キックはゴールをそれて……部活の価値とは? 東京都立大学ラグビー部物語21完
東京都立大学のラストゲームは残り5分を切っていた。7点のリード。なのに、気持ちはいっぱい、いっぱいだ。心理的に、追い詰められていた。
11月28日、関東大学リーグ戦3部5、6位決定戦。相手は、まだ一度も勝ったことがない東京工業大学。1トライ1ゴールで21-21と並ばれる。ゴール前のピンチ。
モール押し込まれ、ゴール決まれば同点
自陣からの脱出を図るFB(フルバック)松本岳人(4年、所沢北)のタッチキックは、タッチラインに届かなかった。痛恨のミス。カウンターを浴びる。
突進してくる相手をタックルで受け止めたのは、途中出場のFL(フランカー)島倉徹(静岡)だった。4年生。ラストイヤーのレギュラー争いに敗れ、与えられた背番号は19。「もちろん、複雑です。でも、自分よりレベルの高い選手が出て勝ってくれれば、それでいい。出番が来たら、自分を出しきればいい。ずっと、みんなで『チームのために』ってラグビーしてきたんだから」。思いを込めた一撃で流れを断ち切ろうとする。
ただ、連続攻撃は止まらなかった。再びゴール前に迫られ、相手ボールのラインアウト。時計の針は40分を回った。
ラストプレーで逆転負けを喫した玉川大学戦の記憶が、またしても甦(よみがえ)る。「ここで取られたら、同じだぞ」。誰彼となく声が飛ぶ、ベンチからも。その意地は、届かなかった。モールを押し込まれてトライ。21-19。ゴールが決まれば、引き分けになる。
ボールはポスト右へ
右中間、決して難しい角度のキックではない。外してくれなんて念じるのは、ほめられたことではない。でも、外れてほしい。キッカーが助走を始めた瞬間、都立大の選手15人は横一線、プレッシャーに走った。マネージャーたちは手を組んで祈った。
ボールは、ポストの右へと、それていった。
2点差、薄氷の勝利。みんな、跳び上がった。みんなで、抱き合った。キャプテンのLO(ロック)谷村誠悟(4年、青山)は肩の荷を下ろした。「1年間、頑張ってきたご褒美なのかも」。部員たちを導いてきたコーチの藤森啓介(36)は信じていた。「目に見えない力で上回れたからこその、2点差。そういうチームづくりをしてきたつもりだから」
早稲田大学、大阪・早稲田摂陵高、そして一般社団法人「スポーツコーチングJapan」で深めてきた戦術は言うまでもない。組織マネジメントとは何か。コロナ禍にもめげず、オンラインミーティングで落とし込んできた。チームビルディングと呼ぶレクリエーションを欠かさず、選手とマネージャーの壁、学年間の壁を溶かしてきた。様々なバックグラウンドを持つみんなが一つになって、一つの目標に挑む。そんな部活の素晴らしさを伝えたかった。
それが最後、2点差の勝利という「ご褒美」で、伝わった。
「カタチ」見つかった
歓喜が一息つく。太陽は傾き始めている。戦い尽くした選手たちがベンチに、一礼。「あ、終わったんだ……」。マネージャー11人を束ねてきた「マネ長」、西山真奈美(4年、山手学院)の涙腺が、緩んだ。
「紆余曲折(うよきょくせつ)あって、最後にやっと、自分たちの『カタチ』が見つかった。そんな1年でした」。主体的にチームに関わりつつ、選手たちを俯瞰的に眺めることのできる立場にいた西山の実感だった。
部活の主役は最高学年だ。最高学年、すなわち最終学年。いかに振る舞い、いかに過ごすか。4年生12人は、悩み続けてきた。
1学年上の先輩は、下級生の頃から試合に出ていた実力派ばかりだった。キャプテン、ゲームキャプテンを中心に、強い個性で周りを引っ張ってくれた。その代と、どうしたって比較される。いまの4年生、今年になってやっと出場機会を得た者もいる。自分を表に出すのが苦手なタイプも多い。下級生の醸し出す「物足りないな」って雰囲気が、身に染みたこともある。
4年生だけのオンラインミーティング。マネージャー4人は臆せず発言した。「もっと、ハッキリ言葉にした方がいいよ」「練習、ちょっと緩かったかも」。このチームでは、マネージャーも欠かせないピースなのだから。
