アメフト

近大・平本恵也コーチ(下)まだ「甲子園に出場する文化」がないからこそ、信じさせる

平日は関東で働き、週末に近大のある大阪に赴く。この生活も2年目を迎えた(すべて撮影・北川直樹)

日本大学フェニックスと富士通フロンティアーズで、日本トップレベルのフットボールを経験した平本恵也コーチが、近畿大学で自らの指導論を実践している。「結果ではなく過程を評価」「目の前のプレーに集中」といった理念の根底には、学生時代に目の当たりにした先輩QBの姿があった。

後編では新たなエースQB小林洋也(3年、大産大附)の成長を軸とした今季のチーム作りと、甲子園ボウル出場という未踏の目標への道筋を聞いた。平本コーチが培った経験を指導に生かす教育論や近大アメフト部が目指す「日本一」への取り組みも深掘りする。

【前編はこちら】近大・平本恵也コーチ(上)「切れない包丁100本より……」約10プレーで全勝の春

エースQB小林洋也には「言い過ぎない」指導方針

QB小林には「あまり言い過ぎないこと」を指導方針にしている。背景には、平本コーチ自身の選手時代と深い洞察がある。

「小林と私はよく似てるんです。頑固だし、自分のプレーに自信を持っているので、意識してなくても『自分はうまい』と思っているところがあります。去年はあまり細かく言わないようにしていました。賢いから、ちゃんと自分で気付いて、自分で変わろうとしてくれる選手です」

小林の特徴、強みについてはこう説明する。

「教えてできないような、ロールアウトで戻ってパスを投げるというようなことを平気でやっちゃうんですよ。僕は結構セオリー通りにプレーするんですが、小林は要領がすごくいい。ちょっと高田鉄男さん(元・パナソニック、日本代表)っぽい。困った時に1人で何とかできちゃうところが、すごいですね」

平本コーチの言葉からは、小林に対する信頼感と大きな期待が伝わってくる。

QB小林の走るコースの先にサイドラインから目をやる

起きたことに一喜一憂するチームは、いい結果をつかめない

社会人トップレベルでの経験は、現在の指導の多くに生かされている。特に重視するのは「目の前のプレーに集中すること」だ。

「富士通、日大、近大と3チームに共通して言えるのは、目の前の1プレーに集中しきった試合は、いい結果になることが多いということです。逆に、起きてしまったことに対して一喜一憂するチームは、最後にいい結果をつかめない」

日大在学時に学んだ「結果ではなく過程を評価する」姿勢も大切にしている。

「日大時代に須永さん(恭通、現・日大有志の会責任者)によく言われたのは『結果で褒めるな』ということです。感覚でプレーして決まっても、絶対に褒めてもらえなかった。ちゃんとリードして、正しい判断でプレーしないと駄目なんです。うまくいったとき、結果だけ見ると一時的にワッと盛り上がるんですが、『これは駄目なプレーだったけど、結果として決まっただけ』と、遠慮せずに伝えるようにしています」

日大には2006年に入学し、2021年に日大のHCとして母校へ。2023年に退任した

この指導の根底には2007年、平本コーチが日大2年の頃に目の当たりにした先輩QB木村幸二朗さん(2008年卒)の存在がある。当時、法政大学戦で足首を骨折した木村さんは、甲子園ボウルで松葉杖をついて立っていた。試合に出られないにもかかわらず、サイドラインで相手チームの動きを注意深く分析していた。

「試合中に木村さんに呼ばれて、相手守備のサインジェスチャーについて言われたんです。『SFが手をこうしたらカバー2(守備の付き方)だ』って。聞いた時は半信半疑でした。でも実際に、WR4人が縦に走るプレーがコールされた時、木村さんが指摘した通りのジェスチャーを相手がして、カバーが変わった。そのおかげでTDパスを通すことができたんです。私が木村さんの立場だったら、試合を見ているだけになってたと思うんですが、木村さんは最後まで12人目の選手としてちゃんと戦っていたんです。この時から、自分の中で考え方、取り組み方が大きく変わりました」

