ラグビー

特集:駆け抜けた4years.2021

慶應大ラグビー部LO北村裕輝 復活を遂げた4年生が極めた泥臭いプレースタイル

慶大は2年ぶりに大学選手権に出場し、ベスト8まで勝ち上がった

「劇的逆転勝利」。そのような勝利は見ている人々の魂を揺さぶり、その感動は人々の心に深く刻まれる。

だから、試合が終わるその瞬間まで、ある人は祈るように手を合わせ、またある人は声を枯らして声援を送るのだろう。一見、奇跡のようにも思えてしまう、この努力が生み出した必然を、今年の慶應大蹴球部は2度も私たちに見せてくれた。

最後のチャンスをものにする勝負強さ

対抗戦第4節、明治大戦。80分間の勝負の行方はルーキーFB山田響(1年、報徳学園)の左脚に託された。決めれば勝ち、外せば負け。なんてシンプルで、そして、なんて残酷なのだろうか。会場中の視線が15番のユニフォームに集まる中、勢いよく蹴り上げられたボールは明暗を分ける2本の境界線の間を見事に通過した。

4勝2敗で迎えた対抗戦最終戦。街はすっかり冬の装いになっていたが、熊谷ラグビー場は熱気に包まれていた。2点差で迎えた帝京大とのラストワンプレーは、ワンプレーと呼ぶにはあまりにも長すぎる意地と意地のぶつかり合いだった。5分間にもわたるゴール前での激しい攻防の末、最後はFL山本凱(3年、慶應義塾)がインゴールを割った。

全試合に先発出場しナイスタックルを連発していたLO北村

今年の慶大には、最後のチャンスをものにする勝負強さが、そして、そのチャンスを生み出す実力があった。「ロースコアな展開に持ち込みたい。それが慶應の勝利に必要な条件」。今季全試合に先発出場したLO北村裕輝(4年、慶應義塾)は早慶戦前にそう語っていた。

対抗戦7試合での平均失点はわずか13.7点。今年の慶大の躍進は、まさにこの「ロースコアな展開」によってもたらされたものだった。自分にも、他人にも厳しく規律の徹底を図り、磨きをかけたディフェンスを披露する黒黄ジャージの中で、ひときわナイスタックルを連発していた選手が北村だった。

試合出場と勝利に飢えていた魂のタックル

中等部に入学後、友人の誘いでラグビーを始めた北村は、塾高時代には主将としてチームを県大会決勝にまで導いた。しかしそこでは、目標としていた日本一への切符を手にすることはできなかった。「一緒にやってきた仲間ともう一度日本一を目指したい」。そうリベンジを誓って慶大蹴球部の門を叩いて2度目の秋が訪れたころには、早くも対抗戦に出場し、「もっとアピールして大勢の観客の前でプレーがしたい」と意気込んでいた。

逆転勝利の喜びを分かち合う選手とスタッフ陣

これからだ。そんな矢先の膝前十字靭帯断裂。リハビリは10カ月にもわたり、とうとう3年次の出場試合数はゼロで終わった。それでも、「仲間が頑張っている姿を見て自分も頑張れた」とチームメイトの活躍を原動力に、けがを乗り越え迎えたラストシーズン。試合に出ること、そして試合に勝つことに飢えていた北村の魂のタックルが炸裂した。

栗原徹監督が「僕の中でMVPは北村だった」と話した明大戦後の合同記者会見では、「正直、あまり覚えていない。正面に立った選手を絶対止めるという気持ちだった」と北村は自身のタックルを振り返った。

北村にとっての「慶大蹴球部」

10年間慶應でラグビーに向き合い、そのプレースタイルを極めてきた北村が無我夢中で繰り出したタックルは何度もチームのピンチを救い、あの劇的勝利を生み出した。「泥臭いプレースタイルが自分には合っている。試合に勝つにしても、そういう勝ち方しかできない。でも、その勝ち方がいい」。精密なキックや豪快なトライに目を奪われたのはもちろんだが、それ以上にその泥臭いプレーに心を奪われたシーズンだった。

試合後、笑みが溢れる選手たち。左から北村、LO相部開哉主将(4年、慶應義塾)、PR大山祥平(4年、慶應義塾)

これまでも、幾度となくスポーツ界を賑わせてきた数々の劇的逆転勝利。一つひとつが異なるその逆転劇の背景には、さらにいくつもの色も形も違った日々が存在している。

きれいな色ではないかもしれない。いびつな形をしているかもしれない。しかし、その一日一日には価値があり、揺るぎない「何か」があるからこそ、その日々は途切れることなく続くことができるのだろう。「仲間の存在が、僕がラグビーをやっている意味」。そう語る北村にとってのそれは、「慶大蹴球部」そのものだったのかもしれない。