ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

「このみんなで、ずっと」最終学年エースの願い 東京都立大学ラグビー部物語14

練習で笑顔を見せるエースWTB根立耕直(中央)。チームの結束は深まっている(撮影・全て中川文如)

そこには、ラグビーの原風景が広がっていた。

ボールが狙い通りにつながれば笑顔。パスがあさっての方向に流れたり、手からこぼれ落ちたりしても、やっぱり笑顔。少年と大人の中間といった趣の選手たちは、楕円(だえん)球と戯れることの喜びにあふれている。

県立柏中央高の躍進

千葉県立柏中央高校。東京都立大学でコーチを任される藤森啓介(36)が、昨年秋から月3回ほどの割合で指導に出向いている。選手28人全員が、高校でラグビーを始めた「初心者」。昨秋の花園(全国高校大会)予選で初戦敗退に終わったチームは、この春、県大会で史上初めてベスト8に躍進した。

柏中央高が、一般社団法人「スポーツコーチングJapan」に所属する藤森にスポットコーチのオファーを出したきっかけは、パスへの欲求だった。密集周辺で、縦に縦にFW(フォワード)が突破を仕掛けるのが以前のスタイルだった。勝てず、限界を感じていた時、「サッカーのバルセロナのようなパスラグビー」を掲げる藤森の存在を知った。

えっ、バルセロナなラグビー? 東京都立大学ラグビー部物語2

昨年度の指導陣がSNSで相談を持ちかけ、試合の映像を見てもらうと、藤森から返事が届いた。「パスというのは、試合で投げなければ上達しない。裏返せば、パスを多用する戦術を導入すれば、おのずと技術は身につきますよ」

必然的に、練習でもパスを投げる回数が増えた。ラグビーの知識が浅い分、真っさらな気持ちで何事もスポンジのように吸収する選手たち。勘どころを外さない藤森の練習メニューに触れ、すくすく伸びた。

柏中央高を指導する藤森啓介(左から2人目)。その言葉を聞きもらすまいと選手たちは真剣だ

例えば9月半ば、とある一日のテーマはフラット(真横への)パスだった。そのパスが通れば、受け手はルールが認める最も前方の位置で、スピードを緩めずボールをもらえる。藤森の手本に見入る。なるほどー。実際に試してみる。難しいなー。なのに30分ほど経つと、ディフェンス役がいてもフラットパスが通るようになる。

体の向き、動き出しのタイミング。それらがきめ細かく修正されていくからだ。土のグラウンドの上を大きくボールが動く。「いまの、いいね!」「もうちょっとスピードがあると、もっと相手を抜けるようになるかも」。選手たちが笑顔で互いのプレーを品評するようになる。短時間の進歩の跡を繰り返し追体験できるように、その様子をマネージャーたちが録画している。

藤森コーチ自身も刺激

もう一つ、変化があった。春の大会が終わった後、退部する3年生が一人もいなかったのだ。「それが、とっても嬉(うれ)しくて」。顧問らと指導に携わるOBの小林遥貴(21)がまた笑顔になる。

ラグビーのために柏中央高を選んだ部員はいない。3年生になれば、当然、受験が気になる。小林がキャプテンを務めた2018年度は、同期の3年生10人のうち7人が春を最後にやめた。「毎年、やめるやめないで話し合いになるのだけれど、今年はなかった。強くなってる、うまくなってるっていう実感が、みんなにあるからでしょうね」

柏中央高ラグビー部は意見交換を重視する藤森コーチの指導に触れ、コミュニケーションも盛んになったという

チームの先頭に立つのはキャプテン清水賢二(3年)。身長163cm、体重61kg。小柄でタックル好きなFW第3列は、部活と勉強の両立にも手応えをつかむ。「この日は練習があるから勉強は何時間とか、メリハリがついて、うまく切り替えられている。春以上の結果を残して、3年生全員で一緒に引退しようって、みんなで決めたから」

