ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

「自分でなく誰かのために」マネージャーになった訳 東京都立大学ラグビー部物語15

練習試合のハーフタイム、選手の話し合いに真剣に耳を傾ける大沢こころ(中央)。一緒に戦っている(撮影・中川文如)

自分探しの旅に出たくて、大沢こころ(3年)は東京都立大学ラグビー部のドアをノックした。マネージャーとして4年間を全うすることができたなら、新しい自分に出会えると思ったから。「全部、自分のため。自分の中で完結することしか、やってこなかった。それじゃあ、ダメだなって。そのまま社会人になってしまうのは、何かが違うなって」

こころの旅、楕円球の世界へ

東京・翔陽高校で過ごした3年間。料理や裁縫を楽しむ家庭科部で部長を務め、焼き肉屋でアルバイトもした。でも、生活の中心は勉強だった。学校に不満はなかったけれど、「『確実に合格できるところ』って安全策をとった」高校受験には悔いが残った。「大学受験は、妥協せず、やりきりたかった」。塾には通わず独学。共通テストで高得点をたたき出し、一念発起、受けた東京都立大法学部のサクラが咲いた。

大学では部活に時間を費やそうと決めていた。受験は自分のため。結果が良くても悪くても、報いは自分だけに跳ね返ってくる。それだけじゃ、ダメなんだ。自己完結の日々ではなく、他者と関わり、自分のためだけではない何かに打ち込み、笑ったり泣いたりする日々を過ごし、もっと人として大きくなって、社会に出ていきたかった。

3年生のマネージャー3人組。右から大沢、垰下綺莉、小野綾芽(東京都立大ラグビー部提供)

そのためには、体育会のマネージャーになるのがいいんじゃないかって気がした。中学時代、ソフトテニスに熱中した。練習を重ね、自らの進歩を試合で確認できるのは楽しかった。ただ、マネージャーは試合には出られない。選手のために尽くすって、どんな気持ちなんだろう? 自分のためだけではない、誰かのために。そんな環境にどっぷり漬かれるのがマネージャーなんじゃないかって考えた。

競技はラグビーを選んだ。「テニスとかサッカーなら、そのうち、絶対、自分でプレーしたくなっちゃう。ラグビーなら、そうはならないだろうから」。もう一つ、理由があった。ラグビー部の先輩マネージャーたちが醸し出す「本気モード」だった。

テーピング一つにもこだわり

例えばテーピング。もちろん、大沢にとって未知の領域だ。LINEグループのやりとりに驚かされた。「あの選手の右ひざ、緩めに巻くと喜んでくれるよ」「この選手の左足首はきつめにしてあげて」「あの人、アンダーラップ(最初に地肌に巻く薄いテープ)を多めにすると納得してくれる」

テーピングをするマネージャーたち。選手の好パフォーマンスを引き出すため、細部まで気を配る(撮影・中川文如)

ちょっとでもベストな状態に近づけて、選手を練習や試合に送り出したい。マネージャーという仕事に対するプライドがひしひしと伝わってきた。「他の部の見学にも行ったんだけど、チヤホヤされるだけって感じてしまうところも、正直、あって。ラグビー部は違った」

同期の存在は心強かった。高校時代、垰下綺莉(たおした・きり、調布南)はバドミントン、小野綾芽(国分寺)はバレーボールの選手だった。「だから、選手目線でアドバイスしてくれるんです。『こういうタイミングで水を渡してあげるといいよ』とか『ああいう時に声をかけてあげると、多分、選手は嬉(うれ)しいよ』とか」。何かにつけて、3人そろってスリーショットの写真を撮るのが大好きになった。

組織整備に新歓、トライするほど不安も

2年生になった。大阪・早稲田摂陵高校や国際基督教大学の指導で実績を残してきた藤森啓介(36)がコーチに就いた。「ミスして当たり前。ミスのない練習なんて、あり得ない」と選手にチャレンジを促す藤森は、マネージャーにも、こう言った。「間違いや失敗なんて、ないんだよ。選手のためにやってみたいことがあったら、どんどんトライしてほしい」

それまでの大沢には、選手を応援することへの逡巡(しゅんじゅん)があった。「試合に出ない立場の私たちが『頑張って』って言い過ぎるのは、おこがましいんじゃないかって。『どうせ、お前たち、辛(つら)いのを我慢してプレーすることなんてないんだろ』って嫌がられるかもしれないし……」

笑顔で練習を見守る藤森啓介コーチ(左)とマネージャー(撮影・中川文如)

藤森の言葉に、背中を押された。新型コロナウイルスによる自粛期間中、マネージャーたちは、期待のメッセージを動画にして選手たちに贈った。

そして、3年生となって過ごす、いま。1学年上の先輩たちの変化を目の当たりにして、少し不安を覚える。「4年生になって、イメージががらっと変わった。学年の違いを超えて積極的に話しかけてくれて、チームのために必要なことを色々と発信してくれる」。立場の違いに関係なくコミュニケーションを深める取り組みを推進する「チームビルディング班」、勝利のための「分析班」に全員が参加する枠組みも整えてくれた。「来年、私たちにできるのか、不安なんです」

部員不足は、もっと不安だ。4年生が抜けると、選手はたった16人に減る。コロナ禍で迎えた過去2度の春。ツイッターやインスタグラムを駆使したオンラインの新歓は、なかなか実を結ばなかった。来年の春、どうすれば新入部員を増やせるのか。3年生の選手とマネージャーだけで集まる機会があると、最近、自然と、そんな話になる。で、結局、結論はこうなる。「来年につなげるためにも、まず今年。今年、もっと頑張らなきゃ」

開幕へ、日増しに緊張感

関東大学リーグ戦3部の開幕は10月24日。「選手でもないのに、私、すごく緊張してるんです」。大沢は苦笑する。「初戦まで、練習、あと何回しかない。ヤバい、ヤバいよって」。昨年、一昨年は味わうことのなかった感情。

「自分ではない誰かのために頑張ることで、充実感を得られるんだってわかった。チームが勝てば嬉しい。勝って選手が嬉しそうな姿を見るのは、もっと嬉しい。そうやって感じられる喜びって、自分のためだけに頑張って感じる喜びより、さらに大きいんだって。だから、誰か無理してないかな、練習で怪我(けが)人が増えたらどうしよう、とかって考え始めると、すごく緊張してしまう」

試合前の円陣。マネージャーも加わり、気持ちを一つにする(撮影・中川文如)

マネージャーが選手に手作りのミサンガを渡し、選手がマネージャーに手作りの日めくりカレンダーを返すイベントは、とっても盛り上がった。カレンダーの1ページ、1ページに、みんなの部活の思い出の写真がプリントされている。

「部員、集まって」と誰かに呼ばれると、その「部員」は選手だけを指すのか、マネージャーも含まれるのか、最初、大沢は迷った。もう、そんなことはない。どんな時も「部員」といえば、選手、マネージャー、全員なんだって信じきれる。

自分探しの旅の途中、大きな節目のリーグ戦が始まる。「3部優勝、2部昇格」のゴールをめざし、マネージャーもまた、選手と一緒に戦う。もう、大沢は新しい自分を見つけている。

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どこにでもあるような体育会の一つ東京都立大学ラグビー部。彼らは何をめざし、いかに戦うのか。選手だけ、プレーだけにとどまらない、取り組む姿勢の変化を追っています。

【つづきはこちら】涙の先にあるものは、悔恨と小さな自信と

東京都立大学ラグビー部物語

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