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データ解析の奥深き世界 競泳の松田丈志さん、体の分析で再浮上してリオ五輪銅メダル

オリンピックで3大会連続メダルを獲得した松田(右)も現役時代、科学的な分析を日々のトレーニングに組み込んでいた(すべて撮影・広部憲太郎)

スポーツのデータ解析をテーマにしたイベント「スポーツアナリティクスジャパン2020」がこのほど、東京都内で開かれた。将来、スポーツ業界でのキャリア形成を目指す学生にとって、学びの詰まった時間となった。

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松田丈志さん、心身の疲労も管理してつかんだメダル

このイベントは一般社団法人日本スポーツアナリスト協会が主催。現役大学生も運営に関わり、24ものセッションが開かれた。

オリンピックの競泳で3大会連続メダルを獲得した松田丈志さん(35)は、現役時代どのように動作分析や技術面と向き合ってきたかを振り返った。松田さんは中京大の学生だった2004年、アテネ大会でオリンピックに初出場し、400m自由形で8位入賞。「手探りで、がむしゃらにやってただけでした」。そこから、次のオリンピックまでの4年周期で練習計画を考えるようになった。

チームの分析担当者とコミュニケーションを取り、意識したのは「キャッチ」という動作だった。「飛び込んで、最初にどれだけ水をつかめるかで、その後の推進力が決まります。つかみが大きいほど、ひとかきで進む距離が伸び、速くなる。水泳は後ろの足で進んでいくイメージを持つ人も多いですけど、まずは最初に水をつかめなければダメなんです」

北京オリンピックは200mバタフライで銅メダルをとり、ロンドンオリンピックは400mメドレーリレーで銀、200mバタフライで銅メダルを獲得。しかし、その後は低迷した。16年のリオデジャネイロオリンピック出場が危ぶまれる中、研究のために在籍していた鹿屋体育大学大学院で自分を見つめ直した。

「30歳を超えて、泥臭い練習ができなくなってました。筋肉量も泳ぎのパワーも落ちてて、一から体のデータをあぶり出して、軌道修正を図りました。毎日、心や体の疲労度、食欲を5段階で自己採点して、その日の感想も記録しました。水泳は水との感覚が大切。『これが正解かも』と思う瞬間を逃さず、言葉にして書くことが必要でした」

リオでは800mリレーの最終泳者として銅メダルに貢献した。「自分は宮崎県の地方都市でキャリアを始めたので、情報獲得で苦しんだ面もありました。経験や勘だけでなく、科学的な分析という目線を入れ、子供たちがもっとスポーツを楽しめるようになればと思います」とのメッセージを送った。

岡田武史さん「デジタルマーケティングは欠かせない」

元サッカー日本代表監督の岡田武史さん(63)も登壇した。岡田さんは現在、J3のFC今治の代表取締役会長兼オーナーを務めている。この日は観戦者の満足度を高めるためのデジタルマーケティングをテーマに、話を進めた。

岡田武史さん(中央)はオーナーを務めるFC今治の経営を中心に語った

FC今治は昨シーズン、デロイトトーマツコンサルティングの協力で、観戦者の意識調査に3度取り組んだ。試合によってはキックオフ前のイベントなどが試合以上に顧客の評価に大きな影響を与えていることが分かった。岡田さんは経営者として「チーム運営にデジタルマーケティングは欠かせない。物販やチケット購入でバラバラだった顧客データを統合し、好きな選手を見やすい席に顧客を案内したり、自分が好きな選手の情報がスマホに常に流れたりする仕組みを作らないといけない。サッカーが強いだけではダメ。プラスアルファの楽しみを作りたい」と話した。

選手に求められる情報リテラシー

昨年ブームを巻き起こしたラグビーワールドカップ日本大会のセッションも、人気を集めた。日本ラグビー協会男子15人制代表アナリストの浜野俊平さん(25)は、2016年に上智大を卒業したばかりのアナリストで、学生時代も7人制の代表チームを支えた。この日はワールドカップ史上初のベスト8に入った日本代表のデータ戦略の一端を明かした。