無印の高校生と、すでにそれぞれのラグビー観を持つ大学生を同時並行でコーチングしながら、藤森自身も刺激を得ている。「指導が『なあなあ』に陥ることを許さない。常にベクトルを自分へと向けるきっかけを与えてくれる」

24日から始まる負けられない戦い

フラットパス特訓日の1週間後、彼はホーム・東京都立大学のグラウンドにいた。そこでは選手たちもまた、自分自身にベクトルを向けていた。

関東大学リーグ戦3部の初戦は10月24日に決まった。実戦練習が熱を帯びる。コロナ禍、今季も大会は変則的。8校が2組に分かれ、「四つどもえ」のリーグ戦を1位突破しなければ優勝決定戦には進めない。その天王山を越えなければ、2部との入れ替え戦にはたどり着けない。

練習前の検温は欠かせない。コロナ禍のシーズン、マネージャーたちが選手の体調管理に心を砕く

1敗も許されないいばらの道。それでもWTB(ウィング)根立耕直(ねだち・やすなお、4年、川越)は、この4年間で最もポジティブな感情を抱きながら本番を迎えられるという。「絶対に勝たなきゃならない、負けられない。なのに、不思議とリラックスできている。しっかり、準備できているからなのかも」

同期から、エースと呼ばれる存在。小学1年生の頃から、ずっと楕円球と戯れてきて、ずっとレギュラーだった。180cm近い上背を生かした突破、巧みなハンドリングはバックスで際立っている。

一気に伸びたと感じられた転機は、埼玉・川越高で恩師から授かった言葉。「お前が上に(緩く)タックルに入るか、下に(厳しく)入るかで、仲間が5m下がらなきゃいけなくなるのか、30cmで済むのか、変わるんだぞ」。試合中、ふと気が抜ける瞬間が、当時の根立にはあった。「それじゃ、ダメだなって。もっとストイックにならないと」。エースの自覚が築かれた。

エースの変化、チームとは

東京都立大に進んでも、入部したその時から一人、自主練習に打ち込んだ。全体練習をこなすだけで切り上げる同期の姿勢が、ふがいなかった。「2部昇格って目標、本当に達成したいのかな」。いら立った。

いま、そんな自分を後悔している。ラグビー人生、2度目の転機は藤森との出会いだった。プレー同様、ピッチ内外での心のつながりも重視する組織論のプロフェッショナルから、ミーティングで問いかけられた。なぜ、チームをつくるのか。一つの目標へ、みんなで一緒になって歩んでいくから、チームには価値があるのだと。そう、導かれた。

上智大学との練習試合でキックを蹴る根立

「そのためにやるべきことを、僕はやっていなかったんです」。自主練しない同期に冷めてしまうのではなく、「一緒にやろう」と巻き込んでいくべきだったのだと。バックスは個々の課題をLINEグループで共有している。「一緒にできる練習を見つけ、誘うんです。パスやキックのコツを伝えて、一緒に考えて、もっとうまくなれるように。うまくなれば、もっとラグビーを好きになって、もっと練習するようになってくれるかもしれないから」

最近、学年ミーティングで打ち明けた。「正直、みんなのこと、物足りないなって思っていた時期もあったんだ」。笑って振り返ることができるほど、仲間の姿勢が頼もしく映るようになった。

チームを引っ張る。ラストシーズンに臨む、エースの覚悟だ。「組織プレーが土台にあるんだけど、時には思い切って仕掛けて、イレギュラーな状態をつくり出してもいい。その起点に、僕がなる」

秋の公式戦は最大5試合。始まれば、あっというまに終わってしまう。「そうなんですよね。このみんなで、ずっとラグビー、やってたいな……」

ラグビーの季節、本格的な幕開けを告げる。

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どこにでもあるような体育会の一つ東京都立大学ラグビー部。いよいよ関東リーグ戦3部の公式戦が始まります。彼らは何をめざし、いかに戦うのか。選手だけ、プレーだけにとどまらない、取り組む姿勢の変化を追っています。

【続きはこちら】「自分でなく誰かのために」マネージャーになった訳

東京都立大学ラグビー部物語

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