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連載:OL魂

関西大学・西井紘冬 強力OL陣の「便利屋」から脱却、チャンスは一発でものにする

関大OL西井(中央)の首からのぞく白いネックロールは箕面高校の同級生から「大学でも頑張れ!!」ともらったものだ(撮影・北川直樹)

大学アメリカンフットボールの春の交流戦が全国各地で開催されている。5月10日には東京・アミノバイタルフィールドで「日本最古のアメフト定期戦」と銘打った早稲田大学ビッグベアーズと関西大学カイザーズの第80回定期戦があった。1クオーター(Q)15分の試合は関大が21-16で勝ち、定期戦での対戦成績は関大の35勝、早稲田の38勝、4引き分け(不開催3回)に。関大の71番を付けたOL(オフェンスライン)の西井紘冬(ひろと、3年、大阪府立箕面)は仲間の負傷退場を受けて出場し、OLの5人が横に並ぶ右端の右タックルでプレーした。

「うおーーー」に込められた気持ちとは

第1Q、関大のこの日3度目のオフェンス。最初のランプレーで昨年からスターターの右タックル夏目優(3年、関大北陽)が倒れ、起き上がれない。代わりに関大のサイドラインから71番の選手がフィールドに入った。夏目が担架で運び出されるまでの間、試合が止まる。「うおーーー」。関大オフェンスの選手たちがいるあたりから、叫び声が聞こえてきた。58番で右ガードの山田脩太(3年、関大一)が71番の西井の胸をポンポンとたたいたので、私は叫び声の主が西井だと確信した。

叫んだあとは冷静になってプレーしていた(撮影・北川直樹)

フィールドレベルで写真を撮っていると、いろんなことに気づく。かつてはこんな叫び声もよく聞いた。久々に聞いた「うおーーー」にどんな気持ちが込められていたのか気になった。だから71番に注目した。身長180cm、体重113kgと、タックルの選手としては小さめだ。相手のDL(ディフェンスライン)に完勝するシーンは少なかったが、常に次のブロックへと向かい、フィニッシュへの強い意識が最後まで見えた。ブリッツのピックアップも難なくこなした。昨年から戦力ダウンがなく期待を受ける強力OL陣の一人として、この日も好調だったランプレーを支えた。

取材の端緒が「うおーーー」だから、最初に確かめた。「はい、吠(ほ)えました」。西井は笑ってそう返した。安心した。「いろいろたまってるもんがあって。叫ぶシチュエーションではないなと思いながら、自分にスイッチを入れたいと思って吠えました」と西井。この日のプレーについては「ガードで出るって言われてたんで、タックルのアジャストで怖い部分はあったんですけど、意外と大丈夫でした。マンパワーでも上回れた実感はあります」と語った。

研究を欠かさないというパスプロテクション(撮影・篠原大輔)

DLをやってるうちに成長していた同期のOLたち

「たまってるもん」について尋ねると、西井は「ちょっと長くなるんですけど」と前置きして話してくれた。大阪府立箕面高校でアメフトを始めた西井は3年時にキャプテンを務め、OLとDLの攻守両面で試合に出ていた。2年の秋、複数の関西の強豪大学から声がかかった。どの大学もOLとしてのプレーを評価してくれていた。練習参加を経て関大をスポーツ推薦で受けることが決まり、合格。OLとして練習を始めてまもなく、人数が足りないということでDLにコンバートされた。「OLで入ったのに……」という正直な思いの一方で、「通用するって言ってくれてるんやからDLでもいけるんやろ」という気持ちもあった。

夏合宿ではDLの練習台としてOLをやることもあった。やはりOLの方がしっくりきた。DLとしては「うまくいかんな」という思いの連続で、気持ちが晴れずにいた。大学で最初の秋シーズンが終わり、12月にOLへ戻ることになった。うれしい気持ちもあったが、未経験で入ってきた同級生のOLたちがグンと成長し、西井の先をゆく存在になっていた。するとどうしても、「この8カ月は何やってん……」という思いが消えなかった。

