野球

早大・尾瀬雄大"小柄な安打製造器"の実像 決めたことをやり通し、失敗もバネにする

早稲田大学の"安打製造器"尾瀬雄大(試合はすべて撮影・井上翔太)

早稲田大学の尾瀬雄大(4年、帝京)は2年春からセンターのレギュラーとなり、高い数字を残し続けている。今春は最終週の早慶戦だけとなり、これまで積み上げたリーグ通算安打数は88。通算打率は3割5分1厘で、早大先輩の岡田彰布氏(前・阪神タイガース監督)が持つ最高記録(3割7分9厘)を射程圏内に捉えている。「小柄な安打製造機」の実像に迫った。

あとちょっとの頑張りを続けられる

「誰よりもバットを振っていると思ってます」

尾瀬はきっぱりとこう言う。その言葉を裏付けるように、手のひらは硬くなったマメや「スイングダコ」で覆われている。「握手をすると『手のひらがガチガチだね』って驚かれるんですよ」と笑う。

マメやタコで硬くなった尾瀬の手のひら(撮影・上原伸一)

これほどバットを振り込むようになったのは、2年秋のリーグ戦後だ。尾瀬は2年春に3割4分7厘と高打率をマークし、初のベストナインを受賞。だが、他校からマークされた秋は2割7分1厘に下がった。

「このままではそこそこのバッターで終わってしまう」。危機感を抱いた尾瀬はスイング量を増やした。力を入れたのが置きティー(スタンドティー)だ。全体練習後に1カゴ(100球から120球)打ち、夕食後にまた1カゴ。これは今も続けている。

「自分が思ったところにバットを出せれば、どんな球にも対応できると思ってます。置きティーはそのための練習で、はじめは外の真ん中寄りから打ち始め、ティーを置く場所や高さを変えることで、いろいろなコースを打ってます。10カ所くらいですかね」

全体練習後と夕食後に、置きティーを1カゴ分打ち込むことをルーティンにしている

1球ずつ自分でボールをセットして打つ置きティーは、トスされたボールを打つより忍耐力が必要だ。「置きティーに積極的に取り組んでいる選手は、あまりいませんね」。ウェートトレーニングだけに頼ることなく、本気でバットを振ることで体を作ってきた。ミート力が高いのも、広角に打ち分けることができるのも、この練習のたまものだ。

「ある程度のレベルになると、そこから先に行く人とそうでない人との差はちょっとしかないと思います。その『ちょっと』がどこから生まれるかというと、あとちょっとの頑張りを続けられるかどうかだと思うんです」

尾瀬はこの考えに気付き、継続してきた。決めたらやり通す力がある。

速球派投手との対戦で役立っているリトルリーグの経験

高い数字を残している背景には、下半身主導のバッティングもある。父親の教えで、小学生時代から打つ時は下半身を意識していた。

「よく『うまく打ってるね』と言われるのですが、上体は全く使ってません。下半身で全力で打ちにいき、勝手に手が出てくる。そんな感じです。僕の場合、ボールをとらえるのは下半身であり、自分の下半身には『目がある』と思ってます」

下半身主導のバッティングで安打を量産してきた

一時期リトルリーグでプレーしたこともプラスに働いている。尾瀬は小学生時代、軟式の学童チームに所属していたが、6年時の12月に学童野球を終えると、中学1年の夏まで武蔵府中リトルでプレーした。リトルリーグは学童野球に比べてグラウンドのサイズが小さい。楽にプレーできた一方、マウンドから打席までの距離も約2m近く、球速が速く感じたという。

「学童野球なら120キロくらいのボールが150キロに見えました。タイミングを合わせるには始動を早くしなければならなかったんです。この経験が今も、速球投手と対戦する時に役立ってます」

強制的にやらされていたことで、身に付いたものある。反対方向へのバッティングだ。尾瀬は武蔵府中リトルから武蔵府中シニアに進むと、「左打者は引っ張るな」という指導を受けた。

「左打者は反対方向に打った方が、たとえ凡ゴロでもセーフになる可能性は高い、というのがチームの考えでした。特に僕のような体の小さな選手は徹底させられました。小学時代は引っ張って大きな打球を打っていたので、複雑なところもありましたが、このおかげで反対方向に打てるようになったのは確かです」

広角に打ち分けられるのも、尾瀬の大きな強みだ(撮影・上原伸一)

体のサイズを反骨心に、第1志望不合格もバネに

尾瀬は現在、身長172cm。決して大きいとは言えない。ただこの事実が、本人にとっては反骨心につながっている。

「体が小さいと得することは少ないです。僕は子どもの頃も小さくて、小学校でも、自分が活躍しても注目されるのは体が大きい子……。今も体が小さいことで、選手として評価される上で損しているかもと感じることはありますね(苦笑)」

だからこそ、大きな選手以上に数字を残し続けるしかない。尾瀬は今春の4カードを終えた時点でリーグ戦通算88安打をマーク。昨年は春と秋で合わせて42本のヒットを量産し、チームの連覇に貢献した。

失敗をバネにする力もある。3年時に全国3位になった中学時代、尾瀬にはいくつもの強豪校から声がかかった。第1志望は早稲田実業。都内有数の難関校に合格するため、猛勉強に励んだが、結果は不合格だった。

ならば大学は必ず早大に進学すると、帝京高校に進んでも、勉強をおろそかにしなかった。野球漬けの日々の中で「オール5」をキープ。早大はスポーツ推薦ではなく、自己推薦で受験し、合格を勝ち取った。

「中学でも野球から勉強への切り替えをやっていたつもりだったんですが、結果として甘かったんです。合格した人たちにできたことが、自分にはできなかった。高校ではどんなに野球の練習で疲れていても、その悔しさを忘れませんでした」

早稲田実業に入れなかった悔しさをバネに、早稲田大へ進学した

1試合だけを見て目立つタイプではない

東京六大学リーグで通算最高打率の更新がかかる秋には、ドラフトも待っている。

「記録はもちろん更新したいですが、意識はしてないです。大学最後の試合が終わってそうなっていれば、と。スカウトの目も意識してないです。僕は1試合見て目立つタイプではないので、長く見てくれているところが、どのような評価をしてくれるかだと思ってます」

目標は早大の先輩で、日米通算2730安打を記録した青木宣親氏。偉大なヒットメーカーは、NPBでゴールデングラブ賞を7回受賞と守備にも定評があった。尾瀬もセンターで攻めた守備をしながら、これまで失策はゼロ。何度も守備でチームのピンチを救っている。

「青木さんと体形も近いことから、似ていると言われることもあります」

「青木2世」は東京六大学の通算安打数で、すでに「本家」を上回っている。早大不動のトップバッターはこれからも高い数字を残し続け、3連覇、4連覇を目指しているチームを引っ張っていく。

ラストイヤーはリーグ通算最高打率の更新にも期待がかかる(撮影・上原伸一)

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