アメフト

関西大学QB高井法平 須田啓太の8番を受け継ぎ、元気に勝たせるエースになる

エースQBとしての初戦で快勝したあと関西大の高井法平は唇をかみしめた(すべて撮影・北川直樹)

全国各地で大学アメリカンフットボールの春の交流戦が開催されている。昨秋の関西学生リーグ1部3位で、全日本大学選手権の初戦で敗れた関西大学カイザーズは4月20日、慶應義塾大学との春の初戦に臨んだ。関大千里山中央グラウンドに1340人の観衆を集めた一戦の最大の興味は、関大のキャプテンでありエースQB(クオーターバック)だった須田啓太(現・パナソニック)の抜けたオフェンスはどうなるのかだった。新たにエースの座についたQB高井法平(のりひら、3年、関大一)が率いるオフェンスは、1Q(クオーター)15分の試合で59得点(59-21で勝利)を挙げ、まずは上々の滑り出しとなった。

ファーストプレーのロングパスでTD

試合開始のキックオフを受けた関大のDB吉田優太(3年、大産大附)がナイスリターン。吉田はフラッグフットボールのオリンピック強化指定選手に選ばれている、カイザーズきってのアスリートだ。関大最初のオフェンスは敵陣37ydという絶好のフィールドポジションから。昨年まで須田が付けていた8番のユニフォームでQB高井がフィールドへ。身長180cmと須田より5cm大きい。左のナンバーワンレシーバーにWR(ワイドレシーバー)藤田晃成(2年、高槻)、ナンバーツーにWR堀川丈太郎(2年、佼成学園)が入った。

高井はRB(ライニングバック)に軽くハンドオフのフェイクをして、パスのターゲットを見る。左サイドで藤田がポスト、堀川がコーナーのルートを走った。藤田が相手DB(ディフェンスバック)をわずかに抜いたのが見え、高井が右腕を振り抜く。きれいな回転のボールではなかったが、藤田が丁寧にキャッチし、倒れ込んだところがエンドゾーンだった。春のファーストプレーがロングパスでのTD(タッチダウン)。オフェンスのメンバーたちが喜びを爆発させ、関大のベンチはお祭り騒ぎ。高井は「もう大興奮でした。『うわ、今日きたわ』と思いました」と振り返って笑った。最高の入り方ができた。

最初のプレーで高井の投げたロングパスをWR藤田がキャッチしてタッチダウン

2度目のオフェンスも相手のファンブルロストで敵陣から。だが高井がインターセプトを食らった。それでもOL(オフェンスライン)のスターターが5人とも昨年のままの関大はライン戦で優位に立つ。次のシリーズから3連続TDで28-0とし、第1Qで大勢は決した。

「須田さんのあとっていうのはあんまり意識しないように」

35-7と関大がリードして迎えた後半最初のオフェンス。自陣深くからのスタートとなったが、高井から藤田へのロングパス2発でTDまで持っていった。高槻高校時代から関西では知られた存在だった藤田が、2年生になって出番をもらうとブレイクの兆しだ。身長185cmの大型レシーバーである新井力央(3年、関大一)も春の初戦で能力の高さを示した。RBでは昨年からエース格の前川礼男(3年、関大一)が最後に相手をはじき飛ばしての独走TDを披露。キャプテンの山㟢紀之(4年、箕面)との二枚看板は他校の脅威となりうる。

高井にとっても悪くない船出となったが、二つの被インターセプトを悔やんだ。「須田さんのあとっていうのはあんまり意識しないようにしてて、自分らしさで勝てたと思うんですけど、インセプを2本されたんで。今日の相手やから勝てただけで、秋のシーズンが始まって1試合2本されたらキツいんで、反省すべきですね。その点は満足いってないです」

中学生のころ、野球と違ってアメフトは同時にいろんなことが行われていて楽しそうだと感じた

中学まで野球少年、高校からアメフトの道へ

高井は兵庫県西宮市で生まれ育った。中学までは野球少年だった。関大一中に通いながら兵庫夙川ボーイズに所属。「ちっちゃいころから肩は強かったです」と高井。レフトのレギュラーをつかみ、2番手のピッチャーとしてマウンドにも上がった。中3の春には全国大会で準優勝を経験した。関大一高には進まず高校野球の強豪校に進むことも考えたが、高井は関一でアメフトを始める選択をする。

「お父さんが甲南大学のアメフト部でOLをやってて、小学校のころからアメフトは見てたんです。立宇治のQBだった庭山大空さんのプレーを『うまいなあ』『カッコいいなあ』と思いながら見てて、関一のアメフト部は強いし、始めるならここやなと」。ちなみに父からアメフトを強く勧められたことはなく、どちらかというと高校では野球を続けてほしかった感じだったそうだ。

昨年から経験を積んでいるOLを信じ、高井は思い切ってプレーする

入部するときから「QBやったらいけるやろ。NFL選手なれるんちゃうか」と謎の自信を持っていたそうだが、いきなりコケた。投げても投げてもボールにスパイラル回転がかからない。「悔しすぎて、めっちゃ練習しました」。半年ほどかかって、しっかり投げられるようになった。3年生のエースQBとして須田がいて、半年あまり一緒に練習できた。須田が大学へ行ってからは、1年生からビッグゲームに出る姿をまぶしく見つめていた。

