Bリーグ事業企画グループの勝井竜太シニアマネージャー(左)とソフトバンク株式会社サービス企画本部コンテンツ推進統括部スポーツ企画2部の星川智哉部長
中学校の休日の部活動を段階的に地域へ移行するなどの部活動改革が始まっている。移行に向けてはいくつもの課題があり、現場からは「受け皿がない」「指導者がいない」「指導ノウハウがない」といった声が聞こえてくる。こうしたなか、Bリーグはソフトバンク株式会社とタッグを組み、ICT(情報通信技術)を使った「AIスマートコーチ」などを活用した支援活動を推進している。
Bリーグ事業企画グループの勝井竜太シニアマネージャーとソフトバンク株式会社サービス企画本部コンテンツ推進統括部スポーツ企画2部の星川智哉部長が、スポーツのDX化によって見えてきた変化、さらには今後の展開などについて語り合った。
リモートで専門家の指導が受けられる「AIスマートコーチ」
「AIスマートコーチ」について説明する星川部長
――地域課題の解決も期待される「AIスマートコーチ」はどういうサービスですか。
星川 スマートフォンやタブレットを利用して、自分たちで動画を撮影し比較、分析できる他、オンライン上で専門のコーチへの相談や動画による指導なども受けられるサービスで、2015年9月にスタートしました。2017年からはICT部活動支援として、体育の授業や部活動で専門的な指導に悩む先生のサポートにも活用されています。事業が生まれた背景には若い世代のスポーツ離れなどに対する危機感がありました。少子化で競技人口も減少していくなか、私たちがスポーツ界を支えていくためにはプロスポーツだけでなく、アマチュアスポーツやスポーツ教育の世界にも貢献していかなくてなはならない、という思いがあったのです。
――Bリーグとソフトバンクの取り組みのなかで、ICTの活用を始めたのはいつからですか?
勝井 2022年の沖縄県沖縄市で開催したオールスターゲームが最初の取り組みでした。あの時はVR(バーチャルリアリティー)技術を活用し、指導者がいない沖縄の離島の中学生たちを、プロのコーチにリモートで指導してもらいました。
星川 「AIスマートコーチ」を本格的に活用したのは2023年に茨城県水戸市で開催されたオールスターゲームからです。町内にバスケットボール部がある学校が他になく、顧問の先生も競技経験がないという環境でプレーしている中学校のバスケ部員12人に、Bリーグ選手のお手本動画や、プロコーチ監修の練習メニュー動画などで、約1カ月間学んでもらいました。また茨城ロボッツのユースコーチから、動画やチャットによるリモート指導も受け、その成果をオールスターの場で披露してもらいました。
ソフトバンクとの取り組み事例を紹介する勝井シニアマネージャー
勝井 最近では2024年12月には長崎ヴェルカと協力し、五島列島や壱岐など離島の中学生に、「AIスマートコーチ」を使ってバスケを学ぶ機会を提供する「B-RAVE ONE Remote Coaching」を実施し、この取り組みに参加した離島の中学生が練習の成果を披露する島対抗のトーナメント戦も1月に開催しました。また、静岡市が部活動に代わる新たな受け皿として、創設の準備を進めている地域クラブ活動「シズカツ」にも、実証業務の事業者に認定されているベルテックス静岡が協力しています。ベルテックスはバスケだけでなく、ダンスの指導なども手がけており、市内の中学生を対象に「ブレイキン」体験会を昨年11月から開催しました。参加者が自主練習に取り組めるコンテンツを「AIスマートコーチ」で展開し、その成果を今年2月にホームゲームのハーフタイムショーで発表してもらいました。
――バスケ以外にも、子どもたちの志向や興味に応じて選択できる多様な活動場所・機会を作っているわけですね。
勝井 今年1月に千葉県船橋市で開催されたオールスターゲームでは、「リモートコーチングチア supported by SoftBank 」と題し、千葉ジェッツのフライトクルーチアリーダーズ「STAR JETS」が監修した、キッズ向けのお手本動画や練習動画を配信した他、船橋市内の主にひとり親家庭を対象にチアの体験イベントも開きました。地域や暮らしなど社会的な条件が違っても、スポーツにふれる機会を提供したいという狙いもあります。長崎、静岡、千葉の取り組みは、2024年度のスポーツ庁の再委託事業である「Sport in Life推進プロジェクト(スポーツ人口拡大に向けた取組モデル創出事業)」として採択いただき実施できた活動であり、とても有意義な機会をいただきました。
デジタルが子どもたちの主体性を引き出し、スポーツ指導を変える
「AIスマートコーチ」を使って練習する長崎の離島の子どもたち(Bリーグ提供)
――「AIスマートコーチ」を活用することで、どのようなメリットがもたらされていますか?