スポーツアナリティクスジャパンは、スポーツテック系企業の出展ブースも人気を集めた

代表合宿中は一つのプレーに対し、ドローンで全体像をつかみつつ、小型カメラも動かして、選手間のコミュニケーションの密度も分析した。選手がいつでも映像を見返せるように、グラウンドで使っていたゴルフカートにモニターを付けたり、宿泊先に選手用のパソコンを完備したりするなど、工夫を重ねた。「代表選手はコーチに言われるまでもなく、主導的に分析する習慣を身につけていました」と語った。

浜野さんは「数字の背後にある意味に気をつけないといけない」と明かし、タックルされながらもボールをつなぐ「オフロードパス」を例に挙げた。日本代表躍進の代名詞となったテクニックだが、実は1試合平均の回数は7.2回で、前回15年大会の平均6.8回と比べると、数字上は大きな差はなかったという。

「前回はタックルされてタッチラインを割りそうになったときなど、逃げる手段としてオフロードパスを使ってました。しかし今大会はポジティブにトライを狙うためのオフロードパスだった」。分析技術の進化で、スポーツ界も大量のデータを扱うようになる。浜野さんは「分析ツールはより身近になってます。パソコンのスキルアップなど、選手自身が情報を扱うためのリテラシーが必要になる」と強調した。

ラグビーW杯では、元選手がSNS発信で貢献

ラグビーワールドカップは、ユニークなSNS発信でファンとの距離を縮めた。組織委員会の公式SNS担当チームで貢献したのが、明治大学ラグビー部出身の柏原元さん(36)だ。柏原さんは大学卒業後に、トップリーグのNTTコミュニケーションズでプレーし、選手引退後は電通のグローバルスポーツ局で勤務している。ほかのチームメンバーとともにSNS運用の舞台裏を話してくれた。

柏原さんは「ラグビーを知らない人に共感してもらうため、SNSを通じてノーサイドの精神を広めたかった」と言う。象徴になったのが、台風の影響で試合が中止になった岩手県釜石市で、カナダの代表選手たちがボランティア活動をした様子を伝えるツイートだった。「大会前に出場全20カ国から情報が上がってくる仕組みを作ってました。だから、カナダチームのスタッフから届いた写真をすぐにアップできました」

トライを狙う選手を巨大化させる映像など、遊び心にあふれたツイートも話題を呼んだ。柏原さんは「雑で仕上げきれない映像だったとしても、スピード感を重視しました。選手をリスペクトしてないという批判を浴びるかもしれないと思いましたけど、おおむね好意的にリツイートされて、僕自身も大きな学びになりました」

将来、柏原さんのように競技経験を生かして、スポーツの周辺で活躍したいと思う学生が増えるかもしれない。学生へのメッセージをお願いすると「大学生はたくさんの時間がある。自分はいろんな授業に出て、マーケティングに興味を持ちました。部活以外の友だちもたくさん作って、競技以外にも広くアンテナを張ってほしいですね」と話してくれた。

柏原さんはラグビーW杯組織委員会スタッフとして、SNS発信に貢献した

イベントを主催した日本スポーツアナリスト協会代表理事の渡辺啓太さん(36)は、日本バレーボール協会のアナリストも務める。昨夏には、アナリスト志望の大学生らを育成するキャンプも開いた。アスリートではない学生の参加も多かった。

渡辺さんは「学生の知識や熱気はすごい。最近はチーム側からアナリストの人材紹介を頼まれるようになり、需要は高まってます。大学の授業では、スポーツアナリストに直結するカリキュラムは少ない。統計学などを学んだ上で、授業以外の場所にも実践のフィールドを求めてほしい。僕らも新時代のアナリストを育成したい」と力を込めた。

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