涙の先にあるものは、悔恨と小さな自信と 東京都立大学ラグビー部物語16
「ちょっと、4年生だけ集まろうや」
試合前のアップが終わり、さあこれから全員で円陣を組もうとする直前のことだった。4年をちょっとはみ出た大学生活の残りをOBコーチに捧げ、後輩たちの面倒を見る渋谷侑亮(奈良学園)が声をかけた。
ホームなのによそ行きの選手たち
「みんな、表情が硬いよ。リラックス、リラックス」
10月24日、関東大学リーグ戦3部Aブロック開幕戦。東京都立大学はホームグラウンドに防衛大学校を迎えていた。都下の緑に囲まれた人工芝のピッチを包み込む空気が、どこか違う。無観客ホームなのに、選手たち、特にラストシーズンとなる4年生が、どこかよそ行きの顔をしている。
小よく大を制する戦術を追求し、チームビルディングの理論にも精通する藤森啓介(36)がヘッドコーチに就いて2年目。コロナ禍でも必要最低限の準備を整えて挑めるリーグ本番だ。選手の期する思いは、それぞれのメンタルに繊細な揺らぎを与えていた。吉か凶か。その揺らぎは、結果的に凶と出てしまったのかもしれない。
キックオフ直後こそ、東京都立大のペースだった。敵陣で10度以上に及ぶ連続攻撃。たまらず防衛大が反則。前半7分、FB(フルバック)松本岳人(4年、所沢北)がPGを決めて3-0と先制。しかし、引き寄せた流れを、次につなげられない。歯車は狂い始める。
スクラム、ラインアウトで後手に
夏の練習試合では起こり得なかったミスが連なった。まるで、前のめりな気持ちが焦りや気負いに転化してしまったかのよう。スクラムは相手と呼吸を合わせられず、ラインアウトではボール投入に失敗。プレーの起点となるセットプレーで後手に回る。
まず、敵陣へ。それがゲームプランの根幹だった。自陣での反則が失点に直結するラグビーは、陣取り合戦の成否が物を言う。だが「起点」で苦しみ、反則がかさみ、効果的なキックを敵陣へ蹴り込めない。前半の40分間の大半を、東京都立大は自陣でゴールラインを背負って過ごす羽目になった。
13分、ゴール前で執拗に密集周辺を突かれて逆転トライを喫した。前半終了間際、マイボールスクラムで犯した反則をきっかけにピンチを招き、モールを押し込まれる。防御網を内側に寄せられ、外で余ったWTB(ウィング)にトライを許した。教科書通りの攻撃を防衛大に見舞われ、3-14でハーフタイム。
「自分で自分の首、絞めちゃってるよ!」。そんな檄(げき)が円陣で飛び交った。やるべきこと、やらなきゃならないことは、みんな、わかっている。それでも、一度手放してしまった流れを再び引き戻すのが、どんなに難しいことか。
後半に入っても防戦一方。2分にスクラムから、9分にラインアウトからトライを献上し、3-28。31分にラックを連取してロック大滝康資(2年、國學院久我山)がチーム初トライを挙げたものの、すぐにトライを奪い返されて10-33。趨勢(すうせい)は見えた。
細部に目を凝らせば、メンタルという内なる敵よりも大きな誤算が生じていた。No.8としてボールキャリー(ボールを持って前進するプレー)の中心を担った辰巳紘奨(こうすけ、院2年、本郷)が振り返る。「相手の方が、速かったんです」
FWもバックスも、個々の体格は明らかに防衛大の方がたくましい。密集の攻防で分が悪いのは想定済みだった。ならば東京都立大はスピードで勝負。開始直後の連続攻撃は、そんな決意表明でもあった。
でも、続かなかった。「接点(体と体のぶつかり合い)になる前の仕掛けが、相手はものすごく速くて。自分たちのリズムや形にさせてもらえなかった」。思い描いていた陣取りのプランが崩れ、自陣での肉弾戦という防衛大の土俵に引っ張り出され、スタミナを消耗していった。次第に、初動で、コンマ数秒、一歩の遅れを取るようになった。小さな綻(ほころ)びは、時計の針が進むにつれて広がり、明確な点差となって現れた。
試合は続く、負けた時どうするか
嗚咽(おえつ)。試合が終わり、挨拶(あいさつ)を終えると、ゲームキャプテンのWTB板谷光太郎(4年、城北)はその場にしゃがみ込み、堰(せき)を切ったように号泣した。涙は隠したかったから、肩を震わせながらグラウンドの向こう側へと歩いていった。円陣で、謝った。「勝てると思ってたんだけど、自分のミスもあって……」
キャプテンのロック谷村誠悟(4年、青山)は、板谷を気づかうように「泣かなくていいよ。まだ試合はあるんだ」と切り出した。
ラストプレーに光明を見いだしたからこそ、努めて前向きに振る舞った。この試合、2度、3度と繰り出しながら攻めきれずにいたラインアウトモール。最後の最後、何度目かの正直でフッカー高尾龍太(3年、大阪・高津)がトライを取りきった。ゴールキックも決まり、最終スコアは17-33。土壇場での7点の上積みに「今日は、自滅。でも、あのモールで自信は取り戻せた。あとは練習で4年生が一番声を出して、一番体を張っていくだけ。ホント、最後なんで」
負けた時こそ、藤森はベクトルを自分に向ける。「いつもなら安定させられるセットプレーが、そうならなかった。初戦の緊張もあったと思うけど、そういう設定を練習で施せなかった僕の責任」。彼我のフィジカルの差に、決して敗因は求めない。「次、どうするか。この80分間から学び、振り返り、準備して、2試合目に臨む。その過程に全力を尽くすのが、僕らにできること」
円陣がほどけると、そっと輪を離れ、誰にも悟られないようにマスクの下の涙をぬぐうマネージャーがいた。金指英里花(4年、東京・明星)だった。
試合前の円陣でメッセージを促され、「みんなと最後まで楽しく部活を続けたい。勝って、勢いをつけましょう」と感極まって頰を濡らした人だった。チームのため、果たして自分に何ができたのか。そう問いかけてくるような、試合前の涙と試合後の涙の違う味。公式戦の厳しさを初めて知った1年生マネージャーもまた、泣いていた。
いきなり躓(つまず)いた。「3部優勝、2部昇格」の目標は、いきなり遠のいた。それでも、試合に出られる選手、出られない選手。もとより決してこの舞台に立てず、選手を支えることしかできないマネージャーが、みんな、一緒に戦っている。それぞれの責任を全うしようともがきながら。
東京都立大学ラグビー部のアイデンティティーは、失われてはいない。