電通QB奥野耕世 関西学院大の元エースが副将に就任「自分がチームを勝たせる」覚悟

アメリカンフットボールの社会人リーグ、X1 AREAに所属する電通キャタピラーズのオフェンスが大きく生まれ変わった。これまで司令塔を担っていたアメリカ人QBアーロン・エリスが去り、今年は関西学院大学出身の奥野耕世(27)が先発QBとしてチームを牽引(けんいん)する。社会人5年目、東京生活も3年目。副将として迎える今シーズン、奥野は「自分がチームを勝たせる」と覚悟を決めてフィールドに立っている。
今春からエースQBに、らしさは健在
かつて関西学院大学のエースQBとして活躍し、年間最優秀選手賞を2度受賞した奥野の輝きが、戻りつつある。電通キャタピラーズは、品川CCブルザイズと6月1日のJrパールボウルトーナメント準決勝を戦い、17-14で勝った。
10-0で前半を折り返し、終盤の第4Qには14点を返されて緊張感が増したものの、最終的には電通が地力の差で接戦をモノにした。来たる決勝の相手は、電通がこれまで一度も勝ったことのない胎内ディアーズ。22日の決勝に向け、奥野が大きなカギを握っていると言っても過言ではない。
今春からエースQBになった。ゲームの流れを掌握する力、勝負どころで決め切る勝負強さは、かつて関学大で見せた姿そのものだった。オンタイムにデリバリーするショートパス、オプションプレーの判断と走りのキレは健在で、存在感は抜群だ。 第1クオーターには第4ダウンギャンブルでパスを通して攻撃をつないだ。22回投げて11回成功し、133ydを獲得。試合を通し、奥野らしさが随所に見られた。

昨年の最終戦後に言われた「来年はお前でいく」
「来季はお前でいくから」
深川匠ヘッドコーチ(HC)から、そう声をかけられたのは、昨年の最終戦が終わった直後だった。当時はQBエリスの存在もあり、奥野自身も練習参加が少なく「任せる側」に回っていた。しかし、今季はチーム方針が転換。アメリカ人QBを起用しないという決断によって、奥野へ大きな期待がかけられるようになった。
「話を聞いた時は正直、悩みました。でも、自分が出るならちゃんとやらないと仲間に迷惑をかける。そう思って練習もミーティングも、積極的に取り組むようになりました」
年が明けた2月には、正式に副将就任が決まった。主将を務める畑壮吉から「ぜひやってほしい」と打診があり、引き受けた。奥野は責任感が芽生えるとともに、フットボールへの向き合い方も大きく変化したという。

フィジカルに依存しない戦い方へ、プレーブックを一新
昨季の電通はパスオフェンスによる爆発力を手にした一方、チームのフィット感には課題を持っていた。深川HCは「アーロンは素晴らしい選手だったが、どうしてもプレーが大味になりがちで、横の展開やフェイク、プレーアクションなどを織り交ぜた小気味良い攻撃が難しかった。小柄な選手が多い電通のチーム構成を考えると、フィジカルに依存しない戦い方にシフトする必要があった」と話す。
そうした背景から今年は奥野を軸とし、細やかな判断とバランスの取れた展開力を重視したオフェンスに取り組んでいる。昨年までのエリス体制から一転、今年は伊藤宏一郎、多川哲史とともに、オフェンスのプレーブックを一新。奥野が学生時代に得意としていたテンポの良い短パス、RPO、フェイクを交えたプレーアクションパスなどが軸となった。

学生時代から悩まされてきた肩の状態は万全
オフェンスパッケージの変化について奥野に問うと、こう返ってきた。「正直、めちゃくちゃやりやすいです。僕自身、太って体は重くなってますけど(笑)、プレーのスピード感はだいぶ戻ってきたと思います。パスの不安もないです」
週1回の限られた練習時間ではあるが、WR陣の理解力と連係力の高さもあり、実戦での精度も上がってきている。初戦では複数のターゲットにパスを投げ分けるシーンも見られ、深川HCからも「複数のWR陣とホットラインが通っていた」と高く評価された。
ただ、今度はゴール前での決定力不足という課題が残った。テンポよく敵陣深くまで進むものの、最後のフィニッシュで詰めを欠くシーンが続いた。
「前回の試合も今回も、最後が決まらない。そこが本当に課題です」
一方で学生時代に痛め、一時は競技から身を退く決断にもつながっていた肩の状態は万全だ。週1回に減った練習も負荷にならず、調整面でポジティブな影響が大きいという。


「前(学生時代)は毎日投げてたから肩が痛かったんですが、今はボールの飛距離も戻って、疲労もたまらない。いい状態で試合に臨めてます」。奥野が投げるボールは今、生き生きとしている。
深川匠HC「周囲の選手を引き上げられる存在」
東京での生活は3年目となった。多忙な営業職との両立は容易ではないが、時間の制約の中で自身の武器を再び磨き直してきた。原動力は「このチームを勝たせる」という強い意志だ。
「QBとして自分が出ないと成り立たないチームになった。その責任感があるからこそ、もっとやれることもあると思ってます」
昨年は練習を休むことも多かったが、今年に入ってからは土曜の練習に必ず出るようにしている。平日はトレーニングをする時間を確保することも難しく、その分フィールドでの練習に全力を注ぐことを意識している。
深川HCも「奥野はフットボールIQが高く、周囲の選手を引き上げられる存在」と評する。副将としても、フィールドの上の司令塔としても、奥野の存在感は日々増している。

学生時代とは異なる社会人フットボールの面白さ
関学大時代は、全員が学生日本一という目標に向かって「勝利」に集中していた。今は全員が別々の生活、別々の事情を抱えながら、限られた練習と試合に挑んでいる。そんな状況でも、フットボールができることは大きな喜びだという。
「学生時代は、純粋に勝つために全員でフットボールをしていて、今思えばそういう中でやっていたことは楽しかったです。今は当時と全く違うけど、これはこれで工夫することがたくさんあって楽しいですね。制約が多い社会人のフットボールには、また別の面白さがあります」
社会人キャリアの初期にはX2のホークアイでもプレーし、電通キャタピラーズとは異なるチームカラーも経験した。様々なレベルでフットボールと向き合ってきた彼だからこそ言える言葉だ。
「前にいたホークアイよりレベルが高い環境でやれているので、今のほうが刺激があって楽しいです。WRのターゲットも充実しているので、QBとしてもやりがいがありますね」

今シーズン、チームの最終目標は最高峰、X1 Superへの昇格だ。その前に、まずは「春全勝」がチームのミッションになっている。一つひとつ、目の前の試合で勝利を積み上げること。そのために、自分ができることを最大限にやる。「目の前の相手を倒すために自分のやるべきことをやるというのは、昔から変わらず心がけてるんで。その上で、学生時代みたいな“奥野っぽいプレー”をまたできたらいいなと思ってます」
エースとして副将として、奥野耕世は電通を高みに導く。
