明治大学QB新楽圭冬 分岐点となった挫折と出会い、4年間で成長した「鼓舞する力」

アメリカンフットボールの関東学生TOP8に所属する、明治大学グリフィンズのQB新楽圭冬(しんらく・けいと、4年、都立戸山)は、2年時からエースを務める。6月15日にあった中央大学との春季オープン戦では攻撃の要として活躍し、27-9の快勝を支えた。これまで数多くの挫折を経験してきた新楽は、最後の秋シーズンで、ただひたすら目の前の試合に「勝つ」ことを目指す。
とっさの判断から迷いなく、43ydのTDラン
前半こそ7-3と競った内容だったが、後半に入ると新楽の安定感が増し、フィールドゴール(FG)とタッチダウン(TD)で得点を重ねた。パスは19回投げて12回成功し、174yd獲得と1TD。ランは12回で58yd獲得、1TDとパフォーマンスを発揮。中でも印象的だったのが、第4クオーター(Q)残り2分に自ら43ydを走って決めたTDだ。
「パスを狙ったんですけど、前がきれいに空いたので『走ったら持っていけるんじゃないか』と思って」。とっさの判断でエンドゾーンまで駆け上がる、迷いのない走りだった。
春シーズンも終盤に差し掛かった。中央大に勝ち切ったことについて、新楽は言う。「得点だけを見れば良かったと思える試合でした。ただ、自分のプレーを見ると、前半にパスが全然通らなくて、サードダウンでオフェンスが止まってしまうことが多かった。立ち上がりが悪い部分を直せなかったのは、課題だと感じました」
新楽が言う「立ち上がりの悪さ」は長年抱えてきたものだ。リズムのつかみ方に苦しむことが多い中、この日は後半にしっかりと修正。「ショートパスなど、通しやすいパスからリズムを作っていくことができた」と一定の手応えを感じることができた。
春全体を通しては、「オフェンスのせいで負ける試合があったので、自分たちの弱さを見つめ直す時間だった」と総括する。負けた試合が多かったからこそ、「自分たちに足りないものや考え直さなければいけないところをしっかりと見つめ直せたのが一番の収穫」だと前向きにとらえている。

大学でも競技を続ける決め手となった巡り合わせ
新楽は都立戸山高校でアメフトと出会った。「小学校で野球、中学校でバスケをやっていて、高校でも何かスポーツをやろうと思っていた時、たまたま戸山にアメフト部があったんです。最初に仲良くなった友だちがアメフトをやるというので、試合を見に行ったら、めちゃくちゃかっこよくて。僕も入ろうと思いました」
野球経験があったから「ボールを投げられるならQB」と先輩に勧められ、ポジションが決まった。始めてみると楽しくて、QBというポジションの面白さ、難しさにのめり込んでいった。ただ高校時代は自分で走るのが好きで、パスはあまり得意ではなかった。当時のスクランブルが、今の礎となっている。
戸山高校アメフト部は伝統ある名門校として知られる。しかし、在籍当時のチームは、決して強くなかった。同学年は20人。全体で40人ほどで、都大会は1回戦負けがほとんど。公式戦は1回勝てばいい方だったという。
当時、大学でアメフトを続けるほどの気持ちは持っていなかった。しかし、第1志望の早稲田大学に落ち、明治に入学。そこで競技継続を決める出来事があった。
「高校の同期でマネージャーをしていた岡田(京香、現・アナライジングスタッフ)も明治に進学してて、アメフト部に入るというので、僕も一緒に行ってみることにしたんです。練習を見たら、すぐやる気になりました。ヒットの音が高校と違いすぎて、『こんなところでアメフトをしたらどうなるんだろう』と好奇心が湧きました。チームの雰囲気も最高でした」
この巡り合わせがなければ、新楽は大学でアメフトをやらなかったかもしれない。

判断の早さや勝負強さが評価され、エース争いを抜け出す
入部した新楽を待っていたのは、スポーツ推薦で入学してきた同期たちだった。特に同じQBの水木亮輔(4年、千葉日大一)の存在は大きかった。「最初は僕、WRを希望したんです。同期に水木がいるって知っていたので、『もう絶対無理だな』と思ってWRに行こうと思いました」
水木は187cm、89kgと体格に恵まれ、高校時代から注目されていた。一方の新楽はQBとして普通の体格で、都立高出身の一般入学生。差は歴然としていた。
しかし、すぐに新楽の気持ちは変わった。「1年春の関学戦で拓郎さん(吉田、23年卒)がめちゃくちゃ活躍していて『ここで諦めるのはちょっと早い、もったいないかも』と思ったんです。そこからQB志望になりました」
新楽は高校からずっとQBだっただけに、大学でWRに転向することは、ある意味、自分のアイデンティティーを捨てることでもあると気付いた。ここでQBに戻るという決断が、その後の4年間を大きく変えることになる。
早くも1年の秋シーズンから試合出場の機会をつかんだ。2年になると、判断の早さや勝負強さが評価されて、エース争いを抜け出していった。

