、所要時間は5分から1分に
しかし、2月の段階では大きな課題が残っていた。ビデオ検証が必要と判断されると、審判員はスマホを回収して審判控室に運び、アウトかセーフかを見極めてジャッジし、再びスマホを設置する。この一連の流れに約5分を要したのだ。アマチュア野球においては時間短縮も求められるため、5分間の中断は避けたい。
そこで、映像の専門家である東北工業大学・猿渡学教授に「スマホの映像を瞬時に審判控室のPCへ送る」方法を相談。複数のアプリと仙台六大学野球連盟独自の配信システムによって実現できるとの提案を受け、実行に移した。
スマホとPCそれぞれに複数のアプリをダウンロードし、「電波法」に抵触しない市販のルーターを介して両者を接続する。4月頭のオープン戦でこの方法を試すと、一連の流れを約1分で終えることができた。アプリにはスロー再生の機能もあるため、スムーズにジャッジを行うことができた。
スマホはバックネット裏などに計4台設置し、一塁、二塁、三塁、本塁を映す。現時点では本塁打やフェア・ファウルの判定はできず、対象は各塁のフォースプレーとタッグプレーに限る。「9イニングスに1回のビデオ検証を求めることができる」「監督は球審に口頭で申し出る」「四角い枠を作るなどのシグナルを取ってはならない」「当該審判員はビデオ検証に立ち会わない」などの決めごとは、東京六大学野球連盟と同様のオペレーションマニュアル・特別規則に基づく。こうしてビデオ検証システムが完成した。

ビデオ検証こそ「選手と審判員を守るシステム」
導入に要した費用は約50万円。「ほかの連盟も採り入れやすいように、なるべく費用をかけずにやるからこそ意味がある」との考えで最小限に抑えた。内訳はスマホ、PC、検証用モニター、ルーター、モバイルバッテリーなど。審判部の予算から捻出し、不足分は坂本さんが「いつか仙六の何かに使えれば」と審判員を始めてから10年以上ためていたリーグ戦のジャッジ料(クリーニング代、交通費として支給される)の一部で補填(ほてん)した。
仙台六大学野球連盟では開幕試合に続き、翌13日の東北福祉大対東北工業大でも本塁タッチアウトの判定をめぐるビデオ検証が適用された。また2節目では判定が覆るケースが2件あり、当該審判員からは「アウトの自信はあったけど、映像で見るとセーフで驚いた。ただ、気持ちはスッキリする」との声が聞かれた。
着実に浸透し始めているが、本当のチャレンジはここからだ。坂本さんは「我々ができたらOK、が最終目標ではありません。なるべく費用をかけずに、全国どの球場でも、高校野球でも大学野球でも軟式野球でも、簡易的にできるようにしたい」と力を込める。
「高校野球か大学野球で野球を引退する子が8割いる。その子たちに誤審で嫌な思いをして野球を終えてほしくない。ビデオ検証が全国に広まれば、その可能性はどんどん低くなる。ビデオ検証こそ、選手と審判員を守るシステムなんです。簡単ではないですけど、その実現を目指しています」
坂本さん自身も大学まで野球を続けた元球児。審判員になってからも、ひたむきに白球を追う選手たちを間近で見てきた。野球界の未来のため、これからも知恵を絞る。

