ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

楽しさと強さ、両立? 東大戦を前に訪れた分岐点 東京都立大学ラグビー部物語7

朝鮮大(白いジャージー)との合同練習。フィジカル不足が露呈した(東京都立大ラグビー部提供)

世界中でコロナ禍は癒えない。関東大学リーグ戦3部に所属する東京都立大学ラグビー部もまた、例外ではない。春のシーズン、予定されていた試合は軒並み中止。唯一の公式戦は東京地区国公立体育大会交流戦、東京大学戦だった。

そのプレー根拠はある?その練習にゴールはある?東京都立大学ラグビー部物語6

春、唯一の公式戦

梅雨まっただ中の貴重な青空が広がった6月20日、アウェーの駒場キャンパスに乗り込んだ。2年前の夏合宿で完敗した相手。東京都立大学の歴史上、多分、一度も勝ったことがない関東大学対抗戦の伝統校。「それでも、勝つつもり」。キャプテンの谷村誠悟(4年、東京・青山)は本気だった。

コンタクト練習で体を張る谷村主将(撮影・中川文如)

勝ちたい、いや、勝たなければならない。東大戦にかける理由があった。チームは今季最初の、大きな岐路に立たされていた。

突きつけられたフィジカル差

話は1カ月ほど前、朝鮮大学との合同練習にさかのぼる。ガチンコで体をぶつけ合う試合形式のそれは、毎年の恒例行事となりつつある試金石だ。東京都立大学にとって、関東大学リーグ戦2部の相手は明らかに格上。ただ、昨季は互角の戦いを演じている。ならば、今季も。

見通しは甘かった。かなりのやられっぷり。特にフィジカルの差は深刻だった。
元々、自分たちの売りがフィジカルじゃないことを自覚してはいた。輪をかけて今季の4年生は線が細い。昨季もレギュラーを張ったのは谷村ら3人だけ。試合に出るだけではなく、下級生に好影響を与えなければならない最高学年に、まだその余裕はなかった。

それでも。「ラグビーはコンタクトスポーツ。土俵に上がる準備ができていなければ、やっぱり厳しい」とコーチの藤森啓介(36)。一般社団法人「スポーツコーチングJapan」で小よく大を制す研究を深める藤森にとってさえ、最低限のフィジカルは、選手たちが携えていなければならない最低限の武器だ。数的優位をつくっても相手を抜けない、数的優位をつくっても相手を止められない、では勝負にならない。

一歩でも前へ。笛を手にラックの練習を指導する藤森コーチ(撮影・中川文如)

「幹をもっと大きくしなければ、戦術で枝葉を飾っても勝てない。現状を認識して、ベクトルを自分に向けないと」。ミーティングで藤森は問いかけた。朝鮮大との差に少なからずショックを受けていた選手たちは感じた。「このままじゃ、秋のシーズン本番も厳しい」。話し合い、まず、ウェートトレーニングの目標を決めた。ビッグスリーと呼ばれるベンチプレス、デッドリフト、スクワットのマックス値を、個々が1カ月で10kgずつ上げよう。もちろん、数値を上げればフィジカルが強くなるという単純な問題ではないけれど、ベンチプレスで90kgをクリアできないFWが現実にいる。高校生でも悠々と100kgを上げる時代だ。

理屈じゃない。目標を「見える化」して本気度を示す試みはチームの総意である、はずだった。しかし、その後、肝心の4年生の間で意見が割れた。

本音ぶつかるミーティング

週に1度、主にオンラインで開かれる学年ミーティング。本音がガチンコでぶつかった。「1カ月で10kgアップって、実は相当に高いハードル。オレたち、ホントに、そんな覚悟があるんだろうか?」

新型コロナが直撃した昨季を振り返れば、グラウンドで満足に練習できたのは実質、秋の2カ月間のみだった。その分、密度は濃く、経験の浅い選手には負荷がかかった。「シーズンは長い。いまから昨季みたいに追い込んで、秋、冬まで持つ?」
チームが掲げる目標は、レギュラーの大半を占める先輩たちが引っ張ってくれた昨季も果たせなかった、リーグ戦3部優勝、2部昇格。「正直、届かないと思う。目標の下方修正、考えた方がよくない?」

甘い。日和(ひよ)ってる。はたから見れば、そう映るかもしれない。ただ、草の根の体育会に籍を置き、学業やバイトと両立あってこその学生たちにとって、部活の方向性は死活問題だ。彼らならではの、こだわりもある。チームビルディングを駆使して上級生と下級生の距離、選手とマネージャーの距離を縮め、仲の良さ、風通しの良さをアイデンティティーとしてきた組織。「強さを求めれば、練習はきつくなる。互いに厳しいことも言わなきゃならないし、脱落する選手も出るかもしれない。せっかく培った雰囲気が壊れてしまうかもしれない。楽しさと強さ。両方とも中途半端なまま、シーズンが終わってしまうのでは……」(谷村)。4年生12人全員が抱く不安だった。

背中押すマネージャーの声

週1度どころか日を置かず2週間近く続いた学年ミーティングの結果は、初志貫徹だった。「グラウンドの熱、上げきれていない気がする。もっと、勝利をめざしたい」。マネージャーたちが練習を見守りながら感じてきたもどかしさをぶつけ、選手の背中を押した。

ゲームキャプテンの板谷。経験値はチーム随一(撮影・中川文如)

怒るのは柄じゃない。そんな穏やかな性格の4年生たちは、悩みながらも自らの行動を変えようとした。ゲームキャプテンの板谷光太郎(東京・城北)はフルバック(FB)としてチーム全体を俯瞰(ふかん)する。ことあるごとに、忖度(そんたく)なしに課題を指摘するようになった。「『仲が良い』と『なあなあ』は違うんだって、最近、すごく考える」。谷村は練習開始の2時間半前、体育館に来てウェートルームの鍵を開け、仲間を待つようになった。

問い直す「勝ち」の価値

「勝ち」の価値というものについて、このチームは改めて考えている。
「試合に勝っても、みんなが幸福感を得られないチームなら『勝ち』とは言えない。部員全員が、このチームにいて幸せだと思えるなら、それも『勝ち』なのでは」。藤森の持論だ。複数の高校、大学を短期間で「勝てるチーム」に育て上げてきた戦術家が、ラグビーとは関係ない交流も触媒にチームビルディングを促し、心のつながりを重視する理由でもある。

「でも、やっぱり、試合に勝てなければ、幸せにはなれないんじゃないのか?」。最近、谷村は自問自答する。昨季は2連敗の後、2連勝でシーズンを終えた。前年王者・東京農業大学との最終戦は、いまもチーム内で語り継がれる好ゲームだ。力を絞り尽くし、実力差を覆して競り勝ったあの80分間があったからこそ、「楽しかった」と2020年を振り返れるのではないだろうか、と。

2021年も、楽しかったと振り返ることのできるシーズンにしたい。そのためにも、勝ちたい。

「絶対に勝つ」。強い気持ちで挑んだ東大戦の幕が上がった(東京都立大ラグビー部提供)

唯一無二の学生時代をラグビーに捧げる意味を、東京都立大学ラグビー部で4年間を過ごす意味を、再確認して臨んだ東大戦だった。

【続きは】春の締めくくり東京大学戦は?東京都立大学ラグビー部物語8

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