ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

ベクトルを自分に向けてつかんだ初白星 東京都立大ラグビー部物語19

トライを挙げ喜ぶ東京都立大の選手。FB松本岳人(右端)とSO根立(右から2人目)はともに3トライの「ハットトリック」(撮影・全て中川文如)

日曜日の午前7時過ぎ。冬の訪れを告げる冷たい空気に包まれたキャンパスに、東京都立大学ラグビー部の選手とマネージャーは集まっていた。11月14日、関東大学リーグ戦3部Aブロック第3戦。国際武道大学との一戦はアウェーの地、千葉県勝浦市で開かれる。午後1時のキックオフに備え、東京都八王子市から3時間以上、貸し切りバスに揺られる。

3時間バスに揺られながら

道すがら。部員たちが胸の内を明かした、あるアンケートの結果が共有された。テーマは「あなたが考える今後の最高のストーリーは?」

「3部優勝、2部昇格」を掲げたチームは開幕2連敗。目標達成への道は断たれ、心は折れかけた。残る2戦、何をめざすのか、どこをゴールと見定めるのか。試合を前に、折れかけた心をもう一度、真っ直ぐ伸ばして一つに束ねたかった。

元々、勝敗を超えて「日本一、幸せなチームになりたい」と志す者たちだった。ラストプレーで逆転された玉川大学戦から2週間。決して、戦う意味を見失ったわけじゃない。

“2連勝してベンチから人が飛び出すくらいに喜び合いたい”
“全員が最高の笑顔になる”
“試合に出た選手も、出られなかった選手も、マネージャーも、心から「このチームで良かった」と思えるように”

アンケートに綴(つづ)られたメッセージはどれも、一つの純粋な願いに貫かれていた。

このみんなで、幸せになりたい。そのために、コーチの藤森啓介(36)は「ベクトルを自分自身に」と促していた。振り返れば防衛大学校戦も玉川大戦も、ちょっとした注意さえあれば防げたはずの反則を犯し、自滅していった。彼我の実力差が敗因なのではない。一人ひとりが自らに問いかけることこそが、流れを変えるためには大切なのだと。

いつにもまして熱のこもった試合前のアップ。ボールを持つのはCTB青木紳悟。後方にいるのは土田

藤森もまた自分にベクトルを向けていた。「みんなに呼びかけておいて、僕だけ、そうしないわけにはいかない。都立大に携わって初めてウォーミングアップを担当しました。エネルギーを伝えたくて」。どんなメニューで心と体にエンジンをかけていくのか。部員の判断に委ねてきた試合前の「儀式」を、今回は藤森が仕切った。

「アップで勝負は決まるよ」と檄(げき)。スーツ姿で自らボールをさばく。狭い空間で肩を寄せるように短いパスを回し、選手全員で声を合わせ、1から50まで叫びながら数えた。素人集団だった大阪・早稲田摂陵高を率いて強豪に押し上げた時の定番だった。

けが人相次ぎ、大胆なメンバー変更

選手たちは、ある決断を下していた。バックスに負傷者が相次ぐ中、大胆なメンバー変更を藤森に提案した。

まず、CTB(センター)が足りない。「僕がやるしかない。不安はあるけれど」。小学生時代からのラグビーキャリアを誇るWTB(ウィング)板谷光太郎(4年、城北)は生まれて初めて、この内と外をつなぐリンク役にぶっつけ本番で挑んだ。ゲームキャプテンとしてチーム全体を見渡し、最適解を探った末の覚悟だった。

タックルを振りきって突き進む板谷。CTBとして仲間を生かし続けた

すると、WTBが1枚欠ける。藤森も驚いた選択は、FW加藤洋人(2年、高津)の配置転換だった。

本職はフランカー。上級生の壁に阻まれて先発を勝ち取れずにいた。ただ、タックルやボールに絡む嗅覚はレギュラーに引けを取らない。アイツになら、任せられる。選手たちの総意。

「大丈夫?」。さすがに迷った藤森は、加藤に尋ねた。「どのポジションでもいい。試合、めちゃめちゃ出たいです」。その一言が、ファイナルアンサーになった。

輝きだして走った

毎回、マネージャーたちが編集してくれるモチベーションビデオ。サンボマスターが唄(うた)う「輝きだして走ってく」のビートに「自分の全力を出しきるように」のエールが乗る。個々に抱いた責任感が重なり、最終的にチームがチームにベクトルを向け、迎えたキックオフ。

相手の外側のディフェンスが甘いのは分析済みだった。ならば、ボールを散らせ。理想に掲げていた「サッカーのバルセロナのようなパスラグビー」が、ようやく体現される。

開始早々、左、左、右と揺さぶってSO根立耕直(4年、川越)がトライ。勝浦湾から吹きすさぶ海風にも集中力を切らさず、空いたスペースへとパスを送り続け、縦横無尽に攻める。

WTB加藤の不慣れさは戦術で補完した。守る時は他のバックスと位置取りを変え、スクラムやラインアウトのそばで構えるSH(スクラムハーフ)になった。そうすれば、防御組織の中で果たすべき役割はFWに近い。「元フランカー」の持ち味を生かせた。

加藤は初挑戦のWTBを志願してこなし、ディフェンス面で存在感を発揮した

24-0とリードして折り返す。後半、二つのハイライトがあった。最初のプレー。キックオフをキャッチした国際武道大の巨漢FWが突っ込んできた。進路を塞いだのはWTB土田優太(3年、巻)。大学に入ってラグビーを始め、やはり負傷者続きで巡ってきたチャンスだった。そんな彼が、くの字に相手を折り曲げるビッグタックル。大差に緩むどころか、雰囲気はさらに高まる。

後半33分になると、4年生で唯一、公式戦の出番を得られずにいたLO(ロック)黒澤勘勢(水城)が投入された。同期も待ち望んでいた瞬間だった。

けがもあり、出遅れていた。チームに貢献できなかった悔しさ、プレーできなかった鬱憤(うっぷん)を晴らすように、ラインアウトを制圧し、タックルに入った。相手と体をぶつけ合うのが楽しくて仕方ない。喜びが全身から満ちあふれる。仲間は応えた。黒澤が起点となって押し込んだ右タッチライン際のモールから、左のライン際まで大きく展開するトライで掉尾(とうび)を飾った。

初勝利。念願の公式戦出場を果たしたLO黒澤(左から3人目)らを中心に笑顔が広がった

原点に返ってラストゲームへ

ノーサイド、46-0の完勝。連戦の連敗で苦杯をなめさせられてきた選手、やっと試合に出られた選手、マネージャー、誰彼となく笑顔が広がった。3戦目にして、ようやく実現した勝利の記念撮影。やっぱり、勝つっていいよね。どの顔にも、そう書いてある。

円陣の藤森も笑顔だ。「次が最後。(キャンパスがある)南大沢のグラウンドに、全ての答えはあるよ」

キャプテンのNo.8谷村誠悟(4年、青山)が続ける。「最終戦まで、あと2週間。熱い気持ちを忘れずに」

80分間、つなぎ役として黒衣に徹した板谷が締めくくった。「練習、あと6回、合わせて15時間くらいしかない。出しきろう、やりきろう」

学生生活を捧げてきた場所で、もう一度、そして最後のリスタート。東京都立大学ラグビー部は原点に立ち返り、ラストゲームの順位決定戦に挑む。描き直しを迫られたストーリー、ハッピーエンドで終えるために。

【続きはこちら】最終戦、あの逆転負けのデジャブが……

東京都立大学ラグビー部物語

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