東京大学・杉浦海大(上)「横浜高校とやらせてください」注目の一戦、実現の真相

今年の東京大学は、東京六大学野球春季リーグで3カードを終えて未勝利ながら、近年にない力強さを見せている。3連覇を目指す早稲田大学と接戦を繰り広げ、明治大学の強力投手陣には2桁安打を浴びせた。捕手として守備の司令塔も務める主将の杉浦海大(4年、湘南)は強いリーダーシップでチームを牽引(けんいん)。注目を集めた横浜高校との一戦を実現させたのも、彼の発想力と行動力があったからだった。
湘南高校と定期戦を行っていることが、きっかけの一つに
3月7日。東大野球部は、後にこの春の第97回選抜高校野球大会で優勝を果たすことになる横浜高校と、初めて練習試合を行った。異例のカードは発表時から話題を呼び、当日、会場の東大球場には立ち見が出るほど多くのファンやメディアが訪れた。これまで接点のなかった二つの野球部を結びつけたのが杉浦だった。
杉浦が母校・湘南高校の川村靖監督に、六大学で対戦する他校の速球派投手対策を相談した際、杉浦の方から「横浜高校とやらせてください」と願い出た。横浜と湘南は、毎年10月に定期戦(オープン戦)を行っている。そのツテを頼りに、横浜の村田浩明監督の連絡先を聞き、直接交渉してでも試合を実現させるつもりだった。
「チームのシーズン前の課題として、特に打撃については、速球への対応というものがありました。速い球は見れば見るほど慣れて、打者の仕上がりが良くなる。開幕までに1試合でも多く、球の速い投手がいるチームと対戦しておきたいと考えていました。だから横浜高校の奥村(頼人)君や織田(翔希)君のボールを打席から見たい、というのが一番の目的だったんです。僕の力というより湘南高校の名前です。母校に感謝しています」と笑った。

湘南といえば、毎年のように2桁の東大合格者を出す公立の超進学校だ。1949年には夏の甲子園で優勝を果たしている高校野球の名門でもある。杉浦の世代は横浜との定期戦で、敗れはしたものの、スコアはそこまで大差にならなかった。「向こうはメンバーを落としていたと思います」と言うが、それでも「キャッチャーをしていて、打球が違うと思いました」と杉浦には強烈な印象が残っていた。
「絶対に話題を呼ぶだろうと思っていました」
単に強い対戦相手、球の速い投手ということであれば、すでに東都や首都リーグなどの強豪大学や社会人チームとのオープン戦を組んでいる。ただ杉浦は、「ギャラリー(観客)がいる中でやるのは、まったく別物ですから」と言う。大々的に発表したのも、彼なりの深謀遠慮があった。
「絶対に話題を呼ぶだろうと思っていました」という想定通り、当日はテレビのニュースに取り上げられるほど反響の大きさがあった。そこには「高校野球王国」と称される神奈川県で生まれ育ち、野球をやってきた者だからこその感覚がある。
「神奈川の高校野球ファンって熱狂的で、神奈川の高校野球しか見ないというような人もいるんです。プロ野球は見ないし、大学野球にも興味がないけど、高校野球の夏の決勝、準決勝のハマスタ(横浜スタジアム)には必ず行く、みたいな人。だから、横浜高校の影響力を知る者としては、『こういうこともありえるな』と。さすがにあそこまでとは思いませんでしたけどね」
「そういう人たちが、横浜高校への興味から、東大や東京六大学野球を知ってくれて、ちょっと神宮球場に見に行ってみようかと思ってくれたらうれしいし、今年は六大学100周年という記念の年なんで、開幕前に少しは盛り上げることができたんじゃないですかね」

