早稲田大学の大田尾竜彦新監督、「ベストはベターの中に」考えることを止めない
一昨年度は会心のラグビーで大学王者に登りつめた早稲田大学ラグビー部。2020年度も全国大学選手権の決勝まで駒を進めたが、天理大学に28-55で大敗してしまった。2018年の就任後、3季連続、ベスト4以上の成績を残した相良南海夫監督(51)からバトンを引き継ぎ、今季から臙脂(えんじ)のジャージーを率いることになったのが大田尾竜彦(おおたお・たつひこ)監督(39)である。
現役時代は司令塔
選手時代は佐賀工高、早大のSOとして活躍、大学3年生の時は大学日本一(2002年度)を経験し、4年生では主将を務めた。ヤマハ発動機ジュビロでもゲームコントローラーとしてチームを引っ張り、14年度にチーム初の日本選手権優勝に貢献した。日本代表でも7試合に出場した。18年に現役を引退し、この3月までヤマハ発動機のアタックコーチなどを経て、母校の役職に就いた。
新監督は「昔から性格的に指導者に向いていると思っていた」と話すように、司令塔というポジション柄もあってか、セカンドキャリアはコーチや監督になると自然と感じていた。昨秋、オファーがあり、4月から大学時代に涙と汗を流した東京・上井草に戻ってきた。ただ、スカウトや練習試合で度々、練習場を訪れていたため、新監督は「試合が始まればまた違うかもしれませんが、特別、感慨深いことはない」という。
就任直後、三つのミーティング
3月までヤマハ発動機でのコーチをしていたこともあり、「まったく初めての人間が(チームに)来るときに、選手一人ひとりと話した方がいいと思った」という理由で、まず新2年生以上の部員全員と1対1のミーティングを行った。そして全体練習が始まる前に二つのミーティングを行った。
一つは「クラブミーティング」だった。早大ラグビー部のコンセプトやミッションを選手たちに伝えたという。また「WAP」と呼ばれる、文武両道を目指す「早稲田アスリートプログラム」を軸に、地域貢献などをオフ・ザ・ピッチでどのような活動をしていくのかを話した。
もう一つのミーティングは、当然、ラグビーのミーティングで「『荒ぶる』をとるためのミーティング」だった。「荒ぶる」は大学選手権で優勝したときにのみ、歌うことが許されている第二部歌のことだ。
大田尾監督は、昨年度の大学選手権決勝後、前キャプテンの丸尾崇真が話した「ブレイクダウンや接点のところでは準備が足りなかった。3年生以下はその何かを探してほしい」というコメントが印象に残った。「おそらく部を代表してのコメントで、どうしてブレイクダウンで負けたか教えてやらないといけないと思った。だからその部分をクローズアップしたミーティングをしました」(大田尾監督)
具体的には天理大の選手は(ブレイクダウン時に)足を(しっかりドライブして)使えていたが、早稲田の選手は使えていなかった。細かいところにフォーカスしてデータと映像を使いながら説明したという。もちろん、今季の早大はブレイクダウンにフォーカスするというメッセージも込めた。
「ファイブフォース」を突き詰める
あらためて選手としてもコーチとしても経験豊富な新監督に、どんなラグビーをしたいのかを聞いた。選手たちに伝えたキーワードは「ファイブフォース」だった。
「例えば走り勝つ、攻め勝つという言葉を使うと、それを凌駕(りょうが)されたら負けるのかという概念を少し取っ払いたかった。アタック、ディフェンス、セットピース、ブレイクダウン、フィットネスの5つを『ファイブフォース』と表現しています。たくさん点を取られたとしてもアタック、フィットネス、ブレイクダウンで点を取って勝ったり、逆に言えば、セットプレーで負けたとしてもアンストラクチャーからのラグビー、つまりフィットネスとディフェンス、ブレイクダウンで勝ったりとか。何かを止められても次の一手を持っているようなチームにしようと話しました」(大田尾監督)
また新監督は4月に就任すると、早速、ラグビーの原点である体を当てる部分、天理大に負けた要因の一つとなったブレイクダウンの強化に着手する。そのエリアを強化するにあたって、かつて、ヤマハ発動機でもレスリング指導をしたアトランタオリンピックの銅メダリストで、早大のレスリング部監督も務めた太田拓弥氏を招聘(しょうへい)した。
