ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

新時代のリーダーは一歩下がり、仲間を引き立てる 東京都立大学ラグビー部物語3

練習でパスをつなぐ東京都立大学の谷村誠悟主将(中央)。ボールを大きく動かし相手を崩す(撮影・全て中川文如)

東京都立大学の図書館の一室に、30人ちょっとのラグビー部員が集まっていた。

2020年3月3日。みんなの視線が、新任コーチの藤森啓介(35)と彼が操るパワーポイントに注がれる。新チームの第一歩、ファーストミーティング。ドラクエの電子音とともに始まった「チャンピオンへの道」。Queenの「We Are The Champions」、安室奈美恵の「Hero」とテーマ曲は続く。

えっ、バルセロナなラグビー? 東京都立大学ラグビー部物語2

刺激的だったファーストミーティング

「勝ちたい→勝つ」
「きつい、つらい→自分のため、チームのため」

そんな文言とともに、明確なイメージが部員たちの胸に刻まれる。敵を倒すたびに経験値が増え、僕たちは強くなれるのだと。突然、ドラゴンボールの主人公・孫悟空が現れた。関東大学リーグ3部の相手は7チーム。ドラゴンボールは7個。敵を倒し、1個ずつボールをゲットしよう。最後、全てを集めたら、2部昇格の願いがかなうのだと。

藤森啓介コーチがファーストミーティングで示したパワーポイント

かつて素人集団だった早稲田摂陵高校を大阪有数の強豪に育て上げ、いま、一般社団法人「スポーツコーチングJapan」で新たな組織マネジメントの在り方を模索する藤森。持てる知識を注ぎ込み、チームがゴールにたどり着くまでの道のりを10分間の電子絵巻で表現した。「謙虚に、学び続ける組織になろう」と語りかける。それは、強くなれず、まとまりきれない若者たちの心に届いた。

「こんなミーティング、初めて。刺激的だな……」。新3年生で主務となったNo.8谷村誠悟は驚いた。

都立の雄、青山高校でラグビーを始めた。1年生からフランカーのレギュラーで、花園(全国高校大会)予選は3年連続ベスト16。身長180cm、体重60kgの体を鍛えて体重を20kg増やした。相手に当たり勝ち、成長を感じられる瞬間が好きだった。東京都立大学に進み、アメリカンフットボールに転向しようか悩んだけれど、「部のマジメな雰囲気」が気に入ってラグビーを続けた。

モヤモヤ抱えた谷村誠悟

No.8として先輩と関東大学リーグ戦3部を2シーズン戦い、5位、6位と伸び悩んだ。繰り返すけれど、みんな、マジメ。でも、何かが足りない。そんなモヤモヤを抱えていたから、パワポのある一節が妙に気になった。

ワイドにボールを動かし、観(み)ている人の心も動かす。
高速展開の早稲田ラグビーに育てられ、そこに独自の解釈を加えて勝負する藤森のポリシーだ。さらに藤森流に言い換えるなら、サッカーのバルセロナのようなパスラグビー。いままでの東京都立大学、そして谷村にとって無縁のスタイルだった。足りなかったのは、こんな発想なのかも。藤森のもとで、谷村は新たな挑戦に踏み出したいと思った。

密集からボールをサイドに持ち出して縦突進。いわゆるピック・アンド・ゴーの愚直な連続が東京都立大学の伝統だった。谷村自身、コンタクトで体を張って、仲間を一歩でも前に出すのが自らの役割だと信じて疑わなかった。「バックロー(フランカーとNo.8)は密集に突っ込むのが仕事だって、高校時代から決めつけていた。バックスラインに残ってパスが回ってくるのを待つなんて、ただのサボりだと」

No.8の谷村。率先して密集に突っ込んでいた(東京都立大学ラグビー部提供)