課題が明確になり「やってよかった」
ただ、試合結果は想定外だった。横浜打線に2本のホームランを含む11安打を浴びて1-13(七回日没コールド)で敗れた。大量失点以上にショックだったのは、わずか1得点に終わったことだった。
「点を取られすぎではあるけど、うちは1枚目(エース)の渡辺向輝(4年、海城)が登板していないので、そこは差し引いて考えられます。それよりも、正直言って、もっと打てると思っていたんです。織田君の150キロのストレートは、高校生だと、わかっていてもなかなか打ち返せないでしょう。でも、そこは僕ら大学生なので、ある程度力負けせずに打ち返せるはずだ、と」
東大では近年、アナリストなどの活動が活発化し、データ分析だけでなく技術面においても様々な角度からのアプローチを行っている。開幕前に話題になったVR(バーチャル・リアリティ)を用いた速球への反応トレーニングもその一つだ。また、今季からヤクルトなどで活躍した荒井幸雄氏、野球アナリストとして実績のある栗山彰恭氏を臨時打撃コーチとして招聘(しょうへい)するなど、以前から課題と言われていた打撃面のレベルアップに注力してきた。

今の時代、大学生といえども、最速150キロを超える速球投手が複数いるチームは珍しくない。そこと戦っていくために、「強い(速い)ストレートをはじき返す」というテーマを掲げ、冬場の練習に取り組んできた。その延長線上で、実際に150キロと向き合ったのが横浜戦だった。
その日は東京六大学の主将会議があったため、杉浦は試合の途中で球場を離れた。なのでリリーフ登板した相手投手のボールは見ていないが、対戦した織田に関しては、「あくまで打席での感覚ですが、ストレートのキレは大学生のトップレベル。昨年の法政大エースの篠木健太郎さん(現・横浜DeNAベイスターズ)と同じくらいのボールに感じました」と振り返る。そして球速以上に、その投球術に舌を巻いた。
「ストレートは速くてもバットに当たったのですが、チェンジアップが想像以上に良くて。実戦になれば当然、配球という要素も入ってきます。それも含めて、あのレベルのピッチャーのボールを見られたことは良かったです。間違いなくプラスになっています」
試合後のミーティングには参加できなかったが、あとでチームメートに聞くと、「みんな落ち込んでいた」と言う。「負けちゃったね、残念だね」というより、「うわぁー、高校生相手にこんなギャラリーの中で負けちゃったよ」という空気が強かった。「投手陣はあれだけ打ち込まれて、野手も打てない人は全然打てなかった。さすがにメンタル的には落ちますよ」
だが、強がるでも居直るでもなくこう言う。
「僕としては『オープン戦はオープン戦でしょ』と。『そこを分析とか準備で埋めていくんでしょ』ってところなんで。悲観することはまったくなくて、『こんな緊張感のある中で、あれだけの球を見られたし、課題も明確になったのだから、やっぱりやって良かった』ととらえていました」

クヨクヨしても仕方がない
確かにリーグ戦となれば、対戦相手の分析も行っているし、初見の投手以外は過去の対戦のイメージがある。だから、打てるか打てないかは別として、戸惑うことはないし、あっては困る。やはり「オープン戦はオープン戦」なのだ。
「あれで、みんなに『これはまずいぞ』という危機感が出た。『ちゃんと準備しないとこうなるよね』と実感できましたから。さあ開幕まであと1カ月。シーズンに向けて、ピッチを上げていこう、と」。これが、東大サイドからはあまり伝えられることのなかった、あの試合の「真実」だった。
「シーズン中でも、2桁失点を喫して大差で敗れることがありますから。そのときはもちろん落ち込むし、受け止めるところは受け止めますけど、いつまでもクヨクヨしていても仕方がない。『そんなもんだよね』って切り替えて、次のことを考えないと」
ここ何年かの東大はチームが成績不振に陥ると、生真面目な性格ゆえに思い悩むキャプテンの姿がよく見られた。杉浦は引きずらない。「東大生って、結構悩んじゃうんですよ。でも、僕はそういうタイプじゃないんで」と笑って言う。

「これでも子どもの頃は、何か計画が一つ破綻(はたん)すると、『あぁ、もう』ってやめちゃうタイプだったんです。でも、そこから学んだところがあったような気がします。だから子どもの頃の僕なら、『うわー、横浜に勝てなかった』と。そこで暗くなって、投げ出してしまったかもしれません。そこから『そんなにうまくはいかないから。別に切り替えればいいじゃん』という発想が生まれました。高校に入学したくらいの時期だったと思います」
杉浦のポジティブな性格は、どこで身につけたものなのか? そこにはある先輩、そしてある塾講師から受けた影響があった。
