関西学院大・紅本隆成 QB志望で始まったアメフト人生、80kg増えて「OLが天職」

大学アメリカンフットボールの春シーズンが佳境を迎えている。6月8日には神戸・王子スタジアムで昨年の全日本大学選手権準決勝の再戦となる関西学院大学ファイターズと法政大学オレンジの一戦がある。昨年11月30日の対戦ではタイブレーク方式の延長の末に関学が敗れ、甲子園ボウル連覇が6で止まった。当時もOL(オフェンスライン)のセンターとして体を張った関学副キャプテンの紅本隆成(くれもと・りゅうせい、4年、関西学院)は「去年の法政戦で負けて大好きだった4回生を引退させてしまったので、絶対に自分たちのやりたいことをやった上で、圧倒して勝ちたい」と話している。
2年時のイヤーブック「大食いの人」で1位に
5月25日の関関戦(17-9で関学勝利)の試合後、関学の79番に「紅本君の『OL魂』を書かせてください」と声をかけると「ありがとうございます。うれしいっす」と満面の笑みを浮かべた。
いま身長180cm、体重135kgとチーム最重量。春先には人生マックスの141kgあったが、春シーズンに入って「減ってもうた」そうだ。141kgあったときの動きについて尋ねると、「まったく動きは変わらなくて、逆にちょっと速くなってたぐらいです(笑)。まっすぐ走るのはめっちゃ遅いんですけど、自分近辺のスピードやったら結構自信あります」と話した。「自分近辺」と言うとき、野太い腕を動かして自分の周りに円を描くしぐさをした。

ファイターズが秋シーズンに合わせて発行するイヤーブックには「何でもBEST3!!」というコーナーがある。2年生のとき紅本は部員の投票により、「大食いの人」で1位になった。回転寿司店で目の前に皿を積み上げた写真が添えられていた。一番好きなのはピザ。マルゲリータが大好きで、店に行くと一人で2枚は平らげる。普段は1回の食事で一気に食べるのではなく、日に6食か7食するようにしている。
大きくて丸い体に穏やかな顔立ち。「親しみやすいってのはよく言われます。みんながフランクに話しかけてくれるんで、ありがたいです」。しかしフィールドではそんな素顔は封印する。QB(クオーターバック)にボールをスナップすると、巨体で敵にサッと近づき、太い両腕で相手をとらえ、足をかいて押しやる。そんな戦いを続けて10年目になった。

中学1年から大学3年まで、ともに歩んできた先輩
兵庫県芦屋市で生まれ、引っ越した先の大阪の小学校で部活のドッジボールに熱中した。その当時は本人いわく「ちょっとデカいぐらい」の体格で、アタッカーとして投げまくっていた。投げることには自信があった。両親は一人っ子の彼に関学中学部の受験を勧めた。合格すると、親戚にアメフトの関係者が何人かいたし、何より仲のよかった2学年上のはとこが中学部のタッチフットボール部にいたから、自然とフットボール人生が始まった。
中学部に入ったころの体重は55kgで、本人いわく「ちょっとポチャっとしてる程度」の体だった。そして前述のように投げるのが得意。紅本は当然とばかりに花形のQBを志望した。しかし試しに投げさせてもらうこともなく、OLになった。「最初のころはマジでおもんなくて(笑)、パスプロも『なんでオフェンスやのに下がんねん』と思ってました」。ただ中2からセンターで試合に出るようになると面白くなり、中3で「こんな感じでやったら1対1で勝てるんや」と分かってくると、さらにはまった。

中1から大学3年までずっと、紅本がともに歩んできた一つ上の先輩がいる。昨年のファイターズの副キャプテンでOLだった巽章太郎だ。「アメフトがうまいというのもあるんですけど、人柄がよくて。僕もいつからかタメ口でしゃべるようになって、オフでも二人でごはん食べに行ったりしてました。見た目のままの人っていうのがいいところですね」。高等部のアメフト部では巽からキャプテンを受け継いだ。
緻密さ求め、6時間のミーティングも
大学に進むと、「関学のOLは深い」と言われてきた意味を思い知った。一つのプレーに対してあらゆる状況を想定し、一つひとつ潰していく。「ほかの大学とは緻密(ちみつ)さが全然違う。ほんまに6時間もミーティングしたりするんで、やってるときはしんどいんですけど、みんなで突き詰めていくのは面白いです」

