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特集:駆け抜けた4years.2025

関大・須田啓太が先輩の篠原呂偉人と本音対談「QBがキャプテンやったらダメっすよ」

須田がベストゲームに挙げた3年秋の関学戦。後半は15投13成功で逆転勝ちを支えた(撮影・北川直樹)

2024年の全日本大学アメリカンフットボール選手権で、関西大学カイザーズ(関西3位)は初戦の準々決勝で早稲田大学(関東2位)に28-31と敗れた。キャプテンでQB(クオーターバック)の須田啓太(4年、関大一)は1年生の途中からエースとしてオフェンスを支え続け、3年の秋シーズンには年間最優秀選手(チャック・ミルズ杯)にも輝いたが、甲子園ボウルのフィールドには立てずに4年間を終えた。社会人としての新生活を前に、関大一高の2学年先輩で、現在はX1SUPERのエレコム神戸ファイニーズでプレーするQBの篠原呂偉人(ろいど、大阪公立大学)と本音で語り合った。

須田(右)が3年の春、合同練習で関大を訪れた大阪府立大時代の篠原(中央)と。偶然だが大学では同じ8番をつけた(須田啓太さん提供)

今日で終わっても悔いのない毎日を

須田啓太(須):最初に改めて言わせてもらいますけど、僕はまだ(QBとして)ロイドさんを超えたと思ったことはないです。尊敬してます。

篠原呂偉人(ロ):いやいやいや、ずっと言うてるだけやろ(笑)。まあそれは置いといて、早稲田に負けて4年のシーズンが終わったけど、事前からだいぶ危機感はあったん?

須:ほんとにディフェンスがよくて、強敵だと思って準備してました。パスは通ってたんですけど最後の重要な場面でつながりきれないのが続いて、関大ディフェンスは一発で取られて。「あれ?」って思ってる間に0-24になってましたね。

大学ラストゲームとなった早稲田大戦は四つのタッチダウンすべてをパスで奪った(撮影・北川直樹)

ロ:会場の味の素スタジアム(東京都調布市)に着くのがめっちゃ遅れたらしいね。

須:泊まったのが新横浜で、ただでさえ遠いのに大渋滞で2時間半もかかったんですよ。到着がキックオフの50分ぐらい前になったんで「やばいやばい」ってなって。ただ、そんなことじゃなくて早稲田さんはリアルに強かったです。たぶん関東勢はめっちゃ燃えてましたね。しっかり準備されてて、普通に負けたっす。

ロ:最後は3点を追って残り1分5秒、自陣20ydからのオフェンス。タイムアウトが残ってなくてキツかったね。最後はフィールド真ん中らへんからのパス失敗で終わった。

須:最後はバタバタでした。0.1%の可能性でもあったなら、(キッカーの)中井(慎之祐)に託せばよかったとも思うんですけどね。あいつが70ydのFG(フィールドゴール)を決めて延長に持ち込めたかもしれないんで。

ロ:負けてどんなこと考えてたん?

須:僕にはスッと入ってきました。負けたってことが。昨日まで一緒にやってたのに、大けがをした瞬間にラストシーズンがなくなるっていう同期が何人かいました。だから僕は毎日毎日、納得できるようにと思って生きてきました。いつどんな形で大学でのフットボールが終わっても後悔が残らないようにと思って生きてたんで、それがたまたま早稲田とのゲームの日やったんかなと。終わったときは悔しさよりもそっちの方がスッと入ってきましたけど、さすがに最後のハドルでみんなの顔を見たら、「もっと一緒にやりたかったな」って気持ちでいっぱいになりました。

早稲田大戦の負けが「スッと入ってきた」という須田。試合直後に涙はなかった(撮影・北川直樹)

「一番変わってくれた」と感じた4回生は

ロ:啓太の最後のシーズンを見てて、自分なりのしんどさがめっちゃあったんやろうなと、どの試合を見ても思ってた。いい結果を出して当たり前と周りから思われてるのもしんどいやろなと思ったし。それでも期待に応えていくのがすごいと思った。

須:いや、4年のシーズンは何もしてないっすよ。ベストイレブンにも選ばれなかったし。ダメっすよ、QBがキャプテンやったら(笑)。

ロ:そらそやろ(笑)。俺の中ではQBがキャプテンなんて選択肢すらないわ。ほかにキャプテン候補はおらんかったん?

