大学ラグビー

識学・安藤広大社長の原点は「清宮イズム」 早稲田ラグビーで学んだ組織運営

早稲田大学ラグビー蹴球部時代の安藤広大さん(前列右から3人目、写真提供・識学)

1500社以上の顧客を抱える経営コンサルタント会社「識学」社長の安藤広大さん(40)は、早稲田大学ラグビー蹴球部で4years.を送った一人。当時の清宮克幸監督(52)の薫陶(くんとう)も受け、試合には出られなかったものの、大学選手権準優勝も経験した。「清宮イズム」の組織運営術は「いまのビジネスにもつながっている」と安藤さん。今春にはBリーグ2部の福島ファイヤーボンズを買収し、スポーツビジネスへの本格的な挑戦も始めた。

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一般入部で早稲田へ、身体能力の差に圧倒される

京都府出身の安藤さんは父親がラグビーをしていた影響もあり、古豪の大阪府立北野高校でラグビーを始めた。ポジションはCTBだった。「タックルしたり相手にぶつかったりする中、自分を犠牲にしてパスをつないでトライを奪う。怖さと快感とのギャップが、たまらなかった」と振り返る。

3年生のとき、後に日本代表主将を務めた広瀬俊朗さん(38)が入学。練習試合でも結果を出して期待されたが花園には届かず、府大会3回戦で敗退した。「高校ラグビーには悔いが残りました。大学ではどうせなら一流のところでプレーしようと思いました」。一般入試の学生もラグビー部に受け入れてくれる大学に照準を合わせ、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科(現・スポーツ科学部)に合格した。

高校日本代表クラスがたくさん所属する環境で、安藤さんは仲間との身体能力の差に驚かされた。中でも印象に残ったのは、1学年上で後にトヨタ自動車でも活躍した山崎弘樹さん(42)のプレーだった。「これまで見たこともない速さで動き出すのを見たとき、すごいところにきてしまったなと思いました。自分は強化選手ではないので寮には入れず、一人暮らしをしていました。当時は必死でお金もなく、とにかく炭水化物でおなかを膨らましていました」

生まれつき左目が弱視で、ハンディとは考えていなかったが、「いま思えば、左側の距離感がつかめないので、タックルなどにも影響しました。自分としては、さぼらずに一生懸命努力するだけでした」。その姿勢が実り、3年生の春、1軍戦で1回だけ試合に出場した。早稲田の象徴である「赤黒」のジャージーを身にまとい、天にも昇る心地だった。

トップが変われば組織が変わる

4年生だった2001年、サントリーでも活躍したOBの清宮克幸さんが監督になった。それまで1日4時間だった練習が、半分の2時間になった。効率性を重んじ、組織ががらりと変わった。安藤さんにとって大きな衝撃だったのが、全選手を対象にした「採点」だった。

「練習試合も含めて毎回、各選手のプレーが点数化されました。パスを成功させたら1点、ラックでボールを出せたら1点、パスミスしたらマイナス1点という感じで、プレーの貢献度を可視化する仕組みです。どういうプレーが正しいかを明確に示してもらい、チームに迷いがなくなりました」。安藤さんはけがもあって、最終学年は1軍の試合に出られなかったが、「3軍や4軍まで明らかに強くなった」と振り返る。

当時は低迷していた早稲田だったが、清宮監督の就任1年目の02年の大学選手権で準優勝した。「トップが交代するだけで、組織が変わるということを強烈に見せつけられた。その経験は、間違いなくいまにつながっています」。早稲田は翌03年、清宮監督の下、13年ぶりの大学日本一を果たした。東京・上井草に練習場を整備し、アディダスと契約するなど組織力をさらに高め、いまにつながる礎が作られた。安藤さんはまさに新時代の出発点にいた

マネジメント理論をスポーツビジネスに注入

安藤さんは卒業後、NTTドコモのラグビー部に所属したが、1年で退部して社業に専念した。4年間勤めた後、人材派遣会社に移り取締役も経験。そのころに出会ったのが「識学」という、感情ではなくロジックやデータを徹底するマネジメント理論だった。

組織の中の人間は自然と感情が出ますが、組織の枠組みを作る側は感情的に運営してはいけないということです。陸上競技に例えれば、識学という理論を用いるのは100mを走る選手ではなく、トラックを作る側。ルールを動かす人間が感情に左右されては、社員を苦しめるし、ハッピーにはできない」

それは、大学時代の「清宮イズム」に通じる部分があったという。「清宮さんも試合直前こそエモーショナルな演出をしたが、組織運営は理論に基づき、いい意味で無機質に行っていました。僕自身は元々感情的な人間。でも、企業を運営する側に立つと、そのままではうまくいかないことが分かった」

戦略を立てて組織を強くする。それをスポーツビジネスの世界でも実践していく(写真提供・識学)

独立して、15年に株式会社識学を設立。一般企業の顧客を続々と増やし、Jリーグやラグビー・トップリーグのチームなどの組織運営のコンサルティングに手を伸ばしていった。安藤さんは日本のスポーツビジネスに、大きな課題を感じていたという。

「正直に言って、競技のことは大好きでも、経営や組織運営のリテラシーが低い人が多い印象でした。ファンのためにいいことをやっていれば許される空気があり、きちんと利益を出す感覚が薄い。でも、スポーツビジネスだって一般企業と同じように、資料をしっかり作り、営業を積み重ねないと契約は取れません。強い組織が当たり前に実行している戦略を、スポーツ界でも徹底すれば業績が回復することに気づいたのです」

Bリーグのチーム経営、強化費増で躍進を狙う

Bリーグの西宮ストークスを営業改革して、黒字化した識学の実績が評価され、債務超過に苦しんでいた福島ファイヤーボンズ買収のオファーを受けた。今年3月、約8500万円を出資して子会社化し、スポーツビジネスに本格参入した。チーム強化はもちろん、識学から経営メンバーを派遣し、運営会社の社員も増やすなどフロントのてこ入れも図る。

今年3月、識学は約8500万円を出資し、福島ファイヤーボンズを子会社化した(左が安藤さん、写真提供・識学)

福島県には縁がなく、2部のチームには少なくない額の投資だが、勝算はある。「ファイヤーボンズは元々、東日本大震災の復興のシンボルとして誕生しました。日本全体を元気にできる数少ないチームになれます。いままでは資金不足で手を付けられていない部分が多かったけど、地元企業にしっかりと営業して、グッズ販売や興行を魅力的にしていきたい」

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今季のリーグ戦は打ち切られ、来季の開幕も見通せない。それでも、安藤さんは前を向く。「他のチームは経営規模を縮小すると思うが、うちは強化費を増やして躍進したい。いまの売上高は約2億円ですが、5年後にB1に在籍するには12億円は必要になります。経営もチーム順位でも結果を出して、スポーツビジネスと一般企業の経営でやるべきことは一緒だと証明したいです」

恩師の清宮さんは現在、日本ラグビー協会副会長として改革に力を注ぐ。安藤さんは「いまの清宮さんの姿にも刺激を受けています」。安藤さんのように、選手と経営で培ったハイブリッドのキャリアを持ったスポーツビジネス人材が、日本にも増えていきそうだ。

将来、スポーツ業界を志す現役学生へのメッセージを聞くと、こう答えた。「日本のスポーツ界にはまだビジネスマンを育成できる環境がなく、よほど能力の高い人間でなければ生き残るのが難しい。最初からスポーツ界に逃げず、まず一般企業でビジネスに必要な力を付けてから、チャレンジしてほしいです」

4years.で学んだことをビジネスで生かし続ける、安藤さん流の辛口エールだ。

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