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日体大・伊地知さら 初の女子学生コーチがベンチ入り「誰かから憧れられる存在に」

日体大男子バスケ部初の女子学生コーチ・伊地知さら(すべて撮影・青木美帆)

日本体育大学の関東大学選手権(スプリングトーナメント)3連覇には、選手だけでなく学生コーチたちの献身も欠かせなかった。Aチームに同行する13人の学生コーチは、チーム練習のメニュー立案から指導までを担い、授業前や練習後の個人練習も担当。試合中はベンチ入り、ベンチ外によらず全員でライブデータを収集し、選手や藤田将弘監督にフィードバックする。

「彼らが立てた練習計画を見て、何かを足さなければいけないと感じたらもちろんアドバイスします。ただ、それを採り入れるか採り入れないかは任せています。大学は学生たちが主体性を持って考えて、物事を建設的に作り上げていく舞台なので」

学生コーチ主体のチーム運営を行う意図について、藤田監督はこのように話す。

スプリングトーナメント3連覇の日体大は、学生コーチ主体でチームを運営する

高校バスケ引退後のけがを機に、男子部のコーチに

さらに今大会、新しい風が吹いた。伊地知さら(3年、金沢)のベンチ入りだ。

藤田監督いわく、日体大に女子の学生コーチが入部するのは初めて。国内大学バスケ界としても初の可能性があるという。

準決勝の日本大学戦後、伊地知に「話を聞かせてほしい」と声をかけた。「自分ですか?」と驚いた様子だったが、「初の女子の学生コーチなんですよね」と尋ねると、「一応、そういうふうに聞いています」と面はゆそうに笑顔を見せた。

日本大学との準決勝後に話を聞かせてもらった

プレーヤーとしてバスケに関わっていた頃から、人に教えることが好きだった。高校2年のときに監督から「コーチにならないか?」と提案され、一度はその気になったが、「最後までやりきらないとコーチになったときに選手の気持ちがわからないよ。逃げるな」という母の言葉に発奮し、高校3年間をプレーヤーとしてまっとう。大学でもプレーを続ける予定だった。

しかし、思わぬ展開が伊地知を待ち受けていた。「引退したあとに前十字靭帯(じんたい)を切ってしまったんです」

足が完治し、プレーに復帰するには1年近くかかる。すでに進学が決まっていた日体大女子バスケットボール部には、学生コーチになる前に最低1年間はプレーヤーを続けなくてはならないというルールがある。自分は一体どうしたらいいのか……。思い悩んでいるとき、伊地知の存在を知った藤田監督から「男子部で学生コーチをやらないか」と声をかけられ、この道を選んだ。

「女子の学生コーチはおそらく大学バスケでは初めてだと聞いていたし、自分にとってすごくプラスの経験になると思っていたので、男子のコーチをやろうと決めました」

藤田将弘監督から「男子部で学生コーチをやらないか」と声をかけられ、決心した

誰よりも監督や選手、先輩コーチが求めているものを提供

男性の集団に女性である自分が一人飛び込み、あれやこれやと指導する。快く思わない部員もいるだろうと想像してチームに入ったが、杞憂(きゆう)に終わった。部員たちはあたたかく伊地知を迎え入れ、特に小澤飛悠(3年、中部大一)からは「なんで男子部に入ったの?」などとたくさんの質問を受けた。

藤田監督は日々「選手は選手、コーチはコーチ、マネージャーはマネージャーとして言わなければいけないことを言っているだけで、そこに個人的な感情や上下はない」と学生に伝えている。男女の違いも、学生たちにとってはそれほど大きな問題ではないのかもしれない。

とはいえ、伊地知自身は至るところで性差を感じ、もどかしい思いをしていると明かした。

「個人練習でディフェンスのダミーをしてあげることがあるんですけど、パワーもスピードも高さも全然違うので、相手になってあげられない。そこは結構『あ~』って思っちゃうところです。あと、最上級生になったら学生コーチのチーフになりたいと思っているんですが、『男の集団だから上に立つのは男がいい』という空気感は正直あって、『そうだよね』と思っちゃっているところもあります」

大事な場面で挙げた得点には、ベンチとスタンドが一体となって盛り上がる

仲間たちは総じて好意的だが、「お前は女子だから……」という雰囲気を感じるときもある。家族に「やっぱり苦しいわ」と電話をかけることもある。それでもその場で起きていることを丁寧に観察し、考え、誰よりもシューティングのリバウンドを頑張る、誰よりも早く監督や選手、先輩コーチたちが求めているものを提供するといった小さな努力を積み重ねた。

将来は「日本のアンダー18世代の育成に関わりたい」

「もしかしたら来年はベンチに入るかもしれない。常に準備しておけ」

2年時のインカレ後、現在チーフを務める今泉陽雲(4年、桐生第一)からこう声をかけられたときは「マジか」と驚いたが、モチベーションはもちろん高まった。

そうして伊地知は今大会、念願のベンチ入りを果たした。

縦にも横にもでかい男たちの中に、小柄なショートカットの伊地知は違和感なく溶け込んだ。試合の様子を追いながらパソコンにデータを入力し、良いプレーをした選手はもちろん、ミスやファウルを犯してしまった選手にも笑顔で声をかけ、試合後は一息つく間もなく、翌日の対戦相手の試合のスカウティングにいそしんでいた。

ベンチ入りは今年から。大役を任され、モチベーションは高まった

藤田監督は伊地知の持つ能力についてこう話す。

「学ぼうとする姿勢と、その学びを自分のものにする力が伊地知にはあります。他人から学んだことのコピーを伝えるのでなく、自分なりに考えて、自分の言葉にして選手たちにアプローチする。厳しい言葉もきちんと伝えられるし、個人練習にも遅くまで付き合う。そういったところが素晴らしいと思います」

前述のような、いかんともしがたい体格や力の差は埋められない。他の学生コーチと比べると、戦術面の引き出しがまだまだ少ないということも自覚している。ただ、伊地知はそんな事実と向き合いながら挑戦を続け、大きな夢に進んでいくつもりだ。

「卒業後にはアメリカに留学してコーチングや人間教育について勉強し、日本のアンダー18世代の育成に関わりたいと思っています。男性も女性も対等な価値があるという認識を広めたいし、人間力の高いバスケットボール選手をたくさん育てたいです。バスケットがうまいだけでなく、人としても素晴らしい集団を作って、その中でみんながバスケットを楽しんでほしい」

卒業後はアメリカでコーチングや人間教育を学ぶことを志している

伊地知の存在を知って入部した堀毛美音(1年、実践学園)を後輩に迎えたことで、男子チームを指導する女性コーチのロールモデルになりたいという思いも芽生えた。「男女関係なく人として、誰かから憧れられるような存在になりたいという思いを持って頑張ろうと思います」。キリリとした強い瞳で伊地知は言った。

【写真】日本体育大学が3連覇! 関東スプリングトーナメント最終日、各順位決定戦

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