東北福祉大・櫻井頼之介「ヨリのために」に応えた323球 名前通り、頼られる投手に

「櫻井頼之介がすごい投手になってくれた。彼以上の選手を育てないと次の日本一はないと思う」。第74回全日本大学野球選手権大会で7年ぶり4度目の優勝を果たした東北福祉大学。チームを率いる山路哲生監督にそう言わしめるほど、櫻井頼之介(よりのすけ、4年、聖カタリナ学園)は「日本一」にふさわしい投手になった。全5試合中4試合に登板(うち3試合は先発)し、計323球を投じて最優秀投手賞を獲得。歓喜の瞬間もマウンドには櫻井がいた。
過密日程で3先発、貫いた「ゼロに抑える」こだわり
最後の打者を148キロの直球で空振り三振に仕留めると、両手を空に掲げ拳を握った。「やっと終わった。高ぶりすぎて感情がよくわからなかったです」。気づけば神宮のマウンドに仲間たちが集結する、夢のような光景が目の前に広がっていた。
今大会は雨天順延の影響で過密日程を強いられた。東北福祉大は6日間で5試合を戦い、2回戦から決勝まで休養日はなし。そんな中、櫻井は初戦の九州産業大学戦、準決勝の青山学院大学戦、決勝の福井工業大学戦で先発を任され、2回戦の東日本国際大学戦はリリーフ登板した。堀越啓太(4年、花咲徳栄)、猪俣駿太(3年、明秀日立)ら好投手を複数擁するが、櫻井がエースとして誰よりも厚い信頼を得ていることは明白だった。

身長173cm、体重66kgと小柄ながら、150キロ前後の直球と多彩な変化球を武器に試合を作る今秋のドラフト候補右腕。大学入学後はたびたび、「ゼロに抑える」こだわりを口にしてきた。1年秋の新人戦決勝で好投し優勝に貢献した際にはすでに、「チームが勝つためにはゼロに抑えなければいけない。失投せずにスコアボードにゼロを並べる。それだけに集中しています」と頼もしい言葉を残していた。
決勝の福井工業大戦も、その姿勢が垣間見えた。初回、先頭打者にいきなり二塁打を浴びたが、次打者のバントを処理した櫻井が三塁で刺して進塁を阻止。その後2死一、二塁となって迎えた5番打者からは、この日最速タイとなる150キロの直球で空振り三振を奪った。疲労もあり完封こそならなかったが、失点した後の七~九回は力を振り絞り無失点。1点もやらないという気概が終始、伝わってきた。

エースのために奮起した打線、大会新記録の59安打
櫻井は取材で多くを語るタイプではない。感情を出さず、淡々と質問に答える印象だ。「(変えたことは)特にないですね」「(要因は)わからないです」。囲み取材などでは、そんな素っ気ない返答をよく耳にする。一方、東北福祉大の選手は頻繁に櫻井の名前を挙げ、感謝や尊敬、羨望(せんぼう)を口にする。それだけ人望の厚い選手でもある。
今年は「ヨリのために」がチームの合言葉になった。試合中、どんな状況でもベンチからは「ヨリのために点を取るぞ!」という声が飛んだ。「良い言葉ですよね。支えになるし、自分も頑張らないといけないと背中を押されました」。たとえ櫻井が打たれても野手陣が取り返し、リリーフ陣が抑える。そんな展開を作る魔法の言葉だった。
今大会は野手陣が大会新記録となる59安打をマークした。特に櫻井が先発した準決勝、決勝は計29安打16得点と打線が爆発。全国の舞台でも全員で「ヨリのために」を体現した。
中でも、取材のたびに「ヨリを日本一のピッチャーにしてあげたい」と話していたのが同期の新保茉良(4年、瀬戸内)だ。新保は2年春に一度退部を決断したが、櫻井らに「自分らの代になったら絶対にお前が必要になるから帰って来い」と説得され、踏みとどまった過去がある。今春、遊撃のレギュラーに定着し、今大会も攻守で躍動。決勝でも3安打と気を吐いた新保について聞くと、櫻井は「有言実行してくれた。すごく感謝しています」とほおを緩めた。

副将に就任し、自ら示した「全員で勝つ」意志
副将に就任したのも同期の推薦を受けてのことだった。「去年までは先輩にかわいがってもらっていて、自分のことしか考えていなかった。今年は副将としてチーム全体を見られるよう、視野を広くしました」。自身がベンチ外の練習試合でも戦況を見守るなど、観察や分析に多くの時間を割いた。
「個々の能力は高いのに勝てていないのは、何かが欠けているから」。視野を広げた結果、チームに足りないと感じたのが団結力。「全員で勝つことを目標にしよう」と仲間に共有した。
櫻井自身も「全員で勝つ」意志を前面に押し出してプレーした。試合中、どんな時でも表情を崩さないポーカーフェースが、今年はピンチを抑えてほえたり、スタンドの声援に応えたりして雰囲気を盛り上げた。すべてはチームを変えるためだ。
「応援してくれたみんなの声や支えが、最後まで球威やスタミナが落ちなかった要因だと思います」。エースがチームを支え、チームがエースを支えた。

モチベーションは一つだけ「仙台大に勝つ」
「モチベーションはずっと負けていた仙台大に勝つ。その一つだけでした」
優勝を決めた試合後の取材で、櫻井は最大のライバルである仙台大学の存在についても言及した。仙台六大学野球リーグではかつて、東北福祉大が絶対王者だった。しかし近年は仙台大の台頭が著しく、直近2年間は4季中3季で仙台大が優勝。東北福祉大が2年連続で全国大会に出場できないのは、異例と言っても過言ではなかった。櫻井自身は2年の秋から先発の柱を担い、「頂上決戦」では何度も悔しい思いをしてきた。
最終節の仙台大戦に臨むまでも、決して楽な道のりではない。好投手を擁する東北学院大学や東北大学とタイブレークにもつれ込んだ激戦を交え、苦しみながら勝利する姿もあった。
仙台六大学野球リーグの選手はよく「福祉を倒したい」と強調する。ある大学の監督が「福祉が強くないと面白くないよね」と言うのを耳にしたこともある。5大学が絶対王者に全力で立ち向かい、それをはね返す中で、東北福祉大は真の強さを手に入れた。そして櫻井は「日本一のピッチャー」になった。
「自分の名前の通り、頼られる選手になりたいです」と櫻井。両親が「頼りにされる人間になってほしい」との思いを込めて、「頼之介」と名付けてくれた。日本一になっても立ち止まるつもりはない。信頼を深め、秋も群雄割拠の東北を勝ち抜いて神宮のマウンドに帰ってくる。

