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特集:第74回全日本大学野球選手権

神奈川大・吉岡道泰 応援団長から主将となり、再び全国へ「自分にとってすごく財産」

神奈川大学の主将となり、全国の舞台へ戻ってきた吉岡道泰(高校時代を除きすべて撮影・井上翔太)

中学、高校と全国大会を経験している〝熱血漢〟が、大学ラストイヤーでも主将として再び全国の舞台に戻ってきた。ただ、神奈川大学野球春季リーグ戦中に負ったけがの影響もあり、さらに「高校野球の指導者になる」という夢に向けて教育実習中の立場。神奈川大学の吉岡道泰(4年、専大松戸)に出番はなく、チームは初戦で姿を消した。

試合に出られなくても、できることはすべてやった

第74回全日本大学野球選手権の1回戦。東京ドームで関西学生リーグを制した近畿大学と対戦した神奈川大は、先発の松平快聖(3年、市原中央)が近大打線につかまり、二回途中5失点。救援陣が四回にも3点を失い、0-8。大会規定により七回コールドで幕を閉じた。

この試合、吉岡は終始ベンチの最前列に立って戦況を見つめていた。「リーグ戦中にヘッドスライディングをした際、骨折してしまったんです。手首を。人が転んだときのように手をついてしまって……」。それでも持ち前の〝声〟や一つひとつのプレーに送る拍手で、グラウンドに立つ選手たちを鼓舞。先発マスクをかぶった岩本遥人(3年、津田学園)のレガース装着を手伝うなど、試合に出ていなくてもできることは、すべてやった。

けがや教育実習の影響で試合に出られなくても、自分のできることに徹した

「選手として、もり立てることができたらと思っていました。同じ大学生がやっているので、活を入れる言葉をかけたり、あとは教職で培った話術と言いますか、みんなを生徒として見ているわけじゃないですけど、『生徒たちを盛り上げるんだ』ということを意識したり。もっとできたなと思うところもありますが、でも『ここで野球ができた』っていうのは、自分にとってすごく財産です」

高校にも、大学にも、監督にも口にした感謝の言葉

3年前に取材させてもらった際、吉岡は「教師になって高校野球の指導者になる」という夢を語っていた。これは、千葉商科大付属高校で監督を務めていた父や専大松戸指導陣の影響が大きい。実現のためには、もちろん教員免許が必要。そして教職課程の4年生にとって、この時期は教育実習の期間でもある。吉岡は5月26日から6月14日までの約3週間、専大松戸で教壇に立った。近大戦は6月10日の火曜日。教育実習の終盤だった。

「もともと試合の日は決まっていたので、ダメ元で『何とか考慮してくれませんか』とお願いしていました。そしたら校長先生が直々に『もちろん行ってきてよ』と言ってくださって……。高校にも感謝ですし、大学にも感謝です。色々な方々の配慮でここまで来られました」。試合に敗れ、翌日からは再び母校へ。「一段落がついたので、試合の報告をして、最後の授業に臨みたいと思います」とすがすがしく語った。

味方の守備の間、ベンチの最前列で戦況を見つめていた

教育実習中は、なかなか練習ができなかった。投手の球筋も見ていなかったため、近大戦は「代打で出るといっても、たぶん無理があった」。そんな状態でも吉岡は試合後、岸川雄二監督に向けて感謝の言葉を述べた。「ベンチにいさせてもらうだけでもありがたいですし、こういう経験を積ませてもらったのは監督さんのおかげです」

教育実習で生徒たちに伝えること

高校時代は3年時に春夏連続で甲子園出場を果たし、春はレフトのポジションで試みたダイビングキャッチが届かず、決勝点を許した。夏は千葉大会決勝でサヨナラ満塁ホームランを放った。この上ない悔しさと、この上ないリベンジを果たした吉岡だったが、大学では思うようにいかないことも多かった。

1年の頃はメンバーに入り、先発出場する機会もあったものの、2年の春はボールボーイ。2年の秋から1年間は、ずっとスタンドにいた。与えられた役割は「応援団長」だった。最初は悔しい気持ちもあったが、数週間が経つと「こういうときが来るかもなぁ、と思っていたことが、実際に来たので、想定内」と思えるようになった。専大松戸の持丸修一監督に当時、「もしかしたら今年度は試合に出ないかもしれないです」と伝えると、「こういうのも経験だよな」と言ってくれた。「お前はこんなんじゃない。並の精神力じゃないって、活を入れてもらった感じだったので、『4年になって一気に晴らしてやる』と思えました」

3年夏の千葉大会決勝でサヨナラ満塁ホームラン!(撮影・朝日新聞社)

いま教壇に立つとき、生徒たちには「人生100年のうち、自分が競技で活躍できるのは数年か、もしくは数カ月だよ」と伝えているという。自身が高3で経験したことに基づいているのだろう。この言葉は、自らにも言い聞かせているようだ。「こういう経験があったから、これができたよね、っていう幅が広がればいいなと思っています。自分自身、大学2、3年時はスタンドから野球を見られたことで、すごく勉強になりました。加えて『応援団って、こんなにきついんだ』とか『こんなことをしてくれていたんだ』ということも知れました」

秋はリーグ優勝が「通過点」と思えるように

全日本の舞台でチームは大きな課題を突きつけられた。「守備も、走塁も、打撃も、ピッチャー陣も、総合的にワンランク、ツーランク上がらないといけないです。秋はリーグ戦優勝が『通過点』だと思わないといけないですし、リーグ戦で劣勢であっても、歯を食いしばって、何とか勝ちを引き寄せたい」。最後の秋こそ、神宮でプレーしたいという覚悟が伝わってきた。

久々の母校は「ここで素振りしたな」「ここで授業を受けたな」と感慨に浸りつつ、「ちゃんと授業を聞いてくれているかな」と教員としての目線からも生徒を見つめていた。子どもの頃に描いた夢の実現が、少しずつ近づいている。3年ぶりに再会しても、ひたむきさがまったく変わっていない吉岡に安心し、取材を終えた。

最後の大学野球となる秋のリーグ戦で成長した姿を見せる
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