高井は高3の春からエースとなり、秋は大阪3位で全国大会へ。関西地区1回戦で関西学院(兵庫2位)とぶつかった。雨の中での試合となったが、高井のパスは決まっていた。14-9とリードして折り返したが、第3Qに14-16と逆転された。第4QにもTDを奪われて14-23に。関一は何とかTDを決めて2点差に追い上げたが、届かなかった。「ロングパスのTDが決まったり、いいパフォーマンスができてたんで『もう勝てるわ』みたいな感じやったんですけど、負けてしまって。でも自分の中ではスッキリしてました。ただ、そのときの関学の中心選手が永井秀とか倉田雅琉で、やっぱり彼らのことはずっと意識してますね」

慶應戦ではQBサックの危機を切り抜け、走ってゲインした

自分が出ていない試合で初めて泣いた

大学に入るにあたり、高井は須田からいろんなものを吸収しようと決めた。「須田さんはプレーもすごいですけど、人間性というか、もうそこから一流の人なんで。僕は『アメフトだけやってたらええんやろ』っていう感じやったんですけど、大学に入って須田さんに『日常のことからしっかりやれ』と言われて、考えが変わりました」。高井が1年のとき、甲子園ボウルには届かなかったが、須田は関西学生リーグ1部の最優秀選手に選ばれた。甲子園で関西の関学が勝ったことで、須田は年間最優秀選手賞にあたるチャック・ミルズ杯を受けた。そして須田はもともとチームの命運を託されたQBでありながら、ラストイヤーはキャプテンという重責も担うことになった。

昨秋のリーグ戦、関大は第2節の近畿大学戦で31-35とアップセットを食らった。しかも須田が胸にハードヒットを受けて負傷。第3節の桃山学院大学戦、第4節の大阪大学戦は2番手QBの高井に託されることになった。「もとから桃山と阪大の試合は出る予定だったんで、そこはあんまり驚かなかったです。ただ、僕がけがしたらもうQBがいないんで、そこは結構なプレッシャーで、めっちゃ練習しました。その次の立命戦のことを考えて『須田さん、はよ治ってくれ』『立命には間に合ってくれ』と願ってました」

昨秋の大阪大学戦から。圧倒的なパフォーマンスはできなかった

須田が立命戦には間に合うと分かったとき、高井は胸をなでおろしたという。「出るって言ってくれたときは『あー、よかった』と。情けない話ですけど、やっぱ須田さんの代わりに出るのはちょっとしんどいですよ。普通のQBとはちゃうんで」。その立命戦に勝ち、高井は改めて須田のすごさを身にしみて感じた。「2試合休んでても立命相手に決めるところは決めた。ピンチになっても須田さんが走ったらファーストダウン取れるし。チームを勝たせる力がすごい」

そして全日本大学選手権準々決勝の早稲田大学戦。序盤から失点し、オフェンスも取り返せず、0-24となった。ここからカイザーズは反撃したが、28-31で負けた。「正直、みんな勝てると思ってました。余裕って言ったらあれですけど、負ける感じはなかった。でも気づいたら負けてました。須田さんの代でもこんなあっさり負けてしまうんや、と思いました」。最後のハドルで須田の話を聞いているとき、高井の目に涙があふれた。「自分が出てない試合で泣くのなんか初めてでした。もう負けてもうたんやな、もう須田さんがおらんようになんねんなと思ったら、いろんなこと思い出して。須田さんには『お前やったらできる』『引き続き私生活からしっかりやれよ』と言われました。自信を持って送り出してくれた感じはありました」

「日常生活が適当なヤツはどっかでミスをする」。須田からの教えを胸に生きる

須田啓太「4回生を助けられるQBであってほしい」

高3のときは1番だったが、もう須田と同じ8番をつけるしかないなと思ったそうだ。高井が須田に「つけていいっすか」と聞いてみると、「お前しかおらんわな。ええよ、頑張れよ」と言ってくれた。「須田さんの番号を受け継いで、どう見られてるんやろと考えることもあるけど、そんなん言ってたらキリないんで。自分らしさを出すというか、新しいカイザーズの8番の像をつくりたいってのはあります」

新たな8番の像。それはどんな存在なのか。「須田さんは冷静沈着に進めていくタイプですけど、僕は感情をコントロールしつつも表に出して、常にチームを鼓舞する、元気のあるQBでありたいです」。あふれ出る熱情でオフェンスを盛り上げ、勝利に導く。

慶應戦を観戦に来ていた須田の感想はこうだ。「高井自身がレシーバーと一緒にパスオフェンスをつくれてるんやろうなと感じました。いままでの高井なら『俺はもう投げ終わったから、あとはなんとかしろよ』って感じでした。もちろんそれが間違いではないのは分かってるんですけど、まさに『それだけ』でした。でも慶應との試合ではQBとレシーバーの呼吸が合っているプレーがいくつかあって、レシーバーのこと、チームのことを考える自覚と余裕が少し出てきたのかなと感じました」。高3―高1からの付き合いである高井の成長がうれしくて仕方ないという口ぶりだった。

そして今後の後輩たちに望むこととして、こう話してくれた。「高井には4回生を助けられるQBであってほしいです。プレーではもちろん、フィールドの外でもチームの助けになる存在であってほしい。そして4回生は3回生の高井に『この4回生の力になりたい!』と思わせるような存在であってほしい。何よりもまず、高井は4回生に頼ってもらえるようなエースQBになってほしい。それがチームを勝ちに導くことにつながると思います」

来たる5月10日、関大の春2戦目の相手は昨シーズンを終わらせられた早稲田だ。試合会場も前回の味の素スタジアムの隣にあるアミノバイタルフィールド。「負けられないっすね。もちろん勝ちにいきます」。偉大な先輩のあとを受けた高井のチャレンジが始まっている。

師匠の須田と。今年の秋シーズン後、須田にどんな報告ができるだろうか

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