どんな状況でも最後まで諦めずに取り組む姿勢。それは近大での指導にもつながっている。

「木村さんから学んだのは、『真のチームワークとは、各自が置かれた環境で役割を全うすること』です。近大の学生たちも結果だけでなく、プロセスや取り組む姿勢を大切にしてほしい。それが社会に出た後も生かされるし、人間としての成長につながると信じています」

自分にできることを最後まで諦めずにやる。大学2年時から大事にしている考えだ

選手に伝える感情のコントロール方法

感情のコントロール方法についても、具体的なエピソードを交えて選手に伝える。

「去年は、練習中に熱くなりすぎる選手がいたんです。そういう時によく言ったのは『こういうスポーツだから熱くなるのは分かるし、一瞬でそうなれるのは良いところだと思う。普段は冷静だけど、勝負時にガッと入れるのはいいところ。でも、それを制御できないと自分の価値を下げることになる』ということです」

このエピソードには続きがある。

「たとえば自分が『Xリーグに行きたい』と思って、スカウトが見にきているとします。でも、その日に何かを殴ってしまったら『この子は自分のことを制御できない子だな』って思われてしまう。それまでどんなに良くても、どんなに普段は違っても、そこだけが切り抜かれてしまう。自分の価値を下げないためにも、『コントロールを失うところまでいっちゃうのは良くない』という話をすると、イメージが湧くんです」

自身の選手時代の経験に、コーチとしての学びを上乗せし、学生に合わせた形で伝えている。

具体的なエピソードを交えて感情のコントロール方法を伝える

コーチの指導一つで選手は大きく変わる

近大の選手たちは、平本コーチからすると「どちらかというと自信がない、自分のことを過小評価している」と見えるようだ。だからこそ、選手への声かけは将来の可能性を前向きに示すことを意識している。

「たとえば『今のポテンシャルで成長していったら、富士通やパナソニックとかにも行けるぐらいのレベルかもよ』みたいな感じで、ポテンシャルがあることを伝えるんです。頑張ったらそこまで行ける力はあるよ、という声かけをよくします」

これは富士通時代に指導を受けた藤田智ヘッドコーチ(現・京都大学HC)の影響もある。

「藤田さんは、僕が落ち込んでいるときにちゃんと見ていてくれていて『さっきのあのプレーよかったな』と、ここしかないタイミングで声をかけてくれました。本当に選手をよく見ている人だと思います。コーチのこういったコミュニケーション一つで、選手のメンタル状態や、その後の成長が大きく変わると実感しました」

選手の能力開花は、コーチの指導一つで大きく変わるのかもしれない。

昨秋大ブレイクし、現在はオービックでも活躍している勝見朋征(左)と

ディテールを追求し、上位進出の道筋を描く

春は10プレーほどしか使わずに全勝を果たした。本番の秋に向けては「もう一段上の、細かいディテールをどれだけ詰められるかが勝負です」と平本コーチは言う。

プレーの完成度をさらに高め、細部の修正力を持つことで、上位校との接戦をものにできるチームを目指す。精神面でも、勝負の場面で自分たちの力を出し切る胆力を求める。平本コーチは日本大学「有志の会」で収めた逆転勝利を挙げて、こう語った。「最初はちょっと硬くなってしまいましたが、最終的には盛り返せた。でも、やっぱり最初にしっかり入れないと結構厳しくなってくるので、気負わず、最初からドンと構えてやれるか。そういうところで、もうちょっと自信を持たせてあげたい」

秋に向けて期待しているのは、エースQB小林洋也のマネジメント力向上だ。

「もうちょっとうまくなると、QBとしては格段に良くなる。力はすごくあるので、それを生かせるようにマネジメント能力がもう少し上がると、何でもできちゃう選手になると思います」

他のポジションにも有望な選手がそろう。「WRには面白い選手がいるし、1年生にもいい子が入ってきました。その1年生がどれだけ上の子たちに食らいついていけるか。上の子たちは先輩の意地を見せられるかが楽しみです。RBの佐藤(海、3年、近大附)、後藤(駿虎、3年、滝川)、岩成(巧介、2年、大産大附)、4年WRの阪上(晃大、大産大附)、堀之内(光、近大附)、福田(琉久、箕面)は良いモノを持ってますし、OLも結構サイズ感はある。センター、両タックルは大きくスピードがあるので、パワー面でもどれだけ食らいついていけるかが鍵ですね」

近大でのコーチ生活も2年目になり、昨年とは違った手応えがある

コーチの役目は選手を"勘違い"させること?

