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都立西高QB泉一誠 「すごすぎる兄」以来7年ぶりの関東大会出場と京都大学への挑戦

兄の岳斗さん(左)と同じ西高アウルズから京大ギャングスターズを目指す泉一誠(すべて撮影・北川直樹)

5月11日、東京都東村山市の明治学院東村山高校で、東京都春季大会の5位決定戦があり、都立西高校と日大豊山高校が関東大会出場枠をかけて戦った。序盤に先制点を奪われた西高は、QB泉一誠(3年)が落ち着いて攻撃を進め、後半は自らTDランも。14-7で逆転勝ちを収めた。西高が関東大会に出場するのは7年ぶり。泉の6歳上の兄で、京都大学に進んだ岳斗さんが高校2年だった2018年の秋以来だ。泉も兄の背中を追い、秋まで部活を続けながら、京大への進学を目指す。

前年は自身のファンブルで敗れ「今回こそは」

試合の入りは日大豊山がペースを握った。ランでペースをつかみながら、第2クオーター(Q)に先制TDを決めた。ビハインドの西高は泉のパスを中心に落ち着いて攻めた。主将のTE大島健司(3年)にTDパスを通したが、トライフォーポイント(TFP)に失敗し、6-7の1点差で試合を折り返した。

後半第3Q、西高は日大豊山にゴール前まで攻め込まれたが、守備陣のナイスディフェンスで得点させず、攻撃につなげた。最終第4Qに入り、残り時間7分で回ってきた攻撃で泉が魅(み)せる。大島、大土井亮佑(3年)、舟根慧(2年)らにパスを投げ分け、敵陣深くへ。最後はオプションキープからフィールドの左側をエンドゾーンめがけて駆け抜けた。

TFPも大島へのパスが成功し、14-7と逆転。試合終了まで2分弱を残した中、日大豊山の攻撃をしっかりと止め、残り30秒で再び回ってきた攻撃で時間を消費して、勝利をつかみ取った。

逆転のTDランを自分で決めたが、お祭り騒ぎのサイドラインとは対照的に冷静そのものだった

関東大会出場は、都内屈指の進学校でありながら、東京最古の歴史を誇る西高アメフト部の悲願だった。「とにかくうれしいです。去年は僕のファンブルで負けてしまったんで、今回こそはと思っていました」。試合後、泉は落ち着いた表情でそう話した。

逆転ドライブについては、こう振り返る。「やばい、ここで決めなきゃ……と思ったけど、あんまり覚えてないです(笑)。2ポイントの場面は『ランを警戒されてるな』って感じて、RBを刺しに来たので(ボールを)抜いて走りました」。モバイルQBとしての走力と判断力が勝利につながった。TDを取ってからも「まだわからないと考えてました」と、最後まで冷静だった。

2023年シーズンに京大で主将も務めた名QB(現・京大コーチ)の兄・岳斗さんは、前日にあった東京大学との定期戦のため、上京していた。岳斗さんが見守る中、兄を意識しながら歩み始めた一誠の挑戦が、ひとつの結果として現れた。

23年の引退後、京大のコーチをしている岳斗さんにはたびたび話を聞く。言葉も人柄も考えも素晴らしく、いつも示唆がある
兄の高校時より体重が10kgほど軽い一方、兄と同じく走ることが得意

中学1年まで野球少年「長く続かないかな」とアメフトへ

岳斗さんは幼少期をアメリカで過ごし、アメフトに親しんだ。中学2年の途中で帰国すると、世田谷ブルーサンダースに所属し、そのまま都立西高、京大と進んでエースQBを務めた。一誠は在米時、まだ小さかったこともあり、本場でのアメフト経験はない。

中学1年までは野球をしていた。だが「野球は長く続かないかなと思って。兄もやってましたし、アメリカにいたときに見ていて『面白そうなスポーツだな』と思ってたので始めました」。同じく世田谷ブルーサンダースに入団した。

岳斗さんが西高で試合に出ていた頃から、兄の姿を見に行っていた。兄が京大のエースQBを務めるようになってからは、YouTubeでハイライト動画を欠かさず視聴し、関西までその活躍を見に行ったこともあった。

高校時代の岳斗さん、当時からダイナミックでパワフルなプレーをする選手だった

「QBだよね? って思いました(笑)。めちゃくちゃ走るし、LBに突っ込んでいってアオテン(相手を後ろ向きに倒すこと)もさせて。『兄ができるなら僕もできるかな』って思って、それからは逃げるだけじゃなく、相手に当たりに行くようにしています」

言葉からは兄への尊敬と憧れがにじみ出ていた。「すごすぎて、ちょっと控えてほしいなって(笑)。僕が何をしても比べられるんで」と一誠。岳斗さんのかつてのスターぶりに対し、クレームをつけて笑った。