須:もうゼロっす。秒で決まりましたから。名前が僕しか挙がらなくて、5分ぐらいで決まって。当時は「みんなに押しつけられた」と思ってました。でも結局、みんなよく頑張ってくれましたよ。

このオフはフラッグフットボールの大会にも出た篠原(撮影・篠原大輔)

須:僕は一人になってた時期があって。春の関関戦が終わったぐらいから、なじみの記者さんにだけボヤいてました。関大の関係者には言えなくて。僕がどう頑張ってもみんなが変わってくれなくて、「もうええわ」と思ってました。それがキャプテンとしてあかんかったな、っていま思います。信じてもらうためにどう生きるかしか考えてなくて、みんなを信じるためにどうしたらいいかを考えてなかった。どんなにポンコツなヤツでも、いいとこは絶対にあるんです。そういうところにもっと目を向けていかないと、チームはみんなで作るもんなんで。信じてもらう努力はめちゃくちゃしてた自信がありますけど、みんなを信じるための努力をしてたかと問われたら、「?」という感じです。もっとみんなのいいところに目を向けて、僕から寄り添うことが必要だったのかなと、終わってから思うんですよね。

「海外にあんまり興味がない」という須田は卒業旅行で日本のあちこちを訪れた(撮影・篠原大輔)

須:秋シーズンが深まってきたころからは、練習前に4回生を集めて「俺はこういうチームを作りたいと思ってる。そのためにお前は今日の練習で何ができる?」っていうのを当てて言わせていったんです。

ロ:へえー。

須:意外と言ってくれるんですよ、自分の言葉で。何や、言えるんやコイツらって。練習後にもう一回集めて、「練習前に言ってたことできたん?」っていうのを言わせる。それをやり出してから、ほんとにみんな変わってくれました。春のシーズンは僕が「話したいことがあるから4回生集まって」って言ったら「ダルいわ」とか「意味ないやろ」という感じを出してきてたんです。

ロ:そのレベルやったんか。

須:そうですよ。時間も約束も部則も守れない。もう、信じられる人がいなかったんです。いま考えたら、そういう人をつくるのもリーダーの役目だったなと。「QBでキャプテンやってんねんから分かってくれよ」みたいな部分がどこかにあったのは、自分が反省すべきとこやなと思いますね。春先から根気強く話していけば、もっとみんな早く変われたのかなと思います。

卒部式でスピーチする須田。月1回、幼なじみ2人との丹波篠山でのキャンプは欠かせない息抜きだった(本人提供)

ロ:4回生で誰が一番変わってくれたと感じてるん?

須:やっぱり(WRの溝口)駿斗(しゅんと)じゃないですか? 春シーズンが終わって、4回生のオフェンスでミーティングしたんですよ。「ほんまにこのままでええんか」って。そのときに駿斗が結構アツいことを言ってくれて。自分自身ができてない部分もしっかり分かってくれてて。そこから変わりました。いままでやったら自分がどれだけイケてるか、どれだけ目立ってるかやったけど、夏からはほんまにチームのために頑張ってくれました。後輩たちを寄せ付けなかったのに、積極的にアドバイスしてたし、同期にも遠慮せず言ってくれてました。ありがたかったですね。

ロ:彼は「同期とラストイヤーを戦いたい」ってアメリカから帰ってきたんやもんな。

須:ほんまに変わったんじゃないですか。アイツが変わるとそれにつられるヤツが出てくるんですよね、同期にも後輩にも。すごいですよ。もっと素直になればいいと思うんですけど、見られたくないんですよ(笑)。自分がめっちゃトレーニングしてるとことか、バリ練習してるところを。そういうのもカッコいいんですけど、もっと素直になれば余計な誤解を受けずに済んだのにと思うところはあります。ちゃんとやってるのは知ってるんで。

ロ:そういう時期ってあるけどな。隠れて成長した方がカッコいいと思って。

溝口は大学から本格的にフットボールを始め、トップレシーバーの仲間入り。早稲田戦では10キャッチで119yd進めた(撮影・北川直樹)

須:(副キャプテンのWR岡本)圭介もめっちゃ変わったと思います。春先は周りからどう思われてるかをめっちゃ気にしてて、「啓太、最後のハドルで俺が言ったこと大丈夫かな?」って聞いてくるんですよ。