近大にとって甲子園は〝未踏の地〟だ。現在、選手の意識はどの程度まで高まっているのだろうか。

「半分から3分の1ぐらいの選手は、『本当に頑張れば甲子園に行ける』と思ってくれています。それを1人でも多く、いかにみんながそう思えるようにするか。ある意味『勘違い』させることが、コーチの役目かもしれません」

勘違いを生むために注目したのが、小林の変化だった。

「小林のお母さんから『去年とは別人のようにフットボールにのめり込んで、家に帰ってきてもずっとビデオを見ている。1人で『ああ、こうか』『これはこうだったな』ってブツブツ言いながら晩ご飯を食べている』と聞いた時は、めちゃくちゃうれしかったです。それだけ熱中してくれているのかと思って」

そのとき平本コーチは、小林を自身の経験と重ね合わせた。

「小林は去年、試合に出られずに腐っている部分もありました。コービー・キャメロン(元・富士通QB)が来た時の私と同じような感じです。僕も最初は『なんだよ』って思ったけど、一緒にいると学べることがすごく多くて『面白いな』と思えたことが、ターニングポイントでした」

当時は、チームがアメリカ人QBを入れるといううわさを耳にしていたものの「まさか」と思っていた。藤田HCから「ヒラ、迎えに行ってくれる?」と言われ、コービーをホテルまで迎えにいったときに、本当なんだと知った。

平本さんが富士通時代にHCだった藤田智さんは現在、京都大学のHCをしている

「コービーは僕のポジションを奪うであろう人間なわけで、『そんな残酷なことする?』って思いましたよ(笑)。でも結局、自分で気付けるかどうかなんです。このまま腐っていても、多分何も得られないなと思って。それで彼を観察し始めたら、『あ、こういう考え方があるのか』『これは目からウロコだ』ってことがたくさんあって。小林も『面白いな』と思わせていけば、勝手にのめり込んで『ワンチャンあるんじゃないか』という勘違いにつながってくれると思うんです」

小林の勝ち気で頑固な部分が似ていると感じる。だからこそ、小林の成長に、平本コーチ自身も熱中している。これはチームの文化作りにもつながってくる。

「甲子園に行けるって、どれだけの選手が心から信じられているか。それが文化の差なんです。近大はまだ『甲子園に出場する文化』が根づいていない。だからこそ『勘違いでもいいから、信じさせる』ことを大事にしています。本気で信じて、夢中になって、のめり込む。それが本当に強いチームをつくる第一歩だと思うんです」

2010年に富士通へ入社し、2019年シーズンまでフロンティアーズでプレーした

「今年は3強に対して最低でも二つは勝ちたい」

最後に今季の目標を聞くと、迷いのない答えが返ってきた。

「甲子園に出て勝って、日本一になりたいです。そこは変わらない目標です。去年新しいトーナメントになって、そこに行くための道筋が色々できたと思います。そのために大事な試合を取りこぼさずに行く。試合の戦い方とともに、シーズンを通しての戦い方を考えるのもコーチの仕事だと思うので、今の実力でできることを戦術に落としながら、どういう戦い方をするかを考えていきます。今年は3強に対して最低でも二つは勝ちたいですね」

ここ数年、勤務先の富士通では、全社経営を担う部署で事業単位を超えた意思決定も経験した。これまで積んだフットボール経験に加えて、ビジネスシーンでの組織運営も生かし、近大アメフト部を前に進めていく。

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