フィギュアスケート

特集:駆け抜けた4years.2025

武蔵野美術大・関芙実香(下)、アイスショーを卒業制作に「新たな選択肢を創りたい」

「様々な形のアイスショーが生まれてほしい」と願う関芙実香(撮影・浅野有美)

武蔵野美術大学4年の関芙実香(ふみか、国府台女子学院)は卒業制作としてアイスショーを自主制作し、その体験価値をテーマに取り上げた。大学入学時に掲げた「卒業までにアイスショーをつくる」という目標に向けて、氷上競技部の新設、全日本学生選手権(全日本インカレ)出場とステップを踏んできた。後編ではアイスショー実現までの道のりや今後の夢を紹介する。

【前編はこちら】武蔵野美術大・関芙実香(上)、0から1を作り出す 氷上競技部立ち上げインカレ出場

早大生にアイスショー構想を相談

3年時の2024年1月、自身2回目の全日本インカレ(6級女子)出場を果たした。いよいよ卒業制作発表まで残り1年。アイスショーの構想を考え始める時期になった。

そんな折、突然入部希望者が現れた。スケート未経験の1年生で、大学で熱中できるものをつくりたいと声をかけられた。さらに4月になると新1年生が入部した。中学までスケートを習い、大学で再開したいという希望だった。「一気に部員が2人増えて、後輩もできて。私の代で終わると思っていたから……」と、部の継続を喜んだ。

卒業制作に向けては、アルバイト先が同じだった早稲田大学4年の嶋田輝(ひかる、昭和学院秀英)に相談し構想を練った。早大では学生主催の「WASEDA ON ICE」を毎年実施していたため、アイスショー開催のノウハウを共有してもらった。

アイスショーの構想がびっしりと書かれたノート(撮影・浅野有美)

「ボーナスステージをください」

アイスショーの計画を進める中で、関にまたとないチャンスが訪れた。8月30日から3日間、KOSÉ新横浜スケートセンターで開催されるアイスショー「フレンズ・オン・アイス」への出演が決まったのだ。

オリンピック金メダリストの荒川静香さんがプロデュースするショーで、国内外のプロスケーターが出演する。関はジュニア以上の若手スケーター「Get the Chance」の一般募集に応募した。

「応募内容がショーへの意気込みと荒川さんへのメッセージでした。私は一つひとつの大会をステージと捉えていて、『誰だか知らないけれど、あの子良かったね』って思ってもらうことが目標であり、今年大学4年生で、出場する大会が全部最後になる中で“ボーナスステージ”がほしいです、と書きました」

関は4分間のソロナンバーでミュージカル「ムーラン・ルージュ」の「Backstage Romance」を披露した。うれしかったのは、振付師のシェイ・リーン=ボーンさんやステファン・ランビエール・コーチらが関の演技を見て、「あなたは本当にいいスケーターだね」と、あたたかい言葉をかけてくれたことだった。

何より貴重な経験だったのは、アイスショーをつくる仕事を間近で見られたことだ。「氷の上だけじゃなくて、裏側にどういう人たちがいるのか、どういうふうに回しているのか、すごく勉強になりました」と振り返る。

「アイスショーを通してどんな体験ができるのか」を意識してきた(本人提供)

なぜ大学卒業と同時にやめてしまうのか

卒業制作は、全日本自転車選手権出場経験がある田中桂太教授(インダストリアルデザイン)の指導を受けながら発想を膨らませた。

「体験価値」にはこだわった。関は工芸工業デザイン学科に在籍し、普段からUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)を意識している。UI/UXとは、ユーザーが製品やサービスを利用する際の体験価値のことだ。

「プロダクトをつくるというより、プロダクトを使うことでどういう体験ができるかを考えることが自分のやりたいものだと思っていました。それを延長に、延長に、延長して、形のないアイスショーというスケート体験を提案することになりました。私の卒業制作に必要な条件は、アイスショーでパフォーマンスをやりきるだけではなく、アイスショーを通してどんな体験ができるのか。プロジェクト自体がこの社会にどういう意味があるかを説明する必要がありました」

構想を進める上ではターゲットも大事だった。

これから競技生活が続くキッズスケーター向けなのか、生涯スポーツとして楽しむ大人スケーター向けなのか。様々な対象者の中から関が選んだのは、最近まで選手だった若手のスケーターだった。

全日本選手権予選のブロック大会に出場するには7級以上が条件だが、関のように6級以下で全日本は目指せなくてもスケートが大好きで続けている学生たちがたくさんいる。しかし多くが「当たり前」のように大学卒業と同時に引退する。

関は卒業後の人生を考える中で、その「当たり前」に疑問を持った。「大学に入ったらスケートの終わりの始まりなんて言われる。こんなに上手なのに、こんなに見たい人がいるのに、こんなに人を感動させられるのに、なんで22歳で終わりなんだろう」

卒業制作の発表で展示したボードの一部(本人提供)

競技会に出るなら高い身体能力が求められる。4回転ジャンプや複雑なステップなどの技術要素は見ごたえがある。しかし表現の豊かさや音楽との融合といった芸術性も合わせて表現するのがフィギュアスケートだ。