2年生からOLとして出場し、センターとガードでプレーしてきた。「結構やらかした」と振り返るのが、2年生の秋の関西学生リーグ1部の最終戦だ。全勝優勝をかけて臨んだが、関西大学に13-16で敗れた。「予想してないブリッツがめっちゃあって、僕が負けさせたようなもんです」。敗戦の瞬間、6勝1敗で関大、立命館大と並んで3校同時優勝に。「4回生を引退させてもうた」と紅本は泣いた。その数分後、3校のキャプテンによる抽選で関学が全日本大学選手権(当時は関西から1枠)に進むことに。「ホッとした」とまた泣いた。
3年生になるにあたり、紅本は意識を切り替えた。「2年までは好き放題やってきたんですけど、ファイターズの上級生となるとリーダーシップが大事で、4回生に遠慮せずに自分からバンバン発信していこうと思いました」。夏合宿の最終日には恒例の「サークルドリル」でOLとDL(ディフェンスライン)の1対1の勝負が繰り広げられる。全部員が見守る中でのガチンコ勝負。紅本と、同期のDL前田涼太(箕面自由学園)の対決は大いに盛り上がった。秋のシーズンは前述のように法政大に負けて9年ぶりに甲子園ボウルへは進めず。そして前田が今年のキャプテンになり、紅本は前年の巽と同じく副キャプテンになった。

ハドルブレイクに注目を
数えきれないほど敵とのぶつかり合いを繰り返してきた。そんな紅本に「会心のブロック」について尋ねると、「今日、過去イチのブロックあったっす」と返したから驚いた。関関戦の第2クオーター、相手ゴール前でのプレーだ。中央付近のランプレーで、センターの紅本は目の前にセットした関大DLとの1対1で左へ押し切り、最後は仰向けに倒した。日本のアメフト界で「アオテン」、本場アメリカでは「パンケーキ」と呼ばれるOLの勲章である。
単にアオテンしたから「過去イチ」という訳ではない。試合前にOL担当の神田有基コーチがこのプレーの役割分担について言及したそうだ。「紅本がセンターやから、ここは1対1でいくぞ」と。紅本ならヘルプ役をつけなくとも、目の前のDLを一人でブロックしきってくれる。そうやって託してもらった勝負でアオテンできたからこそ、紅本は静かに喜んだのだ。

この記事を読んでくださっているみなさんにぜひご注目いただきたいのが、紅本のハドルブレイクだ。オフェンスメンバーのハドルの中でプレーが伝達され、輪が解けて手をたたき、セット位置に向かう。そのとき紅本の巨体が何cmか浮く。「ハドルブレイクは中高のころから大切にしてきましたけど、大学に入ってからより大切にしています。大きく(雰囲気を)上げるのを意識しているので、『ゴー』っていうタイミングで跳びはねます。どんなミスをしてもハドルブレイクで跳びはねて、もう一度気持ちを上げた状態でプレーしようという意味があります」

生まれ変わっても「自分になりたい」
「生まれ変わったらどうなりたいですか」と紅本に尋ねた。「自分になりたいっすね」と79番は言いきった。「やせててほしいですけど(笑)、でも結局OLが自分の天職やと思ってるんで、いまの自分になりたいっすね」
昨年の法政戦。中学からずっと一緒にやってきた4年生の巽はスタメンを外れた。紅本は試合直前、巽にこう言った。「(巽の)4年間を背負ってやってくるから、任しといてくれ」。巽は引退したあと、同期の仲間たちと酒を飲みながら紅本とのやりとりを明かし、「アイツに託してよかった」と泣いた。それを人伝えに聞き、紅本も心を熱くした。巽に誇れるラストイヤーを生きる。関学不動のセンターは、そう心に誓っている。