秋には実力でこの5人の並びに入れるか(撮影・篠原大輔)

2年生の秋シーズン初戦の神戸大学戦、センターの乾優真(現3年、早稲田摂陵)がけがで出られなくなった。左ガードの池田悠人(現4年、大阪府立池田)がセンターに入り、池田のポジションで西井が出ることになった。神戸大戦が終わって乾が戻ってくると、西井は当たり前のようにはじき出された。スポーツ推薦で入ったのに試合に出られない。同じ箕面高校で1学年上のキャプテンだったRB(ランニングバック)の山㟢紀之先輩は大学1年から走りまくってたのに……。マイナス思考が積み重なってしまった。2戦目以降はチャンスすらつかめず、大学2年目の秋も終わった。

ずっと吠えていた高2の秋

体格的にタックルよりはガード向きで、西井自身もガードでやっていきたいという思いがある。ただ現状は、本人の表現を借りれば「便利屋」だ。春の初戦の慶應義塾大学戦で右ガードの小西翔太(4年、大産大附)が負傷退場するとガードに入り、2戦目の早稲田戦ではタックルに入った。いろんな思いがあって、「うおーーーー」につながった。その叫び声に気づけたおかげで、新たな「OL魂」に触れられた。やっぱり現場は大事だと実感した。

西井は中学の準硬式野球部でもキャプテンだった。箕面高校には野球部がなく、どうしようかと思っていたときに中学からの同級生が「アメフトやろうや」と誘ってくれて体験に。フラッグフットボールの試合に入れてもらうと、プレーごとに先輩が盛り上げてくれて、「楽しい」と入部を決めた。当時は体重が58kgしかなくてレシーバーになる気満々でいたら、新入生の中では背が高かったこともあり、「体重はこれから増やしたらええから」とラインになった。

高校でアメフトを始めたころの体重は58kgだったから、55kg増えた(撮影・北川直樹)

最初にアメフトに没頭した経験として明確に思い出せるのが、高2の秋の大阪大会だという。初戦で府立豊中に勝ち、高槻に負けて終わった。山㟢ら秋まで部に残った3年生の4人が西井たちをアツく引っ張ってくれた。「もう気持ちがたぎる、たぎる。毎日のように知らなかった自分に出会ってる感じで。あのときは試合が始まってから終わるまでずっと吠えてました。何かもう『男やなあ』って感じで楽しくて仕方なかった」

研究して試行錯誤するのが楽しい

OLの面白さをどんなところに感じているか、西井に尋ねた。「体重が増えて戦えるようになってからは、研究して試行錯誤するのがすごい楽しいと思ってます。『こうやってやられたから、次はこうしよう』とか『その先にこう来たら、こうやな』とか。積み重ねがすごく面白い。大学レベルだと僕なんかまだまだと言われるかもしれないんですけど、パスプロ一つをとっても1歩目を出す位置だったり、腕を出すタイミング、ラインバッカーまでをとらえる視野だったり、毎回学ぶことがあります。それを自分の中に落とし込んで、どうアジャストしていくか。その結果、駆け引きでうまくパスプロできたときが気持ちいいですね」

置かれた場所で咲き続けることでしか、道はひらけない(撮影・篠原大輔)

高校からの先輩である山㟢は関大でもキャプテンとなった。「朗らかで裏表がなくて、でもつかみどころがない人です。何を考えてるのかをつかみにいこうとすると、かわされる(笑)。全部プレーで見せてくれるって感じですかね。かわいがってくれますし、高校からの縁というか尊敬心も込めて、『山㟢先輩を男にしたい』という気持ちは強いです」

そのためにも、いまは一つひとつ積み上げていくしかない。「与えられた場所でやりきることだけ考えていきます。ただ、チャンスは一発でつかむ。そんなにコロコロ転がってるもんじゃないと思うんで、全力でポジションを取りにいきます」。西井は自分に言い聞かせるように、そう言った。関大は5月25日、関西学院大学ファイターズに挑む。

西井が「男にしたい」と言う山㟢キャプテン(中央6番、撮影・篠原大輔)

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