チームを勝たせるマネージャーになりたい 東京都立大学ラグビー部物語4
関東大学リーグ戦3部に所属する東京都立大学ラグビー部。彼らは何をめざし、いかに戦うのか。シリーズ第4回は選手だけにとどまらない、取り組む姿勢の変化を追います。
「マネ長」と呼ばれる部員がいる。西山真奈美。マネージャー12人の長だから、マネ長。法学部に通う4年生だ。マネージャーの大半を占める健康福祉学部看護学科の学生は、実習で練習を空けることが多い。出席率第1位という理由で、西山はマネ長を任された。
勝ち負けに関われないと思っていた「壁」
ある意味、チームを最も俯瞰的に、冷静に眺められるのがマネージャーという存在。彼女が実感してきたチームの歩みは、ある「壁」を溶かし、チームが一つになりゆく歩みだ。選手とマネージャー。互いの立ち位置の間にそびえる、壁。
大学生になるまでスポーツとは無縁だった。でも「体育会」という響きに何となく憧れがあって、たまたま最初に参加した新歓がラグビー部だった。公園でバーベキュー。ワイワイと盛り上がった。いざ練習になると、気さくに話しかけてくれた先輩たちが、目の色を変えて体をぶつけ合っていた。「このギャップ、いいな」。マネージャーになった。
マーカーを置いて練習の準備。笛を吹く。時間を計る。テーピングの方法を覚える。そうやって選手の役に立てるのは、それなりに楽しかった。ただ、あくまで、それなりに。「決して仲が悪いわけじゃないんだけど、選手と『別々感』があるというか……」。どうあがいても、マネージャーは試合に出られない。「だから、勝ち負けには関われない。そこに壁を感じてしまっていた」
コロナ禍、壁を溶かす取り組み
マネージャーって、こんなもの。そう割りきりつつ3年生になる間際、藤森啓介(35)がコーチに就いた。
一般社団法人「スポーツコーチングJapan」で組織マネジメントを研究する藤森は、技術や戦術と同様、チームワークを大切にする。最初の顔合わせで西山が率直に悩みを打ち明けると、藤森は答えた。「じゃあ、その壁をなくそう」。コロナ禍とともに、壁を溶かす日々は始まった。
半年間に及ぶ練習自粛。週に1度、オンラインでつながるミーティングが命綱だ。そこではリーダーの在り方、組織の在り方を問う「リーダーシップ研修」にも時間が割かれた。「良いリーダーってどんな人?」。藤森の問いかけから始まったディスカッションに、楕円(だえん)球を扱うスキルもフィジカルも関係ない。選手もマネージャーも学年も関係なく、それぞれが一人ひとりの部員として向き合う。
一人のリーダーに頼るのではなく、みんなが主体的に組織づくりに関わる。そんな「フォロワーシップ」の学びが深められていった。西山の言葉を借りれば「チームづくりを『自分事化』」する作業。「あの時間は大きかった。選手とマネージャーが対等に、じっくり話し合うことって、それまでなかったから」
毎回、部員をシャッフルして数人のグループに分かれる。ラグビーからかけ離れた、それこそ「春夏秋冬、どの季節が好き?」みたいなテーマが与えられ、ファシリテーター(進行・まとめ)役が周りに発言を促す。自分を押し通すのではなく、他者の思いに耳を傾け、「なぜ?」「それってどういうこと?」と言葉を返す。「質問力」が鍛えられる会話のラリーだ。誰の意見も否定しないのが大原則。問いかけに答えなければならないから、必然的に、みんな、考える。その積み重ねで、みんなに責任感と一体感が芽生えていった。
吹奏楽部時代を振り返り
フォロワーシップを理解する過程で、西山は我が身を省みることにもなった。神奈川・山手学院高校時代、吹奏楽部でサックスを吹いていた頃のことだ。「パートリーダーを務めていて話し合いの中心になる機会が多かったんだけど、周りに意見を求めているつもりでも、結局、自分が言いたいことをバーって言っちゃって、自分本位にやっちゃってたんじゃないかって。藤森さんの研修を受けて、気づかされたんです」
これってラグビーと関係あるの? ラグビーにつながるの? マネージャーですら最初は半信半疑だったリーダーシップ研修は、それぞれに心の成長を促してもいた。
自粛期間が明けた2020年秋。半年ぶりの練習で、選手たちのコミュニケーションは明らかに違っていた。以前も会話がなかったわけではない。ただ、西山の目に映っていたのは「上級生が話し、下級生が聞く」という風景。それが、変わった。「まず、周りの意見を聞く。その意見をかみ砕いてそれぞれが自分の意見を伝える」に。
壁も、溶けた。
練習前の円陣。藤森と選手が呼びかけた。「一緒に組もう」。西山はびっくりだ。「ずっと入りたいなって思っていて、でもマネージャーは入っちゃいけないんだろうなって、諦めてたんです。うれしかった。その気持ちに、私たちも応えなきゃって」
練習の動画撮影。どの位置から撮れば、よりわかりやすいのか。選手に尋ね、工夫した。マスクの跡が残る日焼けも気にせず、iPhoneを手に選手のそばを走りながら録画した。毎週、モチベーションビデオを編集して共有するようになった。
もっと、もっと高みへ
自分が成長できた場所。あと1年で、もっと成長できる場所。西山にとっての東京都立大学ラグビー部は、そんな場所だ。「人との接し方を変えてくれた。ホント、いまの自分の中の80%くらいを占めるほど、ラグビー部は大きな存在」。ラストシーズン、かなえたい。関東大学リーグ戦2部昇格という夢を。
そのため、同期の梅田遥香(東京・新島高)、金指英里花(同・明星高)、志喜屋結利(那覇国際高)を中心にマネージャーたちも目標を立てた。「最終的に、こういう存在になりたいよねってところから逆算して、もっと選手たちとコミュニケーションを取るとか、もっとテーピングの技術を高めるとか、いろいろ試行錯誤しています」。最終的にめざす存在は、もっと頼られるマネージャー。
それとは別に、西山は、西山だけの目標も胸に秘めている。「チームの勝利に貢献したいって思ってるんです。もちろん、マネージャーは試合に出られない。プレーで役に立つことはできない。でも、チームの一員として、勝つことにハッキリつながる仕事や役割があるんじゃないかって……。難しいけれど、それが何なのか、見つけたい。このチームが、大好きだから」
シーズン本番の秋へ。勝つために、何ができるのか。マネ長は自らに問いかけ続ける。