少しずつ自覚が高まり、やっと「カタチ」が明確になったのは、開幕2連敗を喫した後だったか。勝ちたい思いをストレートに表現しつつ、下級生の力も借りつつ。支えて、支えられて。「統率力のある3年生もいる。私たちに足りない部分は、下級生に補ってもらえばいい。頼りないかもしれないけれど、それが私たちのカタチなんだって。相互補完でやっていけばいいんだって、割りきれたんです」。すると、どこか漂っていた不完全燃焼感が消えていくことに西山は気づいた。
藤森に授けられた、一歩下がるようにして仲間を引き立てるフォロワーシップ。そして、4年生の覚悟とリーダーシップ。その両方が、彼らなりの配合で、ほどよくブレンドされたチームが、ようやくできあがった。そこから2連勝でシーズンを走りきった。もう少し早く、たどり着けていたならば「3部優勝、2部昇格」の目標に近づけていたのかも。「選手もマネージャーも、もう少し早く、4年生としてのスイッチを入れることができていたら」。西山は悔やむ。
終わらない記念撮影、終わらない夢
果たせなかった目標は、後輩に引き継ぐ。1~3年生の選手は、わずか16人。まずは新歓だ。先輩からの、贈る言葉は様々。「それでも、勝利を求めて厳しい道を進んでほしい」「3部で勝ちきるため、とにかくフィジカル強化を」「このチームにしかない一体感、失わないでいて」「いまの3年生が納得できる部の運営ができれば、それで十分」
そして4年生12人は、それぞれの道を歩む。都立大ラグビー部で過ごした時間は、それぞれの進路に少なからず影響を与えている。
ある者は、このかけがえのない時間からコミュニケーションの幅を広げた。社会人になってからも、その術を生かせる就職先を選んだ。
ある者は、自分ではなく他の誰かのためにこそ全力になれるんだという自らの素養を発見した。誰かのために役に立てる会社を選んだ。
ある者は大学院に進む。ラグビー部で過ごした日々を、共同研究という名のチームプレーで必ず実らせるのだと誓って。
日本一、幸せなチームになる。勝敗を超えた、東京都立大学ラグビー部の究極のゴールだった。あの日、どこまで太陽が傾いても、一度も勝てずにいた相手に勝つというラストミッションを完遂した彼らの記念撮影は終わらなかった。西山はかみ締めていた。「私たち、幸せ者だなって」
幸せ者は欲深い。夢は終わらない。
「いま、人生のピークは、あの東工大戦。でも、ずっと、そのままじゃ、ダメだと思うんです。ラグビー部で学んだこと、成長できたことを糧にして、あの時以上の幸せを得られるように、これから頑張らなきゃって」
そのための、4年間だった。そのための、ラグビー部だった。ただひたすらに勝利を追い求める。けれど、結果は時の運。だからこそ、勝っても、負けても、勝敗を超えた何かをつかむのだと。
部活の価値、そこにこそあるのだと。
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決して強いわけではないごく普通の大学体育会、東京都立大学ラグビー部。そこにプロコーチの藤森啓介さんがやって来て、部員たちは大学でラグビーに時間を費やす意味を自問自答しながら、プレーだけにとどまらず、取り組む姿勢を変化させていきました。シーズンを終え、藤森さんがメッセージを寄せてくれました。その言葉で連載を締めくくりたいと思います。1年間、ありがとうございました。
「部員全員の強みを理解し、そこにスポットライトを当てる。組織の中にある、目に見えない壁を壊す。そのために日本で最もチームビルディングにこだわったスポーツチームが、東京都立大ラグビー部だと思います。だからこそ、勝敗を超えてこの仲間が好きで、このチームが好きで、みんなが幸せになれたのだと思います。そこにスポーツの良さ、部活動の良さがあるのだと、私自身も部員たちから学びました。試合に勝つだけが『勝ち』ではない。『勝ち』の定義とは――。指導者として、考え続けていかなければならないと感じています」