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日大高QB田邊悠人 13人で起こしたミラクル、41年ぶり関東大会2回戦突破の中心

41年ぶりとなる春季関東大会2回戦突破を決めた日大高校選手たち(すべて撮影・北川直樹)

6月7日のアメリカンフットボール関東高校選手権2回戦で、神奈川2位の日本大学高校と埼玉・茨城・千葉地区1位の立教新座高校が対戦し、14-7で日大高校が勝った。春季関東大会の2回戦を突破するのは、準優勝した1984年以来41年ぶり。防具を装着したメンバーが実に13人という状況で成し遂げた。中心にいたのは、エースQBで主将の田邊悠人(3年)だ。

攻守兼任、FGやパントではスナッパーも

日大高校は神奈川県大会で県立岸根と法政第二に勝ち、決勝で慶應義塾に負けたものの、神奈川2位で関東大会に進んだ。初戦は東京4位の早大学院に14-13で競り勝ち、2回戦に駒を進めた。

日大高校はロースター登録が15人と少数精鋭で、田邊以外のメンバーもほとんどが攻守を兼任する。この春入部した1年生も試合に出場した。約4倍の登録人数だった立教新座に対して、全員が最大限の力を発揮した。

最初にペースをつかんだのが日大高校だった。田邊がパスを連続して成功させ、ダウンを更新。8プレー目に自ら走って9ydのTDランを決めた。守備でも田邊がSFとして最後尾を守り、立教新座の攻撃を食い止める。その後は得点につながらなかったものの、7-0で後半に入った。

田邊自ら先制TDのランを決めた

第3クオーター(Q)は苦しい場面もあった。キックオフで好リターンを許し、そのまま自陣まで攻め込まれる。4分が経過した頃、立教新座の第4ダウンギャンブルを田邊が勝負強いタックルで食い止め、攻撃につなげた。しかしハーフライン付近でダウンを更新できず、パントに追い込まれた。

ここで試合が大きく動く。立教新座のQBが投じたパスを田邊がインターセプト。敵陣深く、絶好のポジションで攻撃権を得た。最初のプレーで田邊がRB古木慶(3年)にパスを通してTDを追加。第3Q残り2分で14-0とリードを広げた。

第4Qに入り、立教新座がパスを5連続で通してTDを1本返した。14-7。次のシリーズで日大高校は、田邊がWR鈴木海広(3年)に26ydのロングパスを決めて敵陣へ。ランプレーで時間を使いながら、約6分のロングドライブを展開した。しかしゴール前10ydでフィールドゴール(FG)のトライに失敗し、約2分を残して攻撃権を渡してしまった。立教新座はパスを中心に攻め込んだものの、日大陣43ydで第4ダウンギャンブルに失敗。残り1分を流した日大が、悲願の勝利を決めた。

勝負どころでインターセプトも決め、直後にTDパスを通した

試合終盤、日大の選手は足のつりや負傷で、人員的に厳しい状況へと追い込まれた。攻守が別メンバーで、シリーズごとにフレッシュな状態で出てくる立教新座の選手と比べると、タフな状況下。それでも、なんとか食らいついて崩れなかった。パスを取られてもしっかりとタックルに行き、決定打は許さない粘りのあるプレーで対抗した。田邊はFGやパントのスナッパーとしても働き、試合を通してフィールドに立ち続けた。まさに八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍でチームの勝利に貢献した。

「フットボールはただのツール」満原将樹監督が語る人間教育

歴史的勝利の背景には、限られた条件の中での創意工夫と、人間教育を重視する満原将樹監督の指導がある。日大高校出身の満原監督は、2010年に日本大学を卒業後、教員として母校に赴任。6年間アメフト部を指導したのち、日大の他の付属校へ異動となり、アメフトのない環境を経験した。2019年に日大高校に戻り、今年で6年目を迎える。今は国語教諭として教壇に立ちながら、アメフト部の指導にあたっている。満原監督に、大事にしていることを聞いた。

「フットボールは、ただのツールだと思ってます。今の生徒たちが一人前の人間に成長するための、一つの道具としてフットボールがあるんです」

満原監督が最も大切にしているのは、人間力の育成だ。「人に接する態度とか、それができてなかったらスポーツやってる意味もないと思うんで」と言い、技術面だけでなく人間教育に重点を置いている。

満原監督(中央正面)は試合中も精力的に動き、選手に語りかけた

チームで大事にしている言葉は「One Play at a Time」。ミスを引きずらず、一つひとつのプレーに集中する姿勢を徹底し、選手たちの「負けたくない」という自発的な気持ちを育てることを大事にしている。指導を受ける学生は「失敗に対してはそんなに怒られないが、手を抜くことには厳しいです」と話す。

