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コートで見せる強気とコート外でのとらえどころのない言動、そのギャップが増田の魅力でもある ©KAWASAKI BRAVE THUNDERS

川崎・増田啓介、無頓着で天真爛漫な男が見せた「バスケで生きていく」覚悟

2021.06.23

B1で2020-21シーズン最も成長し、来シーズンの活躍が期待される選手に贈られる「NEXT STAR賞 by日本郵便」。ファンによるツイッター投票で堂々1位となり、これを獲得したのが川崎ブレイブサンダースの増田啓介(23)だ。

「びっくりしたというのが正直なところです」

シュート、リバウンド、ゴール下へのカットインなど、あらゆるプレーで思い切りのよさを発揮できる強心臓。フィジカルと身体能力に勝る外国籍のアウトサイドプレーヤーと対峙しても、彼らのアドバンテージを打ち消すようなディフェンスを遂行でき、彼らに臆するマインドは「持っていません」と言い切る。

一方、コートで起きること以外に対しては驚くほどに無頓着だ。昨年11月の千葉ジェッツ戦でキャリアハイの23得点を達成したことも、天皇杯決勝でチームトップの13得点を稼いだことも、「あとで人から聞いて驚きました」と振り返る。今回のNEXT STAR賞の受賞についても、「選ばれるとは思っていなくて、びっくりしたというのが正直なところです」とコメント。いずれも謙遜で出たものというより、心底驚いているようなニュアンスだった。

高校・大学と7年間チームメートだった牧隼利(琉球ゴールデンキングス)はかつて、増田の第一印象を「コート外ではフラフラヘニャヘニャしてるのに、コートに入ったらガツガツきて、変なやつだと思いました」と話していた。クラブ公式YouTubeチャンネルでの天真爛漫(てんしんらんまん)な振る舞いに心をつかまれたファンも多いだろう。コートで見せる強気と、コート外でのとらえどころのない言動のギャップで、ファンのみならず多くの人を引きつける。それが増田の大きな魅力だ。

増田は「NEXT STAR賞 by日本郵便」とともに「新人賞ベストファイブ」にも選ばれた©B.LEAGUE

とことん負けず嫌い

静岡県出身の増田がバスケットボールを始めたのは小学3年生の秋。静岡大成中では1、2年生時に全国大会を経験し、2年生では飛び級で日本バスケットボール協会のエリートキャンプに招集されている。親元を離れて進学した福岡大学附属大濠高校ではバスケと勉強漬けの日々を送り、ウインターカップ準優勝、インターハイ優勝など輝かしい成績を残した。

福大大濠高の片峯聡太監督は、以前行った取材で高校時代の増田について以下のように語っていた。

「増田はとことん負けず嫌い。とにかく一つひとつの局面で負けるのが嫌だから、自分の持っている引き出しを総動員して勝てるプレーを選択する。できないことがあっても考え込まず、すぐに別のやり方を見つけられる切り替えの早さと賢さも強みです。また、おいしいところを知っている選手でもありました。相手が気を抜いているところでゴール下に走り込むとか、味方が苦しくなった時にいいスペースに飛び込んで確実に点を取るとか……。万能であり、貴重な存在でした。1年のウインターカップからスタメンに起用しましたけど、彼が欠けた時のリスクを考えて、起用を躊躇(ちゅうちょ)してしまうこともありましたから」

川崎からのオファー、相当に悩んだ

全国屈指のエリート校でこれだけの評価を受け、U19日本代表として世界選手権を戦い、進学した筑波大学でも早くから主力に定着した。それにもかかわらず、増田は大学4年生になるまでバスケを職業にするという選択肢を一切考えていなかったという。

3年生でのインカレ後に川崎から特別指定選手のオファーが届いた時も、4年生なってから正式なオファーが届いた時も、増田は相当に悩んだという。「ずっとバスケを真面目にやってきましたけれど、だからといって『バスケで生きていく』というほどの思い入れは持っていませんでした。だから、オファーをいただいても全くイメージが湧かなかったし、自分に『バスケに人生の全てを懸ける』みたいなことができるのだろうかって思ってしまって」

恩師やチームメート、様々な人から増田のことを聞き、まるで風船のようだと感じたことがあった。与えられた枠によって大きくも小さくもなり、野に放てばそのまま飛んでいってしまいそうな危うさすらある。

しかし増田は最終的には「プロになる」と腹をくくり、インカレ優勝、優秀選手賞、アシスト王という大きな手土産を引っさげて川崎に加入した。

増田は最後のインカレで筑波大にとって5年ぶり3度目の優勝を成し遂げ、川崎でのプロ生活を始めた ©B.LEAGUE

「自主練をしない男」が「一番自主練習をする選手」に

Bリーグに本格参戦するために増田が着手したのが、プレースタイルの変更だ。学生時代に慣れ親しんだ4番(パワーフォワード)から3番(スモールフォワード)へ。プレーエリアをインサイドからアウトサイドに変えるために、増田はスタッフ陣とともに熱心に自主練習に励んだ。他選手の取材でチーム練習後の体育館を訪れると、たいてい増田と青木保憲が汗を流していた。

大学時代の増田は、練習熱心な選手がそろうチームで“異彩”を放つ「自主練をしない男」だったらしい。「やらなきゃいけないって分かってるんですけど、遊びの誘惑に負けてしまって……」と笑っていた増田が、佐藤賢次ヘッドコーチが「うちで一番自主練習をする選手」と言うほどの練習の虫になったことには驚いた。だがおそらくこれこそが、「バスケで生きていく」という腹積もりがしっかり座ったことの証なのだろう。

「いつも自主練習を手伝ってくれるジェフさん(勝久ジェフリーアシスタントコーチ)、健さん(穂坂健祐アシスタントコーチ)、島さん(島田裕文ビデオコーディネーター)のおかげです。ひとりだったら絶対できていないと思います」。彼らの献身に支えられ、増田はスポンジのように技術を取得し、ポジション転向1年目とは思えないようなパフォーマンスを攻守で発揮した。

加入当初を「チームのレベルに少しでも追いつけるよう必死だった」と振り返り、「来シーズンも少しでも試合に出られるように頑張りたい」と語った増田。彼が備えるポテンシャルと比較すると、かなり見積もりの低い抱負のようにも感じるが、本人は全くそう思っていない。「ブレイブサンダースはチーム内の争いがすごく激しいですし、僕よりうまい人ばかり。オフの間に少しでも課題を克服して、追いつけ追い越せの気持ちでやっていきたいです」と、あくまで着実なステップアップを思い描いている。

チーム内競争が激しい川崎で、自分の課題と徹底的に向き合ってきた ©KAWASAKI BRAVE THUNDERS

最近知ったことだが、増田はかなりの秘密主義のようだ。先輩たちからもらったアドバイス、自主練の練習内容、今季得た課題、どれを尋ねても「内緒です」とかわされた(広報担当いわく、どの取材でも基本そうなのだという)。ただ、達成したものに関してはウェルカムとのこと。来季のシーズン終了後、どれだけの成果を話してもらえるかが今から楽しみだ。(文・青木美帆)