ラストプレーから何を得るか、まだ終わっていない 東京都立大学ラグビー部物語18
ピーッ、「ノット・リリース・ザ・ボール!」
反則を告げるレフェリーの笛とコールが雨音を切り裂いた。地面に倒れてボールを手放さなければならないのに、東京都立大学のFW陣はそうすることができなかった。この楕円(だえん)球を渡してはならない、との気負い。相手の圧力に屈したというよりもむしろ、勝ちに急ぎすぎたゆえの自滅の側面は否めなかった。
自陣22m、相手ボールのスクラム
【東京都立大学17-13玉川大】
声と顔色を失う選手たち。玉川大学の面々は拳を握りしめ、雄叫(たけ)びを上げた。あまりに対照的だった。関東大学リーグ戦3部Aブロック第2戦、後半のラストプレー。自陣右中間、22mライン上で東京都立大は相手にペナルティーキックを与え、玉川大はスクラムを選択した。
トライを失えば、4点のリードは水泡に帰す。展開攻撃に自信を持つ昨季3部王者は、躊躇(ちゅうちょ)なく外に仕掛けてくる。それは想定済みだった。オープンサイドのバックスは5人対5人。連動して守ればトライラインは割られない、はずだ。
1人、2人とパスが回る。慎重にディフェンスラインを上げる。相手が目先を変えてきた。3人目が外、4人目は内側にステップを切って両者が近寄る。4人目をマークしていたのは、FB(フルバック)松本岳人(4年、所沢北)だった。
「内側の味方とマークがかぶって(重なって)しまって……」。3、4人目が交差する動きに、組織が乱された。パスは、松本が中へ絞るように追った4人目の背後を通り、外に開いた3人目に送られた。その前には、誰もいなかった。
大外の5人目をマークしていたのは、CTB(センター)根立耕直(ねだち・やすなお、4年、川越)だった。松本が「かぶった」ため、根立の内側にスペースが広がった。そこに、パスを受けた相手が駆け上がってくる。もちろん、根立の目の前には5人目のWTB(ウィング)が待ち構えている。1人で2人に対応せねばならない局面に陥っていた。
「内側の相手に詰めました。判断ミス、でしたね」と根立。詰めれば当然、大外が空く。内側に味方が戻るまで我慢する選択肢もあった。そうしなかった「判断ミス」の末、WTBがフリーになった。
長いパスが渡る。タッチライン際を直進される。カバーに走ったのは、1人目のディフェンスを任されていたSO(スタンドオフ)坂元優太(3年、福岡・香住丘)だった。届くか、届かないか。際どい距離感。念じながら走った。「届けっ!」。ヘッドスライディングするように手を伸ばし、相手の足首に触れてバランスを崩そうと試みた。
その手は、届かなかった。
手をかけていた勝利が……
ピーッ、「トライ!」
またしても雨音を切り裂く笛。歓喜と静寂。東京都立大の選手は頭を抱え、肩を落とし、膝に手を突き、座り込んだ。17-18。力負けした初戦の悔し涙は1週間後のこの日、手をかけていた勝利を、あと数秒で指の先からするりと逃がしてしまったショックの涙へと変わった。
【東京都立大17-18玉川大】
最後の場面で詰めてしまった根立。試合中、プレーが途切れては仲間に声をかけ、背中をポンポンとたたき、明るい雰囲気を保とうと心がけていた。「初戦は緊張もあって、そういう振る舞いができなかった。盛り上げるのは、4年生の役目だから」
自らの技術追求のみに注力してきた職人肌のエースは視野を広げ、殻を破ろうとしている。「試合中の一体感が嬉(うれ)しい。だからこそ、最後は勝って、結果として後輩たちに残したい。チームで戦うことの、素晴らしさを」
トライを奪われたWTBに、届きそうで届かなかった坂元。小学生の頃からラグビーに打ち込んできた。ポジションはSH(スクラムハーフ)一筋。部員不足のチーム事情で、今季、初めてSOに挑戦している。敵味方の状況を見極め、パスとキックを使い分け、試合を組み立てなければならない司令塔。悩み、試行錯誤しながら試合と練習を繰り返してきた。
「ずっと、FWに頼りっぱなし。ゲームマネジメント力不足を痛感しています。あと2試合、みんなが『バックスのマネジメントで勝った』って言ってくれるようなプレーを見せないと。絶対、勝って、4年生を送り出さないと」
この一戦。バックスに負傷者が重なり、大学に入って初めて先発に抜擢(ばってき)された3年生がいた。CTB青木紳悟(川和)だ。逆転トライを許した時、高校時代のラストゲーム、ラストプレーが脳裏に甦(よみが)った。
あの時は、追う立場だった。トライを返して2点差。同僚がゴールキックを決めれば引き分けとなり、キャプテンだった青木が抽選に臨むはずだった。キックはポストをそれた。
「ラグビーって、難しいですね。80分間、最後の最後まで何が起きるかわからないって、改めて思い知らされました。4年生のためにも勝ちたい。その一心で戦っていたのですが……」
敗因を自分に問いかけろ
「悔しいよ」。試合後の円陣、コーチの藤森啓介(36)も胸の内を隠せなかった。試合前の円陣で「人生には譲れない時がある」と位置づけた80分間で、散った。
前後半のラストプレー。勝負どころの詰めの甘さが招いた結果だ。ただ、そんな細かいことよりも、もっと大きな意味が詰まった逆転負けなんだって、涙声のメッセージに込めた。
「いつまでも記憶に残る80分間になったね。この悔しさを、ずっと忘れないでおこう。誰かの責任じゃない、みんなの責任。みんな、自分にベクトルを向けて、何かを変えていこう」
敗因を誰かに押しつけるのではない。自分に問いかけるのだと。自分のためだけに戦うのではない。誰かのために、みんなのために戦うのだと。それがチームスポーツであり、ラグビーなのだと。
「卒業して社会に出れば、そういう80分間にはなかなか巡りあえない。だからこそ、学生時代、その瞬間をラグビーで経験することが尊い。これからの人生に、絶対、生きてくると思うから」
誰かのために、みんなのために、チームのために。
最後は笑顔で終わりたい。東京都立大学ラグビー部のシーズン、まだノーサイドの笛の音が響いてはいない。