固定観念は、Zoomの画面越しに解きほぐされていった。コロナ禍、全体練習は9月末まで停止。個々に走ってウェートトレーニングを重ねながら、週に1度、オンラインでつながるミーティングが貴重な「練習」の場だった。ポジション別の話し合いで、バルサ戦術が具体的に授けられる。例えば、藤森のこんな言葉で。

「バックローが密集に入らず順目(遠い方)のスペースに回ると、バックスラインで相手より1人多い状況をつくり出せる。それは、チームにとって必要な動きなんだよ」

半年間に及ぶやりとりで、目からうろこの発見は続いた。プレーの原理原則がいくつもある中で、谷村は攻守の肝を自分なりの言葉にまとめられるようになっていた。

「アタックは、どうすれば外で1人余らせることができるか。選手をこう配置して、こう動くから相手が寄ってきて、外で余る、と。ディフェンスなら、相手1人に対して2人でタックルできる状況を保つ。それをシンプルにやり続けること」

都立大を指導する藤森コーチ。「バルサスタイル」を掲げる

練習が再開された。拍子抜けするほど選手たちは新しいスタイルになじんでいた。もちろん、ミスは起きる。なかなかフィジカルも戻らない。変則のリーグ戦でチームは2連敗のスタートを強いられた。それでも、段々、頭に体が追いついた。最後、前年1位のチームを破り、2連勝を飾って5位でシーズンを終えた。

新主将を任されて

4年生になり、谷村は同期や後輩から主将を託された。力強いプレーとは裏腹に、言葉や行動でガツガツとチームを引っ張るのは柄じゃない。同期の声に耳を傾け、後輩の背中を押し、風通しを良くするために陰で汗をかくタイプだ。「自分じゃない。みんなが『このチームにいて幸せ』って感じてくれたら、それが一番」。主将となってなお、谷村は一歩引いたスタンスを曲げない。

それは、藤森が真のリーダーだと考える、「フォロワーシップ」を促せる人の素養でもあった。自粛期間中のオンラインミーティング。戦術とは別に、藤森は独自のリーダー論も落とし込んでいる。

「チームを引っ張らなきゃって肩に力が入る。オレがオレがって前に出る。で、周りとの温度差が生じてしまうことがあるんです。それよりも自分は完璧ではないと認め、みんなの強みを引き出し、結集した方が、組織はうまく回る。みんなが、いかに主体的にチームに関われるか。それがフォロワーシップ。いかに、みんなが活躍できる居場所をつくり出せるか。そういう組織づくりを学ぶことが、結局、社会に出てからも役に立つ」

みんな、受け身ではなく、能動的に。つまり、みんなが主役になる。「リーダーの力って、結局、全体の10~20%に過ぎないって研究もあるんです」

昨年の最終戦の後、「やるべきことはやりきれた」と谷村は感じることができた。みんながチームづくりに貢献できた手応えがあったから。その、みんなが主体的に関われる雰囲気づくりの中心を担った一人が谷村で、だから主将に推された。

先頭に立たないリーダー

新しいアプローチで周りを引っ張る、いや、引き立てる「フォロワー型リーダー」。練習中、谷村は先頭に立つことをしない。なのに仲間は自然と寄って来て、アドバイスを求める。「あのプレー、どうでした?」「次、もっとこうした方がいいかな?」。フォロワー型リーダーは柔らかな表情を浮かべ、一つひとつ、丁寧に言葉を返す。

緊急事態宣言が発出される前の最後の練習。円陣で笑顔で手をたたく谷村主将(中央)

東京に緊急事態宣言が発出される前日、4月24日。練習前の円陣。さりげなく、谷村は自らの思いをチームに伝えた。

「しばらく、練習できなくなるかもしれない。みんな、思い残すことのないようにラグビーしよう」

自分ではなく、みんな。日本一、幸せなチームになりたい東京都立大学が大切に抱く哲学でもある。

チームを勝たせるマネージャーになりたい 東京都立大学ラグビー部物語4

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