ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

えっ、バルセロナなラグビー? 東京都立大学ラグビー部物語2

2019年12月、入れ替え戦に向けて円陣を組む国際基督教大学(撮影・全て中川文如)

関東大学リーグ戦3部に所属する東京都立大学ラグビー部。彼らは何をめざし、いかに戦うのか。ごく普通の大学スポーツ部が、藤森啓介コーチ(35)とともに変わろうとする姿を追います。2回目は早稲田摂陵高校を退任した藤森コーチが、こちらも強豪とはいえない国際基督教大学(ICU)で送った1シーズンを振り返ります。

一人ひとりがヒーローに、シアワセに 東京都立大学ラグビー部物語1

負けしか知らないICUの快進撃

2019年12月8日、東京・駒沢オリンピック公園補助競技場。ラグビーの全国地区対抗大学関東1区リーグ1、2部入れ替え戦。グラウンドを囲む緑を、冬晴れの太陽が照らしていた。新型コロナウイルスの存在を、まだ世の中は知らない。選手の家族、友人、合わせて50人ほどの観客が、肩を寄せ合うように見守っていた。

少なくとも3年前まで公式戦で勝ったことのなかった国際基督教大学は2勝を挙げ、2部2位に食い込んでいた。そして、1部4位の東京外国語大学に挑んだ。一般社団法人「スポーツコーチングJapan」に移って指導法や組織論を学び、その夏からコーチを任されていた藤森のめざすスタイルが、体現される。

高校から大学へ指導のステージを移した藤森啓介

根拠に裏打ちされた、機敏で魅入ってしまうようなボール回し。例えるなら、サッカーのバルセロナのようなパスラグビー。
FWの体格差は明らかだった。相手ボールのスクラムを10m以上も押された。いきなり2トライを失い、0-12。

頰を張られ、「バルサ」は目覚める。素材で劣るのは承知済み。その劣勢を覆すための練習を積み上げた。パワーではなく、スピードと理論で勝負を制するプレーが繰り出される。

体力の消耗を抑えるため、スクラムを組む時間は極力減らしたい。だからマイボールはNo.8が投入し、スクラムの最後尾に入ったSH(スクラムハーフ)が素早くさばく。数少ないチャンス、クラッシュは無粋。サッカーになぞらえるなら、ドリブルではなくパスで抜くバルサになるのだ。

パスラグビーで10点リード……

タッチライン際で必ず相手と2対1の局面が生まれるように、選手は左右に広く散る。見ていて冷や冷やする大外へのロングパスも、実は理詰めなのだ。

3トライを挙げて22-12。勝利が現実となりかけた後半25分過ぎ、バルサは力尽きた。低く刺さり続けていたタックルが、刺さらなくなった。足をつる。相手を捕まえたはずの腕が振りほどかれる。再逆転を許し、22-33。

奇跡は、起きなかった。でも、試合後の部員たちは清々(すがすが)しかった。

入れ替え戦を終え、記念撮影したICUのメンバーら(藤森コーチ提供)

泣き崩れる選手をマネージャーが笑ってねぎらうのが、いまっぽい。最後の円陣。後輩から先輩へ、部員から藤森へ、ささやかな花束が手渡された。数日後、こんなメッセージが部員から藤森に届けられた。

「負けることしか知らず、あまりラグビーに興味のなかった集団が、勝利のため、チームのため、チームメートのために努力できる集団になれた」

藤森がもたらしたきっかけから、そんな一体感は築かれていた。

合宿で、練習の合間に。コミュニケーションの頻発する風変わりなミーティング(チームトーク)や場面設定が施された。勉強、バイト、趣味、理想の彼女、お題は何でもいい。学年や立場の垣根に遠慮して会話をかわす機会を持たなかった者たちが、嫌でも話すようになる。

やがて、気づく。マネージャーは選手に、試合に出られない選手は出る選手に、思いを託すしかないのだと。託された選手には、その思いに応える責任があるのだと。誰かのためなら、人って想像以上に頑張れる。誰かのために頑張る姿はカッコいい。そうやって託し、託された思いを完結させるのが、藤森とICUが描いたストーリーだった。

都立大での体験練習

この戦いぶりを、東京都立大学ラグビー部の面々が知った。15年に関東大学リーグ戦4部、17年に3部昇格を果たしたチームはその後、足踏みを続け、新しいコーチを探していた。年の瀬、藤森に頼んだ。

「一度、練習を見てもらえませんか?」

体験練習と銘打った2時間に満たないひとときは、刺激に満ちていた。まず、藤森から一言。

「今日は、たくさんミスする練習を準備してきた。思いきってチャレンジしよう。ミスが出なければ、僕の計画がダメだったってこと。ノーミスの練習は、みんなができていることの繰り返しに過ぎない、コーチの自己満足に過ぎない。失敗にこそ、成長するチャンスがあるのだから」

東京都立大学の練習風景

授けたメニューは、決して奇抜ではない。ただ冒頭の言葉通り、走る角度、パスのタイミングに少し修正を加えるだけでミスが起きる。そのたびに、藤森は身ぶり手ぶりを交え、かみ砕くように説明した。ミスの原因は。そのミスを解消すれば、どんな状況を生み出せるのか。何となく頭でわかっていたつもりで、だからないがしろになって、どこかぼやけていた大切なセオリーの輪郭が太く浮かび上がる。

いままでにない感覚。ただひたすら、実直に反復練習を重ねるだけだったチームが、確かな成長の手応えを得られる時間だった。

20年春、正式にコーチ就任

数日後、主将ら部員数人は藤森と東京・新宿のカフェで会った。「コーチを引き受けてほしいんです」。聞けばラグビーの実力だけでなく、人間関係にも停滞感を抱えていた。上級生と下級生、選手とマネージャー、どこか打ち解けない、どこかぎくしゃくしている。みんな、真面目にラグビーに打ち込んでいるはずなのに、なぜか充実感を得られない。

「グラウンドの中でも外でも、いままで僕がやってきたことを生かせるのでは」。藤森は直感した。早稲田大学で選手時代を過ごし、早稲田摂陵高校を9年間率いて培ったラグビー理論を還元できる。スポーツコーチングJapanでビジネス関連の書籍を読みあさり、指導の実体験と結びつけながら考えを深めてきたチームマネジメントの術を実践できる、と。

20年の春、藤森は東京都立大学ラグビー部のコーチに就任する。

勝負の立ち合い、ファーストミーティング。藤森の準備したパワーポイントが映し出される。BGMは、どこか懐かしい電子音。そう、ドラクエのオープニングテーマ曲だ。スクリーンに浮き上がる文字は、「冒険の書を始める」

都立大のファーストミーティングで披露されたパワーポイント

「仲間を増やしながら冒険を続け、敵を倒して成長する。ロールプレイングゲームの設定って、いまどきの選手の心をくすぐるんですよ」

藤森はほくそ笑むのだった。

新時代のリーダーは一歩下がり、仲間を引き立てる 東京都立大学ラグビー部物語3

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