「めちゃくちゃ号泣」して意識が変わった2年の秋
新楽にとって最大のターニングポイントは2年の秋だった。けがから復帰し、わずか1週間ほどの調整で法政大学との大一番に臨んだときのことだ。
「勝てば甲子園が見えてくる大事な試合で、僕が3インターセプトされて負けてしまったんです。その時は今までにないくらい、めちゃくちゃ号泣して、結構挫折を味わいました」
この経験が新楽を変えた。「そこから、もっとアメフトに対して真摯(しんし)に向き合うようになりました。自分のせいでチームが負けることを実感したので、そこで一つ覚悟というか、意識が変わりました」
同じ2年の時期、新楽にとってもう一つ大きな出来事があった。中村聡QBコーチと出会い「つきっきりで教えてもらいました」。中村コーチはQBの基礎となるパスのタイミングや状況判断といった技術面だけでなく、心構えについてもイチから教えてくれた。
「守備のカバーリードの仕方からボールの投げ方、『どのタイミングで投げるか』というところを、本当に今までの固定概念を覆されるような感じで学ばせてもらいました。それを2年の1年間で身につけて、3年からちょっとずつ形になってきた感じですね」
確かに新楽のプレーぶりは、3年になった昨春から飛躍的に向上したように見えた。それまでは、どことなくぎこちないフォームでパスを投げている印象だったが、判断が良くなり、球筋も走るように。プレー中に迷いを感じることが、なくなったようだ。

自らの成長を支えてくれる主将の存在
4年間を通じて最も成長したのは「チームを鼓舞する力、QBとしてみんなを引っ張っていく力」だと新楽は言う。
「パスは最初に比べたらうまくなったし、走る能力も伸びました。でも、一番良くなったと思うのは、チームを鼓舞する力ですかね。QBとしてみんなを引っ張っていく力です。2、3、4年と経験していく中で、この力がだんだんついてきたのかなと思います」
成長を支えてくれているのが、主将のRB高橋周平(4年、足立学園)だ。「周平が結構『QBはこうあるべき』ということを指摘してくれるんです。2人で話すときに僕は自分の理想像を伝えるし、周平にも理想像を教えてもらう。お互いの理想像を共有して、チームが目指すQB像に向かっています」
QBとしての技術向上だけでなく、チーム全体を見渡し、仲間のことを考え、周りを生かせるQBに近づいてきた。

6位に終わった昨秋は「慢心があったのかな」
チームは昨秋のリーグ戦で6位に終わった。近年は2位、3位といった上位に食い込むことが多かっただけに衝撃だった。新楽は原因をこう分析する。
「去年は何というか、慢心があったのかなと思っています。去年は卒業で抜けた選手が少なかったから、結構残っているメンバーで『今年はいけるでしょ』みたいな雰囲気がチーム内にあったんです」
緩んだ空気を引き締めることができず、多くの接戦を落とした。特に印象に残っているのは東京大学戦だ。延長の末に敗れたこの試合は、チーム全体に大きなショックを与えた。その後の立教大学戦、法政大学戦にも引きずってしまった。
今年のオフェンス陣は去年の反省を生かし、自分たちに足りないものを全員が認識してアプローチすることを意識している。メンバーに大きな変化はないものの、意識面での変革を図り、一戦一戦に向き合う姿勢を徹底している。

良いプレーをできた時は、他のところでも良いプレーが起こっている
大学ラストイヤーの今シーズン、新楽は自身の結果よりも、チームの勝利にこだわっている。
「自分のプレーに一喜一憂するんじゃなく、そのとき周囲で起こってる良いプレーに意識を向けるようにしています。僕が良いプレーをできた時は、他のところでも良いプレーが起こっているはずなんで」
この考え方は、今までの経験から生まれた。QBが自分だけに目を向けていても、うまくいかない。「自分のパスが通ったのは、いいブロックがあって、いいWRのリリースがあるから。そこをちゃんと見て、言ってあげられるようなQBになれば、周りからの信頼感や、QBとしての中身が伴ってくるのかなと思うんで」
チーム全体のアウトプットを重視する姿勢こそが、明治で身につけた最も重要な考え方かもしれない。「4年としてオフェンスを一つにまとめて『新楽についていけば間違いない』って思える選手になれればなと思います」
最後の秋シーズンに向けて、新楽は明確な目標を持っている。
「どんな試合であっても、最後に勝ち切れるチームを作っていきたいです。1点でもいいから、相手より多く得点するということを追求していきたい。去年は1点差で負けることの悔しさを実感したので、今年こそは1点差でも何でもいいから、全試合勝つことを目標にしてやっていきたいです」
甲子園ボウルという大きな目標について問うと、新楽らしい答えが返ってきた。
「甲子園に行きたいというよりは、一つひとつ勝っていったら結果的にそこに行くよね、みたいな感じですかね。僕はそっち派です。大きい目標を見据えて途中で折れてしまうのが嫌なので、1個ずつに集中してやっていくのが、僕には合っていると思います」
誰もが認めるエースQBへと成長した新楽圭冬のラストシーズンが、もうすぐ始まる。

