東北福祉大・垪和拓海 腰の痛みに耐え満塁弾、中高で逃した「日本一」の目標が原動力

第74回全日本大学野球選手権大会 1回戦
6月10日@東京ドーム
東北福祉大学(仙台六大学)4-2 九州産業大学(福岡六大学)
大舞台でようやく巡ってきたチャンスを逃さなかった。東北福祉大学は第74回全日本大学野球選手権大会初戦の九州産業大学戦に4-2で勝利。垪和拓海(はが・たくみ、4年、智弁学園)の満塁本塁打で奪った4点が相手投手陣に重くのしかかった。垪和は今春のリーグ戦で主に5番を打ち、打率4割9厘をマークして最高打率賞とベストナインを獲得。だが得点圏に走者を置いた状態で打席に立つ機会が少なく、打点はわずか1だった。本来は「チャンスの方が好き」だという男が、2死満塁の打席で一発回答をやってのけた。
冗談半分で「4番にしてほしい」と口にしたことも
両チーム無得点のまま迎えた三回、4番・冨田隼吾(4年、花咲徳栄)が死球で出塁し塁が埋まると、5番の垪和がやる気に満ちた表情を浮かべながら打席へ向かった。
「たまたま満塁で回ってきたので、結果を恐れずに思い切っていこうという気持ちでした。結果的に満塁ホームランになって最高の気分です」。追い込まれた後の浮いてきたフォークを迷いなく振り切り、左翼スタンドへ放り込んだ。今春はいずれもリーグトップの9四球、4犠打(犠打はトップタイ)という数字が表すように「いぶし銀」の働きに徹した垪和が、この瞬間は東京ドームに駆けつけた観客の視線を独り占めにした。

リーグ戦中はクリーンアップを任されながらも、チャンスの打席が少ないことにもどかしさを感じていた。冗談半分で「4番にしてほしい」と口にすることもあったが、山路哲生監督から「首位打者の打順を変える必要はない」と諭され、本人も納得した上でひたすら安打を積み重ねた。
九州産業大戦は満塁本塁打以外にも、いずれも走者のいなかった第1、第3打席は安打、第4打席は四球で出塁。「ランナーがいなければ際どい球は振らずに甘い球を待つ。2死でチャンスなら思い切り振る」。その考えを体現する4打席だった。
腰に激痛も出場を直訴、注射を打ちながらプレー
垪和は今春、痛みに耐えながらプレーしている。昨秋のシーズン中に腰の分離症を発症。冬は安静にしたものの年明けに再び痛みを感じ、春のキャンプ中に激痛が走った。それでも、山路監督に出場を直訴し、痛み止めの注射を打ちながらグラウンドに立ち続けた。今大会の前にも注射を打ったという。
無理をするのには理由がある。「今年に懸ける思いが誰よりも強い」からだ。
中学、高校では全国大会で準優勝を経験。高校3年夏の甲子園は前川右京(現・阪神タイガース)らとともにスタメンを張って決勝まで勝ち進み、最後は智弁和歌山高校との「智弁対決」に敗れた。「あと一歩」を二度も味わっただけに、東北福祉大には「今度こそ日本一になる」と意気込んで進学した。

しかし、昨年までは苦汁をなめた。1年春にチームは全日本大学野球選手権出場を果たしたが、自身はベンチ外。リーグ戦での出場機会をつかみ始めた2年春以降はライバル・仙台大学の後塵(こうじん)を拝し、直近2年間は全国大会出場さえかなわなかった。「3年間ダメで、全国に出られないまま最終学年を迎えたので、やっとですね……」。リーグ戦優勝を決めた直後、感慨深げに発した言葉から、ラストイヤーに懸ける思いの強さがひしひしと伝わってきた。
強力投手陣が目立つ中「野手が助ける試合をしよう」
垪和は4年生野手としてのプライドも胸に戦っている。今年の4年生は堀越啓太(4年、花咲徳栄)、櫻井頼之介(よりのすけ、4年、聖カタリナ学園)、滝口琉偉(4年、日大山形)ら今秋のドラフト候補に挙がる投手陣への注目度が高い。「野手も、という思いがあるのではないか」と尋ねると、垪和は「いつも『福祉大はピッチャーが良い』と言われるので、腹立ちますね」と冗談を交えて笑った。
一方、野手陣の間では「ピッチャーに助けられている。野手が助ける試合をしよう」と言い合い、モチベーションを高め合ってきた。中でも2年秋から先発ローテーションを守る櫻井への信頼は厚く、今春は「ヨリのために」がチームの合言葉になった。

4年生野手でレギュラーに定着しているのは垪和、冨田、新保茉良(4年、瀬戸内)の3人。大学ではほかの2人と比べて早い段階から経験を積んでいただけに、垪和は「自分が引っ張る」意識を常に持っている。初めて踏んだ全日本大学野球選手権の舞台でも「緊張はなく、楽しめました」と胸を張った。
プロで実力を磨く高校同期・前川右京の存在が刺激に
高校時代の同期である前川はプロ野球の世界で成長を続けている。「今でも『打てよ』と連絡をくれる。プロとアマで全然違いますけど、お互いに意識しています。『右京に負けずに』という気持ちですね」。甲子園で輝いた戦友は、高校卒業から4年が経っても気になる存在だ。
自身は社会人野球経由でのプロ入りを目指す。それを見据えた上で「自分に足りないのは長打力」と自己分析し、長打力向上を目的とした練習にも力を入れている。
ただ、長年の目標である日本一を達成するためには、打席では場面に応じて待ち方や考え方を変えるスタイルを貫く。チャンスで回ってこなくとも、体が悲鳴を上げようとも、全力で学生野球を駆け抜ける。