星川 私は茨城の中学校の例がとても印象に残っています。生徒たちと最初に会った時は、どこかおどおどしているようにも感じ、正直「大丈夫かな」と思っていました。しかし、オールスターゲームで再会した時は、みんな堂々としていて、大人との接し方も変わっていたのです。顧問の先生からは、「AIスマートコーチ」を通じて「本物」の指導に出会ったことでスイッチが入り、 みんなが自発的に自主練習など熱心に取り組むようになり、技術的にも上達することができた、とお聞きしました 。さらに、「4年ぶりに大会で1勝できた」と教えてもらい感動しました。このサービスが子どもたちの変化や成長を促すきっかけになると確信した瞬間でした。
勝井 いまは技術指導の動画コンテンツがあふれていて、子どもたちは何を見ればいいか分からないようですが、Bリーグ選手のお手本動画や、コーチ監修の練習メニューで学べるので信頼度が高い、という声が多く聞かれます。
星川 これからますます少子化が進み、指導者も不足してくるなかで、デジタルを使ったコーチングは有効だと思っています。指導する世代はデジタルツールをどう使えばよいか悩みがちですが、まずはあまり構えず、子どもたちにこうしたツールを開放してみてはどうでしょう。デジタル世代の子どもたちは、勝手に操作方法を覚えて、私たちも気づかなかった使い方を工夫していきます。指導者が考えている以上に自発的に取り組みますし、それが子どもたちに主体性を持たせながら育んでいく指導法にもつながっていくと思います。
勝井 実際にBクラブのユース指導者の指導方法や、選手からの具体的なフィードバックを聞けるのも、「AIスマートコーチ」の価値ですよね。たとえば富樫勇樹選手(千葉ジェッツ)のシュートフォームと自分のシュートフォームを比較し、骨格の解析までできるコンテンツはなかなかないと思います。バスケでも試合のトラッキングデータなどを分析し、選手の能力向上や戦術戦略に取り入れるのは当たり前になっています。子どもの頃から自分のプレーやフォームをデータで確認して、成長のためのPDCAを回していくような癖付けができることも期待できます。
星川 いまは、すぐれた指導者ほど「指導」していない傾向があると感じています。いかに本人にきっかけを与えられるかが重要で、そのノウハウは時代とともに変わっていきます。監督に「こうしなさい」と教えられるより、自分で気づくことができたほうがモチベーションはアップするはずです。「AIスマートコーチ」はそうした気づきの経験を提供できるのが強みです。指導する側も技術的な指導はAIに任せて、選手のマネジメントに力を入れるなど、指導方法をアップデートする機会につながるのではないでしょうか。
誰もがスポーツを楽しめる社会をテクノロジーの力で実現
「誰もがスポーツを楽しめる社会を実現したい」と語る勝井シニアマネジャー(左)と星川部長
――最後に今後の展開についてお聞かせください。
星川 いま子どもたちのスポーツをめぐる環境や文化が大きな転機を迎えています。私はスポーツ庁が設けている部活動改革に関する「地域スポーツ・文化芸術創造と部活動改革に関する実行会議」の「地域スポーツクラブ活動ワーキンググループ」での議論に参加してきましたが、現場のみなさんの声からも担い手の不足、費用負担、安全面の確保、地域格差など課題が山積みだと痛感しました。ただ、地域に活動を押しつけている印象を与えかねない部活動の地域「移行」という表記を、今後は地域「展開」と呼ぶことを提言するなど、学校、自治体、地域のスポーツクラブや企業がより一丸となって取り組んでいくことが再確認されています。デジタルテクノロジーの力は、こうした課題解決にもっと寄与できるはずです。特に各地域に優秀な指導者やクラブを持つBリーグの資産を活用し、子どもたちからプロ選手までかかわる成功モデルを構築し、他の競技団体でも生かせるように情報発信していきたいですね。
勝井 まずはBクラブのみなさんに幅広く、この「AIスマートコーチ」の価値を知ってもらって、クラブと力を合わせてチャレンジしていきたいと思っています。取り組みを通じて感じるのは「バスケがうまくなる」だけでなく、子どもたちのモチベーションがあがること。誰もが楽しみながらスポーツにふれる機会をどう作っていくかが重要で、興味を持つクラブの輪が全国に広がっていけば、Bリーグのミッションである地域の街づくりや、地域の課題解決にもつながっていくと考えています。