ロ:へえーっ。めっちゃ〝気にしい〟やな。

須:うまくいかなかったりしたら、けがを言い訳にしてちょっと抜けたりもしてたんです。「そういうのもあかんで」っていう話をしてて、最後はほんまに一生懸命やってたっすね。リーダーやから当たり前ですけど、それでも頑張ってたと思います。シーズンが終わってみれば、アイツが名実ともにオフェンスリーダーでしたから。

「めっちゃ走ろう」と思っていた最後のシーズン

ロ:リーグ2戦目で近大に負けて(31-35)、啓太は胸に強いヒットを受けて続く2試合を欠場した。どんな状況やったん?

須:ほんまに声が出なくて、(スター・ウォーズの)ダース・べイダーみたいになりました(笑)。「終わったな、これ」と思って。それまではどんだけ食らっても、サイドラインに戻ったらもういけるんですよ。それがいつまでも治らなくて。でも引くわけにもいかんし最後まで出て、とくに焦りもなかったんですけど、4点差のツーミニッツでロングパスをインターセプトされて……。ほんまは最後のシーズンはめっちゃ走ろうと思ってたんです。

4年の関西学生リーグ1部第2節で近畿大に敗戦。その後立命館大には勝ったが、関西学院大には敗れた(撮影・北川直樹)

ロ:へえー、なんで?

須:OC(オフェンスコーディネーター)が武田(真一)さんの時代はめっちゃ走ってたんですよ、僕。奥にも投げられるワイルドキャットみたいな感じで。でもOCとして宮田(耕次)さんが来はってショートパス、ミドルパスを使えるようになって、走らなくなったんです。3年のシーズンを振り返ると走りながら投げられるようになったのに走らなさすぎたなと思って、もっと走ったろうと。そう思ってたら近大戦で胸骨がボキボキになって走るどころじゃなくなりました。完治はしなかったんで、格闘技用のプロテクターを加工して使ってました。

大きかった磯和監督、一ツ橋コーチとの出会い

ロ:高校時代の話しよか。3年と1年で一緒に練習したのは半年ちょいやけど、いろいろ思い出すわ。啓太が入部時ですでに50yd以上投げてたから、「どえらいヤツが来た」と思ったよ。

須:それだけがとりえやったんで。当時はロイドさんのひとことで全部決まるみたいなとこありましたよね。チーム内での信頼がエグかった。監督だった磯和(雅敏)さんさえも「ロイドが言うなら」って。秋の関西大会初戦の同志社国際との試合は覚えてますよ。

ロ:俺は大阪の3位決定戦で左の肩鎖関節をやってて、あの日は肩を振れなかった。延長タイブレークでサイドラインに押し出されたとき、左肩から落ちてしまって。

須:1年坊主の僕はQBコーチの一ツ橋(嘉大)さんの隣にいたんですけど、そこにロイドさんがなだれ込んできて、痛すぎて叫んでるんです。僕は内心「やばいやばい」ってなって、一ツ橋さんに「お前いくぞ」って言われて、「ええー」って。僕は大阪大会の予選リーグに出ただけでしたからね。その箕面高校との試合も、僕が5インターセプトぐらい食らいました。ロイドさんたち3年生は学園祭に行けずに試合に来てるからギラギラしてて、その目の前で僕が5インセプ……。戦意喪失してたら一ツ橋さんにヘッドセットを渡されて、上にいる磯和さんと話すんですけど、一ツ橋さんが「出たいです、って言え」って。もう泣きながら言いました(笑)。そんな経験があっての大黒柱ロイドさんの負傷退場ですから。しかもタイブレークの途中ですよ。ほんまにやばいと思いました。

関大一高時代の須田。泣きながら成長してきた(本人提供)

ロ:でも、そこで逆転のタッチダウンパスを決めるのがすごいわ。

須:タッチダウンの一つ前のプレーは、キャッチボールみたいなパスなのに、超ワンバンを投げてしまった。「もうどうにでもなれ!」って、開き直りました(笑)。イモって負けたらほんまに怒られると思って、思いっきり投げた次のパスがたまたま通って勝てました。

須:僕は西宮出身で、小5のときに関学のOBの方が教えていらっしゃるチームでフットボールを始めたので、関学の高等部に進む感じになってました。でも評定が1足りなくて受けられなくなって、どうしようかと思ってたときに磯和さんが「一緒にやろう」と声をかけてくれたんです。一高で磯和さんと一ツ橋さんに出会ったのが大きかったです。

ロ:俺も同じこと感じてるわ。コーチの存在は大きいな。

須:一ツ橋さんに怒られたことあります?

