ENEOSの藤井聖、ドラフト待つ東洋大学未勝利の左腕
今年のドラフト候補で社会人No.1左腕とも呼ばれているのがENEOSの藤井聖(まさる)投手(24)です。同期の投手がそろってプロ入りした東洋大学の4年間では1勝も挙げることができませんでした。それでも、「負けたくない」という一心ではい上がってきました。
藤井は9月15日の都市対抗野球大会西関東予選代表決定リーグ戦で快投を演じた。
プロ12球団のスカウトが見守る中、二回の無死二塁のピンチを切り抜けると、波に乗っていく。真上から豪快に腕を振り、この日最速は147km。鋭い縦のスライダーを絡ませ、「打てるもんなら打ってみろ」と言わんばかりに強きに攻め続けた。七回途中でマウンドを降りたものの、名門の東芝相手に2安打無失点。大事な初戦を勝利に導いた。「今日は負けん気の強さ、動じない気持ちを出せたと思います」
大学進学を決めた夏
神奈川県で生まれ、高校は静岡の富士市立へ。中学までは外野を守っていたが、高校入学後、自ら投手を志望する。2年間は制球に苦しみ、結果が思うようにでなかった。
飛躍のきっかけは3年春だった。戸栗和秀監督のアドバイスで腕の位置をオーバーからスリークオーター気味に下げたことで制球が安定。3年春の県大会で15奪三振をマークし、夏の静岡大会初戦では18三振を奪ってノーヒット・ノーランを達成した。しかし、全国的には無名の存在。本人も確信が持てず、夏前の学校の進路調査では「就職希望」と記していた。
「夏の大会で少し活躍できて、大学でも続けたいと思うようになりました」。そんなときに、東洋大の関係者の目に留まり、進学が決まった。
同級生がいたから頑張れた
東洋大に入学すると、そのレベルの高さに圧倒された。4年生には原樹里(ヤクルト)、同学年にも上茶谷大河(横浜DeNA)、甲斐野央(ソフトバンク)、梅津晃大(中日)と錚々たるメンバーが揃っていた。「入ったときは底辺の投手でした。ただ単に、絶対に神宮で投げるんだという思いだけでやっていました」
球速を上げるために、スリークオーターから再びオーバーに。さらに、体重を増やすことで、少しずつ球速が上がっていく。2年春にはリーグ戦で初登板を果たした。
「神宮で投げる目標が叶ってからは、同級生に負けたくないっていう気持ちだけでした。とんでもない同期がいたから、僕もあの中で頑張れたのかなと思います」
ただ、やはり制球面に不安が残り、3年時は春秋合わせてリーグ戦での登板はわずか3試合に終わる。大学4年生になると、杉本泰彦監督が就任。杉本監督から「コントロールを気にすることはない。ただ思い切り真っすぐを投げていけ」との助言で吹っ切れる。「コントロールに自信がなかったので、それでいいんだって思いました」
4年夏には最速となる150kmをマークした。「自分の想像を超えた大学生活でした。特に何をしたっていうわけではありませんが、気持ちだけは負けないと。高校のときは138kmがマックスでしたが、143、144って1kmでも速くしたいって思って、気づいたら150kmが出ていました」
ENEOSではエースに
同期の3投手がドラフトで指名を受ける中、藤井は社会人野球のENEOSへ入社する。1年目から公式戦で登板。5月の都市対抗予選では三菱パワー相手に七回まで1失点の好投で、西関東予選の敢闘賞に輝く。だが、チーム自体は予選で敗退。東京ドームに導けなかったことを悔やんだ。
「補強で都市対抗に出ましたが、東京ドームのENEOSの看板を見たときに、なんで自分のチームで出られないんだって悔しくて。来年は何が何でも勝ちたいと思いました」
闘争心をかきたてた名将の一言
高校時代の恩師・戸栗監督は藤井の長所を「負けず嫌いなところ」と話す。それを物語るこんなエピソードがあった。2年目の今年、大久保秀昭氏が6年ぶりにENEOSの監督に復帰すると、藤井をエースに指名した。ところが、8月のオープン戦では打ち込まれる場面が目立った。「勝ちたい」という気持ちが強いあまり、丁寧に投げようとし過ぎて、力のない球を痛打された。
大久保監督は都市対抗の代表決定リーグ戦の初戦を託すにあたり、「不安だけど、お前に任せる」と、あえて藤井の闘争心をかきたてた。すると、藤井は「絶対にやってやるんで、見ておいて下さい」と言い返した。有言実行。藤井は、大久保監督の期待にこたえた。本大会に王手をかけたENEOSは翌日も勝利。5年ぶりの出場権を獲得した。
社会人になった後、プロ入りした上茶谷とは頻繁に連絡を取り合っている。上茶谷から「お前だったら、プロでやれる。早く来いよ」と言われても、藤井は「いやいや、俺はプロよりまず都市対抗に出たいんだ」と自らを奮い立たせてきた。
10月26日のドラフト会議。藤井は上位指名候補に挙がっている。都市対抗の本大会出場という一つの目標を達成した左腕が、大学時代のライバルが待っている新たなステージに向かう。