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特集:パリオリンピック・パラリンピック

富永啓生が文武両道に励んだ米国での5年間 充実したシーズンを経てオリンピックへ

アメリカで急成長し、パリオリンピックでの活躍に期待がかかる富永啓成(提供・ネブラスカ大)

男子バスケットボール界で希代のシューターとして国内外を驚かせ、今夏はNBA入りとパリオリンピックベスト8進出の両取りという大きなチャレンジに挑む富永啓生。アメリカのネブラスカ大学でのラストシーズンを終えての感想や、アメリカのカレッジスポーツ文化について聞いた。

輝かしい成績でネブラスカ州のヒーローに

3月22日、アメリカ・テネシー州に所在するメンフィス・フェデックスフォーラム。10年ぶりに「NCAAバスケットボールトーナメント」に出場するネブラスカ大の勇姿を見届けようと、約1500km離れたネブラスカ州から「コーンハスカーズ」のファンが大挙した。

同施設の収容人数は約2万人。「会場の80%くらいがネブラスカファンだったかな」と富永は振り返る。「試合が始まったときの歓声も、ホームコートでやってるのかっていうくらいでした」

日本にいるとピンと来ないところだが、アメリカ、特にプロスポーツチームのないネブラスカにおける大学バスケットボールの注目度は、日本の高校野球どころの騒ぎではないものがある。ネブラスカ大バスケットボール部のホームアリーナは、富永いわく1万5000人程度の収容人数を誇り、ビッグゲームでは満員のファンから熱狂的な応援を受けるのだという。

富永はそんなチームのエースとして、ホームでの勝利数を更新して史上最多とし、1965年以来となるシーズン最高勝率をマーク、全米1位(当時)のパデュー大の撃破、そしてNCAAトーナメント進出と輝かしい実績を残し、州を代表するヒーローになった。

チームのNILストア(選手の肖像権を用いたグッズを販売する場所)には富永がデザインされたTシャツが販売され、大学内はもちろんのこと、リンカーンの街中や郊外にいても老若男女に「君のプレーは見ていて楽しいよ」などと声をかけられ、セルフィーを求められた。

アメリカに留学した日本人バスケットボール選手に当時の話を聞くと、アジア人に対する偏見を感じたと証言する選手はそれなりにいた。しかし富永は、少なくともネブラスカでそれを感じたことは「まったくない」と言った。ルーツを飛び越えて、人々を魅了した。

今夏はNBA入りにも挑戦している(撮影・朝日新聞社)

すべてのことに100%で取り組む

富永がネブラスカ大で残した実績は上記以外にも、カンファレンスの優秀選手賞「ビッグ10トーナメントチーム」、カンファレンス所属コーチたちが選出する「セカンドチーム・オールビッグ10」などいくつもある。

その中で筆者が特に驚いたのが、2023年と24年の「アカデミック・オールビッグ10」と、21年から23年の秋学期、23年の春学期における「ネブラスカ・スカラーアスリート・オナーロール」の受賞だ。

簡単に言うと、二つの賞はいずれも学業に関する賞なのだが、愛知・桜丘高校時代から富永を取材する機会に恵まれた筆者には、失礼ながら彼に文武両道というイメージを持っていなかった。当時富永を指導した江崎悟さん(現・山梨学院高校バスケットボール部監督)も、「やればできるんだけど……」というようなことを話していた。

富永はアカデミック・オールビッグ10の受賞について「基準となる成績(アメリカの評定平均「GPA」で3.0以上)を取っていたら、誰でも何人でも選ばれるよみたいな感じです」と謙遜したが、6人のチームメートとともにこれを受賞。「中学高校に比べたら全然頑張ったかなと思います」と明かした。

日本の大学スポーツ界では、部活動で突出した成績を挙げる学生について、学業に対する姿勢や成績を問わない風潮もあるが、アメリカはそうではない。学業で一定の成果を残さない学生は、いくら素晴らしい才能を持っていても活動できない。

昨夏開催されたワールドカップのオーストラリア戦でシュートを決める富永(撮影・朝日新聞社)

富永は高校卒業後、アメリカで最初に在籍したレンジャーカレッジでそれを学んだと続けた。

「学校が始まったとき『いろいろ決まりがあって、これ以上成績を取らないと練習に出られないよ』と言われました。さすがにバスケをするためにアメリカに来たのに、できなくなったらアレなので、最低限頑張るようにしました。大変か大変じゃないかで言ったらもちろん大変だったけど、バスケのためだったので全然苦ではなかったです」

富永はあくまで「最低限のことをしただけ」と言ったが、その最低限をきちんとクリアし、ガウンと角帽をまとって卒業式に参加した。表彰されるほどの文武両道を通して学んだことを尋ねると、富永は次のように答えた。

「すべてのことに対して100%の力を出すことは、バスケットに限らずすべてのことにいい影響を与えるんじゃないかと思います。今の自分の成長にも、そういうことがつながってるんじゃないかなと思います」

キャリアはオリンピック、NBAへ

レンジャーカレッジで2年。ネブラスカ大で3年。計5年におよんだアメリカでの学生生活で得たものを尋ねると、富永は「すべて」と言った。

英語の素養がなく、ウェートトレーニングが苦手。アメリカのトップ層では「小柄」に属する188cmの日本人は、天性の才能を磨き、さまざまに努力を重ね、多くの人々に応援される喜びを糧にしながら素晴らしいキャリアを歩んできた。

6月に北海道で行われた男子日本代表国際強化試合に出場した富永㉚(写真提供・日本バスケットボール協会)

小学生のころからの夢としてきたNBAへの道は、さらに険しいものとなることが予想されるが、もう一つの夢だったオリンピックの舞台が控えている。

富永は男子日本代表として、7月5、7日に東京・有明アリーナで開催される男子韓国代表との国際強化試合を経てパリへ向かう。目標はベスト8進出。富永の躍動が男子日本代表の飛躍につながることは間違いない。

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