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東山が春高男子初V エース高橋藍は日体大で兄に、世界に挑戦

春高バレー決勝、高橋の一挙一動に観衆の熱い視線が注がれた(すべて撮影・松永早弥香)

年始にあった高校バレーの日本一を決める「春高バレー」に出場した選手から、4月に大学へ進む注目のアスリートを紹介します。男子で初優勝を果たした東山高校(京都)の主将でエースの高橋藍(らん)です。関東大学リーグ1部の日体大へ進学します。

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決勝で敗れた敵将も「素晴らしかった」と称賛

美しく、宙を舞う。決して大げさではなく、春高初優勝を果たした東山のエース、高橋の存在感は最後まで圧倒的だった。

より光ったのが駿台学園(東京)との決勝。1月5日に開幕し、12日までの計5日で6試合というハードスケジュールをこなしてきたとは思えない、パワフルで美しいスパイク。圧巻のパフォーマンスは偶然ではなく、「この1年をかけて積み重ねてきたものでした」と、高橋は言う。

「どれだけボール練習が厳しくても、週に2回は必ずウェイトトレーニングをやってきました。そのおかげで筋力がついて、ジャンプも高くなったし、ボールを叩ける力も攻撃に入るスピードも上がりました。最後はかなり疲れてましたけど、そんな中だからこそトレーニングの効果を実感できました」

身長188cmの高橋(右)は、343cmの最高到達点を誇る

そのすごさを感じていたのは高橋だけではない。決勝の相手、駿台学園の梅川大介監督も、彼をたたえた。「チーム内で一番高さのある選手を2人ブロックで並べても、その上から打ってきた。あれをやられたら、どうにもできない。それぐらい素晴らしかった」

あこがれの石川祐希と同じ練習を高校でできたという自信

中学までは身長がそう高くなく、リベロも経験したことで、守備力も磨かれている。加えて、高いジャンプから放たれる鋭いスパイク。攻守にバランスの取れた高橋はリーダーシップにも長けており、東山の豊田充浩監督も「プレーの面はもちろん、人間性も申し分ない、素晴らしいキャプテン」と誇らしげに語る。

中でも「一番自信のある武器」というバックアタックは、高さ、速さ、威力、すべてが高校生レベルを逸脱していた。しかも、自分でレシーブをした後にそのまま入る器用さも備えているのだから、相手としては厄介極まりない。

とはいえ、いくら技術に長けていても、先を見すえるならば、それだけでは足りない。将来の更なる成長と活躍を視野に入れ、ウェイトトレーニングの必要性を高橋に説いたのは、昨年から就任した松永理生コーチだ。自身もバレーボール選手としてパナソニック、豊田合成でプレーし、引退後は中央大で監督を務めた。当時の中大には石川祐希(現パッラヴォーロ・パドヴァ)や関田誠大(現・堺ブレイザーズ)、大竹壱青(いっせい、現パナソニック パンサーズ)といった、いまや全日本の主軸として活躍する選手たちがいた。もともと能力の高い彼らに、ウェイトトレーニングや戦術の重要性を伝えたのが松永氏だった。

東山で松永コーチが組み立てるバレーボールの練習も、ウェイトトレーニングのメニューも、当時の中大のものとほとんど変わらない。「それがまた大きなモチベーションになりました」と言うのは、ほかならぬ高橋だ。

中学時代のリベロとしての経験も、現在の高橋に生きている

「いつかは石川祐希さんのような選手、石川さんを超えるような選手になって、自分も日本代表としてプレーしたい。石川さんが大学でやってた練習を自分は高校でできてるというのが、自信にも強みにもなりました」

日本代表のみならず、イタリアでもプロとして活躍する石川のすごみは増すばかりだが、「高橋にも十分、彼ならではの武器がある」と言うのは松永コーチだ。

「バックアタックの高さ、鋭さ、スピード。何より守備力があり、レシーブをしてからの攻撃が抜群に速い。あれだけのバックアタックを打てる選手はなかなかいません。もっと筋力がついて、技術も伸びれば非常に将来が楽しみな、日の丸を背負える選手であるのは間違いありません」

同じ京都に洛南がいたから、僕たちは強くなれた

全6試合、失セット数0の完全優勝。東山は圧倒的な強さで2020年の春高で初優勝をなし遂げた。だが大会出場が6年ぶりという数字が示すように、その道のりは簡単ではなかった。昨年の春高を同じく完全優勝で制した、同じ京都の洛南がいつも大きな壁となって立ちはだかっていたからだ。

昨年の全日本インカレでルーキーながら活躍した大塚達宣(早稲田大)、垂水優芽(ゆうが、筑波大)、山本龍(東海大)といった面々をそろえた洛南が、対戦を最も嫌がったのが東山だ。「打倒洛南」を誓い、どんな相手よりも自分たちを知り尽くした上で向かってくるからだ。

2年連続して京都の別の高校が春高を制した現状を踏まえても、東京や大阪のように、京都からも2校出場させていいのではないか。そんな声がないわけではない。だが、「その必要はない」と高橋は言う。

初優勝を決め、校歌斉唱。湛えていた涙があふれた

「京都に洛南がいるから、絶対洛南に勝ちたいと思って僕たちは強くなれました。ライバルが同じ京都にいるということはとてもありがたいことだし、1枠しかないから何が何でも勝とうと頑張れる。それは全国に目を向けても同じで、インターハイで松本国際(長野)に負けてから、チームが本気で松本国際へ勝つために何をすべきか考えて、必死で練習してきました。そのおかげで僕らは強くなれたし、ともに切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲間、ライバルの存在には感謝しかない。優勝できてうれしい気持ちもありますけど、同じぐらい『ありがとう』という気持ちでいっぱいです」

高校までともに戦ってきた兄、大学では勝ちたい

卒業後は日体大で競技を続ける。高校で勝つ、大学で勝つ、という期間の限られた目標ではなく、これからは世界を見すえ、日本を背負って戦う選手になりたい。「そのための知識や体力、技術を身につけるために日体大に決めました」と、高橋は言う。

日本代表として戦う石川にあこがれる一方、ずっと背中を追い続けてきたという兄の高橋塁(東山~日大2年)の存在も大きい。弟にとっては、自分が進むべき道をつくってくれた大事な一人だ。高校まではずっとチームメイトで、兄弟として同じコートで戦ってきた兄と、大学ではライバルとして対峙(たいじ)する。

日体大に進み、日大にいる兄の塁との兄弟対決が始まる

「体を鍛え直して、プロでも通用するような、世界と戦える選手になりたいです。春高で優勝できて、これからは兄と切磋琢磨しながら強くなりたい。一番の夢は兄弟で日本代表に入ることですけど、その前に大学ではしっかり兄と戦って、自分が勝ちたいです」

高校から大学へ、新たなステージに舞台を移し、どんな飛躍を遂げるのか。楽しみも可能性も、広がるばかりだ。

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