その意図を「攻守にわたって体の使い方がまだまだ改善する余地がある、いろいろと変えないといけないと思いました。体のタフさ、使い方など(ヤマハ発動機時代に)6年くらいやってきて、選手の変化を目の当たりした。今年の強化のポイントと太田さんがすごくマッチするなと思ってお呼びしました」と説明した。現在は土日の朝、1時間くらいみっちりレスリングの時間に充てており、年間を通して取り組むつもりだ。
昨年まで指導にあたっていたOBである後藤翔太、権丈太郎コーチは、今季も引き続きアシスタントコーチとして新監督の脇を固めるが、アタックは大田尾監督自身が担当する。大田尾監督と言えば早大時代、そしてヤマハ発動機で20年ほど清宮克幸監督に薫陶を受けてきた。
“清宮イズム”で影響を受けた部分があるか、とたずねると大田尾監督は「戦術も戦略も流行ってあるじゃないですか。多くのチームはそのまま流行を使いますが、清宮さんはそれを絶対しない。自分で見て、判断して、これがいいなと思ったら使う。つまり少数派になることを恐れず、オリジナリティーを信じる。僕もそうあるべきだと思ってやっている」と胸を張った。
実際に自身が指導するアタックで「見えづらいかもしれないが、そのあたりのこだわりが見えたら、僕としてもいい時間を積み重ねているのでは」と話した。5月から始まる関東大学春季大会では、接点の力強さとともにアタックのストラクチャーで大田尾新監督らしさが見られるかもしれない。
楽しみな選手たち
キャプテンに就任したCTB長田智希(4年、東海大仰星)、副キャプテンPR小林賢太(4年、東福岡)はもちろんのこと、新監督が期待している選手に関しては「いっぱいになってしまいますが、鏡鈴之介(3年、早大学院)、池本大喜(2年、早稲田実)らのロック陣、10番の吉村紘(3年、東福岡)、FB松下怜央(3年、関東学院六浦)、WTB小泉怜史(3年、早稲田実)あたりが順調に成長してくれたらいいなと思います。また久富連太郎(2年、石見智翠館)というSOは非常に勝ち気で、吉村とはスタイルが真逆で面白い。1年生ではSO/CTB守屋大誠(早稲田実)、PR亀山昇太郎(茗溪学園)がいいですね」と目を細めた。
また、桐蔭学園高のキャプテンとして花園(全国高校大会)連覇を達成したNo.8佐藤健次(1年)に関しては「今は大学の波に飲まれている感じですね。ポジション希望でフッカー(HO)と書いて出してきましたが、とりあえず、今はそのままNo.8かフランカー(FL)です。いい体もしていますが、(大学になると)ちょっと変わってくるので、焦らずにやらせたい」と期待を込めつつ、ポジション転向はもう少し体ができてからがいいと示唆した。
座右の銘は「ベストはベターの中に隠れている」である。特別に誰かの言葉ではなく、感覚的に大事にしていることだという。「うまくいっているからそのままでいいよね、と考えることを止めてしまうと、それが最良のものではなくなる。それが本当に一番いいのか、と考えることを止めないことは大事にしていることです」。常に、ベターではなく、ベストは何かと目指す、考える姿勢は、選手から指導者となっても変わることはない。
「感動してもらえるラグビーを」
どんなラグビーをファンに見せるのか。大田尾監督は「やはり構図としては(大きな相手に)立ち向かっていくと思いますので、見ていてワクワクする、そして感動してもらえるようなラグビーがしたいです」と語気を強めた。
まだ、指導して1カ月弱だが、初めて大学生を本格的に指導するにあたり、大田尾監督は「昨年度はコロナ禍であまり練習ができていなかったので、みんな目の色を変えてやっています。選手の成長曲線の角度がすごい。今日やったことがもう今日できるみたいな、大学生の伸び幅を見ているところが楽しいですね!」と声を弾ませた。
司令塔として日本の最前線で戦ってきた監督が早大にどんな新しい風を吹き込むのか。目標は「もちろん、『荒ぶる』をもう一度歌うことです!」とキッパリと断言する顔には自信が垣間見えた。