岳斗さんの京大4年時、立命館大学戦で結果的に学生最後となるTDランを決めた

練習後は塾の自習室に直行、勉強も全力

都立校という環境、しかも都内有数の進学校で、学業とアメフトを両立することは決して簡単ではない。土のグラウンド、雨天時の練習制限、選手層の薄さによる一部選手の攻守両面出場という環境でも、一誠は「むしろ鍛えられる」とポジティブにとらえている。

「西高のグラウンドは100yd取れますし、土なので滑るのが当たり前だからこそ、試合が芝だとすごくやりやすいです。決して恵まれてないわけじゃなくて、工夫次第だと思います」

兄の姿を追って進んだ西高で、苦労も糧にしてきた。

そして一誠は現在、京大進学を目指して勉強にも力を入れている。練習は授業後の午後4時~午後6時が基本。大会期間中は1時間だけ延長となる。練習後は疲れていても、塾の自習室へ直行して1時間だけでも集中し、勉強に取り組むようにしている。

「家に帰ってからだとダラけるんで、短い時間でも集中するのが大事だと思ってます」と、勉強も全力だ。兄弟ともに理系という共通点もあり、兄からはおすすめの参考書などのアドバイスなどを受けることもある。同期は8人中、6人が京大を志望しているという。

西高時代に受験勉強を経験した岳斗さんは言う。「今の時期よりも、夏以降が勝負になります。アメフト部は秋までありますし、他の受験生はそこで一気に成績を伸ばしてくるので。一誠には、そこで食らいついて成績も伸ばせるように頑張ってほしいです」

東京に帰った際は一誠に求められれば、勉強のサポートをすることもある。「僕は就職に際して(現在は修士2年)今年いっぱいで京大のQBコーチをやめる予定ですが、来年弟が入ってくれたらうれしいですね」

西高は今春の選手登録が22人、マネージャー4人。ギリギリの人数だからこそチームワークは強力だ

フィジカル型の兄、俊敏性の弟

2人とも走って投げられるモバイルQB。どちらかというと兄はフィジカル型、弟は俊敏性を武器にしている。身長は弟の方がやや高いが、体重は兄の高校時と比べて10kgほど軽いという。一誠はその違いを理解し、自分に合ったスタイルを追求している。

「QBの声と姿勢でチームの空気が変わる。ゲーム中は常に冷静でいようと、いつも意識してます」。一誠が大事にしている心がけだ。岳斗さんに聞くと、彼も似たことを話したが、一誠の方がよりクールで、感情を内に秘めるタイプのようだ。

岳斗さんに一誠へのアドバイスを聞くと、こう話してくれた。

「僕もそうだったんですが、一誠も高校生としては球が速い方なんで、どうしてもWRが空いたのを見てから投げてしまう部分があります。でも、これは関東大会で強い相手との試合になると難しくなります。守備のカバーや付き方から予測し、オンタイムで投げられるようになると、楽になりますね。自由度がある程度あるオフェンスであれば、オーディブルとかで後だしじゃんけん的に、先手を打てるようになると楽になります。僕も大学でこれがやれるようになって、劇的に楽になったので。でも高校の練習時間だと、そこまでやるのは大変ですね」

兄いわく、パス能力そのものについては高校時代の自分よりも良いものを持っているという。「以前あった無理投げも、ターンオーバーもなかったのはすごいですね。僕が高校生だった頃はあそこまでできなかったです」

そして、より高いレベルを見据えた際はフィジカルに課題があるので、筋トレと食トレで体づくりを頑張ってほしいと言った。

兄の岳斗さんいわく「自分よりうまい」というパスの力が一誠の持ち味

仲間に不安が伝わらないよう、自分を律する

一誠は兄のことを尊敬しつつ、プレースタイルも進路も「自分なりのやり方」を大事にしてきた。関東大会出場という結果は、ただ兄の背中を追うのではなく、自分の足で前に進んできた証しだ。

「京大は目指してるんですけど、実は行きたい大学とかの思いはそこまで強くはなくて。勉強も頑張って、良い大学に行きたいって感じです。兄がいたチームでっていうのも、そこまでないですけど、京都で一人暮らしはしたいですね(笑)」

彼にQBとして大事にしていることを聞いた。「たとえばプレーが出ていないとき、プレーコールを出す自分の声だけで、仲間に不安が伝わってしまうかもしれないんで。そういうことが無いように、しっかりと自分を律してやっていくことです」。答えから、高校生離れした視座の高さがうかがえた。

西高は、部員の全員が秋大会まで部活を続ける。やり切った直後には、大学受験が控える。目の前の試合に全力を尽くし、大学進学に向けても努力を重ねる泉の挑戦は、その真っただ中にある。

「目標は関東出場でしたが、こっからは経験がない。まずは初戦で控えめにいがずに、ガツガツといって勝って、秋も関東大会に行けるように頑張りたいです」

泉一誠は、これからの4years.に向けて走り出している。

これからどんな選手に成長していくのか、楽しみは尽きない

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