ラグビー

ぬいぐるみの正体は? SDGsも意識したルーツ校、慶應義塾大学の新しい取り組み

原田衛主将とクマのぬいぐるみ(写真は全て慶應義塾體育會蹴球部提供)

日本ラグビーのルーツ校、慶應義塾體育會蹴球部(ラグビー部)が、使わなくなった公式戦のジャージー約350枚を再利用して、ぬいぐるみやブランケット、スタジャンに生まれ変わらせる取り組みを始める。発案者は4年生の高橋桃香マネージャー(慶應義塾湘南藤沢)。倉庫に眠るジャージーの山を見て、「もったいない」と思ったのがきっかけだった。

「もったいない」ジャージーの山

高橋が入部した2018年。試合前の準備をしている時、寮の一室で伝統の黒と黄色のボーダーのジャージーの束が積まれているのを見かけた。毎年、サプライヤーから約100着が提供されており、そのうち約30着を卒業生に寄贈しているが、それ以外は選手たちのサインを入れてお世話になった人たちに贈る程度。高橋が2年生になると、サプライヤーが現在の「アンダーアーマー」に切り替わり、それ以前のブランドロゴが入ったジャージーはいよいよ使い道がなくなった。

使われなくなった黄黒ジャージー

先輩に相談しても、「神聖なジャージーだから、廃棄はできないし」と解決策が思い浮かばなかった。黒黄ジャージーを着て写真撮影するだけで喜ぶ選手たちの顔を見ていると、その重さは理解できた。それでも、このままホコリだらけで倉庫に眠らせておくのは「廃棄も同然なのではないか」。そんな思いがずっとくすぶっていた。

代替わりして最高学年になった今年1月。部をサポートするOBと相談して「ジャージーをリサイクルできないか」と思いつく。黒黄の生地を、皆が喜ぶ製品に変えていく。昨年はコロナ禍で協会から配られる競技収入が減っており、部の強化を進めるために1千万円を目標に特別基金を募る構想も立ち上がっていた。その返礼品にすれば、みんなが納得できるサイクルをつくれるかもしれない――。1年生から抱えていたモヤモヤが晴れていく。伝統を重んじるOBたちに反対されるのではないか、と不安だったが、思いを手紙にしたためるとみんなが賛成してくれた。

発案者はマネージャー

横浜市出身の高橋は慶應湘南藤沢高校時代、茶道部だった。同校の特徴で留学生とかかわる機会が多く、「日本文化を学び、おもてなしの心を磨ければ」とお茶に向き合った。大学に入った時は体育会のマネージャーをするか、公認会計士の勉強をするか迷った。ものは試しとラグビー部をのぞいたら、クラブの価値を高めるために様々な行動をしている先輩たちの姿に驚いた。「ただの雑用係じゃない。マネージャーはゼネラリストとして、チーム全体のパフォーマンスを高められるよう動いている。そのためにやりたいことができる環境だと思いました」

チームの運営にマネージャーは欠かせない

本気で日本一を目指し、時に嘔吐(おうと)しながらつらい練習に立ち向かう同期の選手たちの姿は励みになった。彼らに負けたくない。静かな性格の高橋も、クラブの古い慣習を変えようと人知れず汗をかいた。

下級生の時、食料やチケットなどの振り込みは、練習拠点のある神奈川・日吉の銀行ATMに並び、数時間かけて作業することがざらだった。「テスト前には、ものすごく負担でした」。だから、保護者の部費の振り込みを口座振替にした。昨年6月からはネットバンキングを使うようにした。封筒で送っていたお知らせも、極力電子メールに変えた。

激しいタックルや鋭いパスはできない。それでも、周囲のスタッフや大人たちの助けを借りながら、高橋は高橋なりに、後輩たちに誇れるものを残せた。そんな自負がある。

「ラグビー部も社会の中の一つの団体。社会貢献をしなきゃいけない」。そう高橋は言う。

社会とラグビー部の接点

調べれば、黒黄ジャージーのリサイクルも、SDGs(持続可能な開発目標)が掲げる17の目標の一つ、「つくる責任、つかう責任」に当てはまる。OBへの手紙にはそのことも記した。高橋の「もったいない」精神が、社会とラグビー部の接点になった。

家族にラグビーをしていた人間がいるわけではない。入部当初はしばらくルールもよく知らなかった。でも今は、ラグビーそのものの面白さが分かってきた。

思いを語る高橋桃香マネージャー

「ラグビーって、選手一人ひとりが規律を守ることが勝敗に直結する。すごく珍しいスポーツだと思います。練習から何かをごまかしたり、言い訳をしたりする選手は、試合でも規律が利かない。日々の生活態度がものすごく表れるスポーツです」

選手たちが汗まみれになって目指した黒黄ジャージーの切れ端が、別の形で未来へとつながっていくことがうれしい。1枚のジャージーから2体のクマのぬいぐるみ、スタジャンの裏地やブランケットにつけるタグは8枚できるという。

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