「フィギュアスケートは優雅に滑る姿を見るだけで人の心を動かす、アートやエンターテインメントと同じような可能性を秘めた素敵なスポーツだと思います。そして、表現をすることに年齢制限はありません。それは当たり前のようですが大学に入って発見したことでした。アートの世界では、小さい子でもおじいちゃん、おばあちゃんでも、ただの美大生でも有名な美大生でも、どんな人でも展示(エキシビション)をやるんです。だから私にアイスショーができないわけがないって思ったんです」

アイスショーを通して、スケートが持つ可能性を、競技から退いて間もない若手スケーターにこそ体験してもらう狙いだった。

様々な形のアイスショーが生まれてほしい

11月24日、三井不動産アイスパークで1日限りのアイスショー「アイシグラ」が開催された。タイトルの由来は「私は、シグラ(I shigura/segulah)」。ヘブライ語でshiguraは明らかにする、発見する、segulahは救済、美徳という意味がある。2つの意味の「シグラ」を用いた造語だ。

出演者は関を含めて21人。その多くが数年前まで大学などで活動していた元選手たちだ。観客を入れ、小道具や照明も使い、演出にもこだわった。約20分間のアイスショーに決められた振り付けはなく、一人ひとりが即興で生み出した身体表現で氷のキャンバスを彩った。

1月に鷹の台キャンパスで開かれた卒業・修了制作展で構想から本番までのプロセスを発表し、2月には表参道で催された学外展にも参加した。

「競技を引退しても、スケーター達がスケートと共に生きる為にアイスショーを。」
「様々な形のアイスショーが生まれてくることを願う。」

展示パネルには関の熱い思いがつづられていた。

「アイスショーといえばトップスケーターのためのものです。プロアマを問わないはずの芸術技法としてスケートは自由な表現の幅が少ないと感じていました。私の活動を見て自分もやってみようと思ってくれる人が増えてほしいという思いを込めました。新たな選択肢を創っていきたいです」

卒業制作の展示では企画立案から本番までのプロセスを紹介した(本人提供)

卒業後はクルーズ船のアイスショーへ

入学時に掲げた「卒業までにアイスショーをつくる」という目標を成し遂げた関。卒業後はクルーズ船のアイスショーのキャストとして海外を回る。

もともと競技会よりもアイスショーの世界に興味があった。指導を受けたコーチのほとんどが、アイスショー「プリンス・アイス・ワールド」の出身で、ショースケーターの魅力や生活について教えてくれた。2年時にクルーズ船のオーディションを受けて合格したが在学中だったため契約はせず、3年時に再び受けて合格した。

まずは半年間、キャストとして活動する。その後は日本に戻り、武蔵野美術大の大学院で学業を再開しようと思っている。「日本のアイスショーをもっと盛り上げたいっていう気持ちがあるんです。クルーズ船のアイスショーというフィールドワークを経て大学院で活動するプランを考えています」

武蔵野美術大の学び場が大好きだという関。「ムサビでは学生たちが自分の思い描くビジョンに対して真剣に取り組み、大学生活を駆け抜けています。そして自分のアイデンティティーをすごく大事にしている場所です。私も『スケートの関芙実香』というのを大事にしてきましたし、周りもそんな自分を大事にしてくれました。互いに尊重し合える環境、高め合える場所でした」

関(左から2人目)のアイスショーの思いに共感した仲間が集まった(本人提供)

思いが結集すれば化学変化が起きるはず

この数年でアイスショーの世界は様変わりした。浅田真央さん、高橋大輔さん、羽生結弦さんなどレジェンドたちが自ら座長としてアイスショーを立ち上げ、成功を収めている。

彼らの現役時代の活躍により、スケートを見る人たち、部活動や生涯スポーツとしてスケートをする人たちが増えた。競技会やアイスショーの増加に伴い、スケートを支える人たちも増えた。一方でスケーターとして生計を立てることは厳しく、アイスショーなどで続けたい人たちは活動の場を求めて海外に出る。

「海外のアイスショーに行く人たちの中には、私と同じように自分たちでアイスショーをつくりたいという意志やビジョンを持っているスケーターが多く存在するように感じます。その人たちが現場で勉強して5年後、10年後に日本に帰ってきて、それぞれの思いを結集させれば、きっと何か化学変化が起きると思っています」。そのときのために、関は「アイシグラ」のような、思いを持った人たちが集う場所、思いを成し遂げていく場所を用意しておきたいと考えている。「私はその灯(あか)りをたやさないように、と思っています」とほほえむ。

たとえトップ選手でなくても、プロでなくても、スケートで表現したいと思ったら誰でもアイスショーをつくることができる。関はアイスショーの新しい可能性を示した。

「アイシグラ」で新しいアイスショーの可能性を提示した(撮影・ナギー)

関の情熱が伝播し、新たな動きも生まれている。大学の垣根を越えた学生主催のアイスショー「りべらるあいす」が3月29日に三井不動産アイスパーク船橋で開催される。関を含め13人の学生スケーターがお気に入りのプログラムを披露する。

新たな船出を迎える関。これからどんな人生の物語を綴(つづ)っていくのだろう。どうか自信を持って進んでほしい。関芙実香というスケーターの未来も、関が思い描くアイスショーの未来も可能性に満ちているはずだから。

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