近大・平本恵也コーチ(上)「切れない包丁100本より……」約10プレーで全勝の春

2024年、近畿大学アメリカンフットボール部は関西学生リーグ1部で4勝3敗、4位という結果を残した。開幕から勢いに乗って関西大学を破るなど上位進出が期待されたが、終盤に失速。あと一歩のところで全日本大学選手権出場を逃した。
日本大学フェニックス、富士通フロンティアーズとトップチームでプレーした平本恵也氏は昨年、近大のオフェンスコーチに就任。今年は日大と富士通の3年後輩にあたる成田竜馬コーチとともに、オフェンスを指揮している。2年目の今年、平本コーチがこだわっているのは「目の前の一戦に集中するフットボール」。昨シーズンの反省から生まれた新たな考えと、春シーズンの手応えから見えてきた近大オフェンスの可能性について聞いた。

昨秋は"慢心"と"先走り"で失速、そこから得た学び
昨年から全日本大学選手権のトーナメント方式が変更となり、関西からは3チームが進めることになった。有力視されたのは「3強」と呼ばれる関西学院大学、立命館大学、関西大学の3校。この一角の関大を近大が35-31で破り、リーグ序盤戦は波乱含みの展開となった。しかし近大はその後に伸び悩み、第7節の神戸大学戦を落として3位争いから脱落した。
「大きな山場だった関大に勝った後、つい『もういける』と思ってしまったんです。全国トーナメントのことばかり考えて、目の前の1試合1試合に集中しきれなかった。神戸大戦は完全に足をすくわれました」
平本コーチは、昨年のシーズン全体に〝慢心〟と〝先走り〟があったと振り返る。関大戦の勝利で舞い上がり「神戸戦は勝つ前提」という意識で臨んでしまった。「正直、関大の春の試合映像を見て、勝てる確信がありました。でも、その後がダメだった。先を見過ぎてしまって、結局こぼしてしまった」
プレー設計でも問題があったという。全国トーナメントを見据え、多くのプレーを温存していた。
「去年はかなり限られたプレーしか使ってないんです。でも、やっぱりどの試合も一戦必勝で臨まないといけない。目の前の1試合1試合にちゃんと準備して臨むことが大切だと、痛感したシーズンでした」
選手の間にも「トーナメントを見過ぎる空気」が広がっていたという。勢いの中で浮つき、本来の戦い方を見失ってしまった。だからこそ今年は、スタートから「1戦1戦を確実に勝ち切る」姿勢を何よりも大事にしている。

「シンプルながら完成度の高いオフェンス」を目指して
昨年急成長を遂げたエースQB勝見朋征(現・オービック)の卒業に伴い、新チームは小林洋也(3年、大産大附)を司令塔とした再構築が進んでいる。春の交流戦では評価が高かった日本大学「有志の会」にも勝ち、Vゲーム(主力を出す試合)全勝という結果を収めた。
「今年の春は、去年の春に比べたら全然違います。システムの理解度が格段に向上しました。QBも私と同じリードをしてくれるし、WRもみんな同じようなイメージを共有できています」
この成長により、平本コーチが目指す「シンプルながら完成度の高いオフェンス」の土台が築かれつつある。
「毎回細かいことを『これはこう、これはこう』とイチから説明しなくても理解してくれるので、自分たちで修正できるようになりました。去年に比べて格段に違うのは、そこですね」

今年のオフェンスチームの状況も大きく変わった。OLは抜けたメンバーが少なく、WRも昨年出場した選手の約半分が残っている。むしろ層の厚さが増している状況だ。「スキルポジションに関しては、今年は全員に全ポジションをやらせています。層が厚くないと選手交代もできないし、疲労も蓄積する。1週間おきの試合なので、試合が決まったら早く次の選手を出せるようにしないといけない」
この戦略により、チーム全体の競争も激化している。
「今年の3年生には『上級生だ』という自覚が芽生えました。それが一番大きな変化かもしれません。当事者意識を持ってる選手が多いなというのを感じます。去年はどちらかというと大西(勇樹・前主将)とかが『こうやるんだ』と言って、みんなが『頑張ります』みたいな感じだったけど、今は結構一人ひとり『自分がやらなきゃ』という気持ちを持ってる選手が多い」
昨年からの大きな変化としては「序列の明確化」を挙げる。この方針にしてから自分のプレーだけでなく、ユニットや仲間の動きにも意識が向く選手が増えた。「変えなかったことは、基本的なシステムですね。より浸透していっています」。さまざまな点で、確かな手応えがある。

