野球

丸田湊斗・福井直睦…… 慶應義塾大・堀井哲也監督に聞く、塾高優勝メンバーの現在地

甲子園でプレーする慶應高時代の丸田(左、撮影・田辺拓也)と福井(撮影・友永翔大)

2023年夏、慶應高校が果たした甲子園優勝は「エンジョイ・ベースボール」という言葉や、自由な髪形も話題を集め、社会的な関心事になった。当時の3年生選手の多くは慶應義塾大学の野球部へ。「早くも好影響をもたらしている」と話す堀井哲也監督に「塾高優勝メンバー」の現在地について聞いた。

毎年レベルが高い塾高出身者

「彼らが加わったことはいろいろな意味があります」

慶應義塾大の堀井監督はこう語る。「彼ら」とは昨夏、107年ぶり2度目となる全国高校野球選手権大会優勝を成し遂げ、KEIOフィーバーを巻き起こした慶應高の選手たちである。

夏の甲子園決勝では初となる初回表の先頭打者本塁打を放ち、U18ワールドカップ日本代表にも選ばれた丸田湊斗、遊撃での守備力に定評がある八木陽、昨夏の甲子園でチームトップの打率をマークした福井直睦、ゴーグル姿も印象的だった好打者の延末藍太ら、レギュラーだった野手7人が全員、慶大野球部の一員となった。

もともと慶大には例年、弟分の「塾高」から実力者が加入している。そのきっかけになったのは、慶應高が2003年にスタートさせた推薦入試制度だ。これによって、全国から学業も優秀な逸材が入学するようになった。1962年夏以来遠ざかっていた甲子園出場を果たしたのは、制度導入の2年後(2005春)。以降、昨年まで計7回、甲子園に出場した。

そして「推薦入試組」が2006年から慶大に進み始めると、リーグ戦のほとんどの試合で、スターティングメンバーの過半数を塾高出身者が占めるようになった。

つまり、今年の1年生のレベルが特別に高いわけではなく、塾高出身者は毎年、好選手ぞろいなのだ。堀井監督は「1学年上の横地広太(2年)らの代、2学年上の今泉将(3年)らの代、そして3学年上の本間颯太朗主将(4年)らの代もそうです」と話す。

丸田たちの代で高校2年の夏、主に試合に出場していたのは八木だけ。それだけ塾高のレベルは高いと言えるだろう。

107年ぶり2度目の優勝で「KEIOフィーバー」を巻き起こした(撮影・林敏行)

先輩のみならず、同期にも刺激を与える存在

ただ、推薦入試制度導入後の他の代と違うのは、彼らが夏の甲子園で全国制覇を果たしたことだ。「野球は経験値がものをいうスポーツだと思います。試合での経験値が高いとそれは自信になり、プレーに反映されます。塾高出身者に限らず、甲子園に出た選手が入部当初から臆することなくプレーできるのも、経験値が高いからでしょう。丸田たちは(春夏連続で甲子園に出場しただけでなく)日本一ですからね。経験値がいかに大きな武器になるか、彼らを見ていると改めて感じます」

丸田、八木、福井、延末、そして昨夏の甲子園で3試合に登板した松井喜一の5人は、開幕戦のメンバーを絞り込む段階(取材時の3月下旬現在)になっても、しぶとくAチームに残っている。堀井監督は「彼らが加わったことは、先輩の選手たちの刺激になってますし、チーム全体が活性化されました」と明かす。

5人のなかで、注目度が高いのは、やはり丸田だろう。昨夏は「慶應のプリンス」と呼ばれ、KEIOフィーバーのシンボル的な存在になった。大学でもいきなり勝負強さを発揮し、2月に行われた「薩摩おいどんカップ2024」で、大学初打席を二塁打で飾った。

早稲田大学で活躍した斎藤佑樹さんと重なるイメージも持たれている。斎藤さんは早稲田実業のエースとして2006年夏の甲子園で優勝投手になると、早稲田大ではリーグ通算31勝をマークするなど神宮を盛り上げ、多くの観客を呼び込んだ。

果たして今春の開幕戦からスタメンデビューはあるのか? 堀井監督は「うーん」と言及を避けたが、50mを5秒9で駆け抜けるスピードを評価しているようだ。

昨夏の甲子園決勝で生還する丸田、俊足はチーム内でも評価されている(撮影・白井伸洋)

先輩のみならず、同期の1年生も昨夏の甲子園優勝メンバーから刺激を受けている。特に対抗心を燃やしているのが、服部翔(星稜)、中塚遥翔(智弁和歌山)、林純司(報徳学園)の3人だ。いずれも経験値が高い。服部は3度甲子園に出場し、3年時は主将を務めた。2度の甲子園出場経験がある中塚は、高校通算25本塁打のスラッガー。林は昨春の選抜で準優勝に貢献した。

「3人は入学が決まった段階で、甲子園優勝メンバーがそのままチーム内競争のライバルになると認識しているわけですからね。例年の1年生以上に強い覚悟があると思います」

思案している成長につなげるための言葉かけ

堀井監督には毎年40人ほど入部する1年生に必ず伝えていることがある。2年秋のフレッシュトーナメントで、甲子園優勝校に勝てるチームを作ろう。2年間で、高校からプロに行った同世代の選手を心技体で上回ろう、と。

「東京六大学の他大学には、高校時代から名が知れた選手や、甲子園で優勝した選手が毎年何人も入る学校もあります。慶應の場合、なかなかそこまでの選手は来ません。ですからまず、経験値や実力の差を埋める必要があるんです」

ところが、今年は昨夏の甲子園優勝メンバーのうち10人が入部。例年とは異なる状況となり、「どんな言葉を伝えれば良いかと、思案しているところです」。

堀井監督は常日頃から、選手への言葉のかけ方を大事にしている。「指導者の仕事は、伝えることと、理解してもらうことですからね。ただ、実際はいつもうまくいくとは限りません。言い方、言葉のトーン……あれで良かったのかな、と日々反省の連続です」

堀井監督は選手への言葉のかけ方を大事にしている(撮影・上原伸一)

「Z世代」と言われる選手たちに、きちんと伝え、正しく理解してもらうため、知り合いの小、中学の先生や指導者からも情報を得ている。

「たとえば今年の1年生が小学、中学の時は、どんな教育スタイルが主流で、どんなはやりがあって、子供たちの傾向はどんな感じだったか聞くわけです。そうすると、言葉をかけるときの大前提がつかめるんです。時代の変化もわかります。このヒアリングは社会人(JR東日本)の監督の時からやっていることですが、これによって、たとえばハラスメントについても、問題視されるかなり前から、そういう時代になったと感じ取ってました」

神宮大会優勝メンバーも高めた経験値

ところで、昨年日本一を達成したのは「弟分」だけはでない。「兄貴分」の慶大も昨秋のリーグ優勝に加えて、神宮大会でも優勝した。主将で三塁手の本間颯太朗(4年、慶應)、エースの外丸東眞(あずま、3年、前橋育英)、二塁手の斎藤快太(はやた、4年、前橋)、遊撃手の水鳥遥貴(4年、慶應)はチームの中心として貢献した。

堀井監督は「4人は経験値が高まったわけですからね。それをさらなる成長への力にしてほしいです」と期待している。

「塾高優勝メンバー」の加入は、これからも有形無形の効果を生みそうだ。

昨秋の神宮大会を制した「兄貴分」。ここに塾高優勝メンバーが加わる(撮影・内田光)

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