ロ:一回だけあるわ。1年の秋の大阪大会初戦で近大附属とやって、力的には関一の方が上やったけど、俺がパスをミスりまくってギリギリ勝てた。全体のハドルで「コイツはただ試合出てるだけや。エースちゃうねん」って言われたなあ。

須:大事なことを教えてくださるんですよね。僕が怒られたのは高2の春に高槻と試合したときです。序盤、中盤、終盤と3回もパクられたんです。それで泣いてて(笑)。そしたら一ツ橋さんに胸ぐらをつかまれて。普段は声を荒らげるような人じゃないんですけど、試合中にめっちゃ怒られました。僕が大学に上がるときに磯和さんと一ツ橋さんが大学のチームに加わってくださったおかげで、1年のときからやりやすかった。試合で活躍すればするほど、僕に言ってくれる人っていなくなっていきました。学生も大人も。そういう中でも一ツ橋さんが言うべきことを言ってくださったのは、ほんとにありがたかったです。

篠原と須田にとって大きな存在だった磯和さん(後列右)と一ツ橋さん(後列左、須田啓太さん提供)

ロ:うん。俺は試合でのQBのありかたを一番教わった気がする。エースとしての自覚を持てというメッセージが強かった。

須:この春に磯和さんは一高の校長になるから大学の監督は「引退」で、ヘッドコーチの和久(憲三)さんが監督になります。ほんまに僕は一高に行けたのが奇跡ですからね。磯和さんには恩があります。

ロ:俺もあの人がいなかったら大学ではやってない。高校で終わってた。高校時代にOCとしてもいろいろ教えてもらってて、関大を蹴ってまで自分で選んだ大学に行ったから、申し訳なさはめちゃめちゃ感じてた。

須:ただ高校のときはオフェンスメージの時間は磯和さんの気分次第でしたよね。僕の高3の関西大会の直前に100分の日があって、やばかったです。

「自分の人生において、キャプテンをやってよかった」

ロ:関大での4年間のベストゲームは?

須:3年秋の関学戦(16-13)を上回るものはないですね。高校からずっと一つ上のWR横山(智明)さん、井川(直紀)さんのおかげです。僕は二人にリードしてもらったんで。あの人らに出会えてなかったら、いまの僕はないですよ。前半の最後に(DBの)中野(遼司)にパクられたときは「終わった」と思いましたけどね(笑)。ゴール前で迷いながら投げてしまった。アイツ、俺のときだけめちゃくちゃパクるんですよ。今年の秋以外の対戦は全部パクられてるんじゃないですか? フィールドを離れると仲がいいんで、いつも「ええかげんにせえよ」って言うてるんですけどね。4年になって、タックルしたときにオラついたりしてましたけど、ほんとはあんなヤツじゃないんですよ。引退してから「無理してたんやろ?」って聞いたら、「バレた?」って笑ってました。関学の副キャプテンだから無理してたって。かわいいっすよね。

2023年のリーグ最終戦で関大は関学を下し、立命館を含めて3校同時優勝となった(撮影・北川直樹)

須:キャプテンになって、ほんまにいろんな人に支えられてるのが分かりました。OB会とか後援会とか。アメフトファンの人がこれだけ関大を応援してくれてることも。全然知らなかったです。いろんな方面の大人の方としゃべる機会が増えて、「ほんまに応援されてるねんな。頑張らな」と思ってました。マジでしんどかったですけど、自分の人生において、キャプテンをやってよかったなと思います。二度としないですけどね(笑)。

ロ:大学でキャプテンやってると、社会人のチームでもそういう風に持っていかれるケースが多いで。

須:ええー、マジっすか……。社会人では一番行きたかったチームでアメフトを続けられることになったんで、みんなの力を引き出して勝利につなげられるQBになりたいです。

ビッグゲーム前の写真撮影で、須田はいつも関西学連事務局長の廣田光昭さん(左)と手を合わせた。廣田さんは「手を合わせて負けたまま終わるのも嫌な感じやん」と取材場所へやってきた(撮影・篠原大輔)

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