走りも投げも、多彩な攻めでチームを牽引

現在の部員数は、かつて満原監督が在籍していた頃の40~50人から大幅に減少した。選手はメンバー上は15人程度いるが、立教新座戦は、けがなどで実際に防具を着けているのが13人という状況だった。

オフェンスコーディネーターの細島潤樹コーチ(2010年日大卒)は「この人数だとスクリメージなどの実戦練習は組めない」と現状を語る。11人対11人の練習は不可能なので、片面ずつウォークスルー形式で戦術を確認し、コーチがディフェンスの動きを説明して「こう来たらこう」というパターンを想定し、仮想練習で身につけさせているという。

「練習はパート別に細かく切って、AとB、BとC、CとAみたいな感じで切り分けてやってる」と満原監督。限られた人数を最大限活用する工夫を重ねている。

エースQBの田邊を中心とした戦術も特徴的だ。田邊は小学1年からノジマ相模原ライズのジュニアチームでフラッグフットボール、中学3年時に慶應のクラブチーム、ジュニアユニコーンズで1年間タックルフットボールを経験した。父の大輔さんは慶應義塾大ユニコーンズでQBの経験があり、フットボール一家で育った。

投げてよし、走ってよし。パスは17回投げ10回成功、114yd獲得

「田邊の肩の強さを生かすために、タイミングが速い長めのパスを重視している」と細島コーチ。戦術の構築にあたっては、自身が日大フェニックス時代に経験したプレーを基に、高校生のレベルや現在のチーム事情に合わせてアレンジを加えている。「もともとパス中心でやっていたプレーブックが頭の中に入っているので、それをうまく呼び起こしながら、田邊の特性に合わせてオフェンスを作っている」と説明する。

ただし人数不足を考慮して、基本的にはショートパスを中心にする戦術を採用してきた。「人数さえいればもっといい練習ができるし、もっと強くなる。体力のことを考えると、ロングパスばかりもできないですし」と現実的な判断もしている。田邊自身は「ロングパスを投げるのが好き」と語るが、チーム状況も理解。「走りも投げも両方できるところが強み」と多彩なプレーでチームを牽引(けんいん)している。

快挙の後に述べた、感謝の言葉

今回の勝利について田邊は「人数が少ない中、最後まで全員が『勝つ』って気持ちを持ってやってくれたのが、勝利につながった」と振り返る。日大高校として関東大会2回戦突破という歴史的快挙を成し遂げた瞬間の気持ちを「むちゃくちゃうれしいです」と率直に表現した。

「コーチや保護者、みんなが支えてくれて、ここまで来られました。全員でつかんだ勝利だったと思います」と周囲への感謝を忘れない。ただ、試合中は決して楽観していなかったという。「確信はなくて、FGを外した時は『ここで止めなければまずい』と思いました。最後まで気が抜けなかったです」と緊張感を持ち続けた。

日大フェニックスOBの松尾佳郎DC(2014年卒、奥)と、細島潤樹OC(2010年卒、手前)も勝利後に喜びを爆発させた

快挙の裏には、OB・OGや保護者の継続的なサポートもあった。満原監督は「去年は残り2秒で負けて関東大会出場を逃した悔しさがありました。OB・OGや保護者がずっとサポートしてくれて、選手たちもそれに応えたいという気持ちが強いんです」と語る。

関東大会での勝利は満原監督の就任後、3回目の挑戦。過去2回はいずれも1回戦敗退だったが、今回ついに初戦突破を果たし、2回戦でも勝利を収めた。

秋の大会もプレーの予定、新たな挑戦へ

受験を控える3年生は春季大会を限りに部活動を引退するケースも多い。だが田邊は、秋の大会もプレーする予定だ。「秋はさらに人数が少なくなってしまうかもしれないけど、その中でもしっかりやることをやって、また関東大会出場を目標にしたい」と前を見据える。父の大輔さんからは毎試合後に反省点やアドバイスをもらっており、「もっとこうした方がいい」と指導を受けながら成長を続けている。

限られた条件の中で選手、指導者、関係者が一丸となって41年ぶりの快挙を手にした。わずか13人の「全員フットボール」が証明したのは、気持ちの強さこそが勝利へつながる道ということかもしれない。まだ見ぬ景色を追い求める日大高校の挑戦は続く。

この試合、拳を天に突き出す姿がよく見られた。仲間たちとミラクルを実現した

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