日本大学「有志の会」との一戦で示した成長
注目を集めた日大「有志の会」との一戦は、リードを許して前半を終えた場面で、チームの成長を実感した。
「春はスカウティングをもとにした対策をほぼしませんでした。相手が何をしてくるか分からない中、どこまでコーディネートできるかをテーマにしました。初見でどれだけ対応できるかを試したかった」
序盤に苦戦した展開について、平本コーチは冷静に分析する。
「前半はちょっと硬さが出過ぎて。どうしても選手にはビビっているところがありました。ビハインドで前半を終えた時、去年の春だったら踏ん張りがきかなくなっていたと思います。でも今年は、そこから逆転して勝ち切れた。去年のリーグ戦でタフなゲームをたくさん経験して、勝負強さがめちゃくちゃついたなと感じました」

特に印象深かったのは、試合中にチーム内で起きた緊張状態をQB小林が収めた場面だったと振り返る。
「試合中に『調子どう?』と小林に聞いたら、プレーぶりとは真逆の回答で『やばいです』と。聞くとOLとWR陣の間で、ちょっと険悪なムードになっていたんです。OLからしたら『WRがパスを落としたじゃないか』、WRからしたら『パスプロが漏れててパスが来ないじゃないか』という感じです」
この状況で小林が見せたリーダーシップが、チームにとって大きな収穫となった。
「そういう時に、どうやってチームをまとめるのか。それがQBの一番大事なところですよね。小林がベンチでOLの方に行って『ごめんな』と声をかけたり、2ミニッツドライブでは『頑張ろう』というポジティブな声かけをしたりしていました。去年までだったら、『今のはお前が悪い』って言い返していたかもしれない。この1試合で大人になったというか、QBらしい振る舞いができるようになってきました」

昨年より「思っているような絵」になることが多い
平本コーチの戦術や考えは、一言で表現される。「切れない包丁100本より、めちゃくちゃ切れる包丁1本の方が強い」。春は10プレーほどしか使わずに全勝を果たした。この極めてシンプルなアプローチには、明確な意図がある。
「近大の選手たちには、手持ちのプレーが少ないことへの恐怖心があるんです。『これやった方がいいんじゃない?』『こういうディフェンスに対してはこういうのがあるだろう』みたいに、情報量を求めがち。でも、シンプルなことをどれだけ完成度高くできるかが、まずは大事なんです」
この考えは富士通時代の経験に基づき、近大の新しい文化にもしようとしている。実際、オフェンスの仕上がりには手応えを感じているようだ。「プレー単体で見た時、去年より『思っているような絵』になることが多いです。今年の春も去年の秋も、ほとんど同じプレーをやっているんですが、結構、僕が目指している形ができるようになっているなという感触があります」

中長期的にはパワーフットボールも見据えて
今季の近大オフェンスにとって最大の武器は「スピード」だ。「WRの村井(駿午、2年、大産大附)、小野(真、2年、大産大附)、吉田(涼登、3年、近大附)は40ydを光電管計測で4秒6くらいで走りますし、RBも軒並み4秒7台を出します。このスピードが、近大らしさの一つになってくると思います」
ただし、単純にスピードオフェンスを目指すわけではない。
「立命のようなパワーで押し切るプレーもできたら最高ですが、近大の選手は、関西の中ではちょっと小さいので、それを実現するためには時間が必要です。まずはスピードで負けないようにしたいと思っています。段階を踏んで強化していくのが大事だと考えています」
短期的にはスピードという強みを生かしつつ、中長期的にパワーフットボールを見据えているのが、近大の現在地だ。
