ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

最後は先発から外れても オールドルーキーの覚悟 東京都立大学ラグビー部物語13

上智大戦の後半、スクラムサイドを突いてトライを挙げる辰巳紘奨(撮影・全て中川文如)

「オールドルーキー」がやって来た。これ以上ない刺激をチームにもたらすオールドルーキーが。

10月の関東大学リーグ戦3部開幕を前に、東京都立大学にとって最後の練習試合。9月5日、上智大学戦。「この試合で、どんなパフォーマンスを見せられるか。それが、みんながやってきたことの証しになる」。コーチの藤森啓介(36)が発破をかける。オールドルーキーはNo.8としてフル出場した。

辰巳紘奨元主将ブランク感じさせず

開始早々、サイン通りにバックスと連係して確実にゲインラインを切った。ディフェンスに転じると、労を惜しまず密集に体を突っ込んだ。ハーフタイムを越え、エンジン全開。後半7分、敵陣右で得たスクラムが時計回りに崩れかけると、自らの判断でボールを狭いサイドに持ち出す。セオリー無視で相手の意表を突く一気の突破、同点トライ。「ここだよ、ここ」。大声で後輩たちを煽(あお)る、チームは勢いづく。関東大学対抗戦Bグループの格上から、26-12で逆転勝利を飾った。

真剣な眼差しで試合を見守るマネージャーたち

藤森の分析によると、ボールキャリー(ボールを持って前進するプレー)、そしてタックルの回数で、オールドルーキーは断トツの数字をたたき出した。

辰巳紘奨(こうすけ)、24歳。東京都立大の大学院都市環境科学研究科環境応用化学域の2年生。リーグ戦では、院生にも公式戦出場の権利がある。1~4年生の選手は23人という厳しい台所事情だ。チームに請われ、9月、現役に復帰した。1年半のブランクを経て、練習にフル参加することわずか2回で迎えた上智大戦だった。

それが、マン・オブ・ザ・マッチ級の働き。「意外と、できました」。控えめな第一声の後、「偉そうな言い方になっちゃうかもしれないですけど……」と前置きし、辰巳は続けた。「急に、ふらっと戻ってきた先輩にいきなり活躍されて、スタメンの座まで奪われたら、現役は絶対に納得できないはず。『負けてたまるか!』って、向かってきてほしいんです。そうやってチーム内の競争意識を高めたくて、戻る決断をしたんです」

上智大戦の後半、トライを決めて喜ぶ東京都立大の選手たち

東京の有力校、中高一貫の本郷でラグビーに打ち込んだ。中学でも高校でも都の選抜候補に名を連ねた。身長170cm、体重78kg。小柄なフランカー(FL)は、派手じゃなくても地道に仲間をサポートするプレーで評価を得てきた。

一浪して東京都立大へ。本郷に比べれば、周りの個の力は落ちる。FWの先頭に立って前進を図るスタイルへと持ち味は変わった。4年生となった2019年度、「なるだろうなと予想はしていた」というキャプテンに。当時のコーチと部員たちとの間には距離があった。信頼関係を築ききれず、板挟み、苦しんだ。リーグ戦3部で8チーム中、6位。「僕自身はコーチを信じていたので、充実していたかと言われれば充実していた。しかし、結果は残せなかった。振り返れば、やり残したことがあったのかも」。そんな4年間だった。

大学院で大気汚染の研究中、声かかる

大学院に進み、興味を抱いていた大気汚染の研究に本腰を入れた。筋トレは趣味だから続け、たまにクラブチームで草ラグビーも楽しむ半面、真剣に楕円(だえん)球と向き合う生活には区切りをつけていた。ただ、部員不足に悩む後輩たちの様子は気になって仕方なかった。今季は春先から練習を手伝った。たかが一人、されど一人だ。ちょっとでも人数を増やし、実戦に近いトレーニング環境をつくってあげたかった。

8月のことだった。キャプテンの谷村誠悟(東京・青山)ら4年生から「公式戦のメンバーに登録してもいいですか?」と頼まれたのは。

確かに負傷者が重なれば、先発15人を組むことさえ難しい窮状ではある。でも一瞬、言葉に詰まった。「どんな感じで考えてるの?」。問い直すと、「ラスト20分だけ(途中出場で)出てもらえたら、すごく助かります」。また、言葉に詰まった。「遠慮があったのかもしれないけれど、直感的に、それは違うなって」。考えさせてほしい。結論を先延ばしした。数日後、再び頼まれた。考え抜いた辰巳の答えは、こうだった。「研究や学会で忙しくて、全ての練習に参加することはできない。でも、やるなら先発をめざしたい。お前たちと横一線で勝負して、藤森さんにシビアに判断してもらいたい」

低いタックルを見舞う2年生のFL加藤洋人(中央下)。チーム内の競争は激しくなるか

藤森にも、思いを伝えた。答えは「わかった。その代わり、甘くはないよ」。腹をくくれた。

「負けてたまるか!」と後輩たちのターゲットにされるかもしれない。ともすれば憎まれ役のような存在になってしまうかもしれない道を自ら選んだのには理由がある。一人のOBとして練習を手伝ってきて、物足りなさを覚えていた。「ラグビーって、どうしても怪我(けが)人が出る。いまのチームは人数が少ないから、怪我さえしなければ試合に出られるという雰囲気があって、レギュラー争いの厳しさが欠けている。結果、練習の質が上がらず、伸びしろがあるのに伸びていない選手がいる」。オレ、お客さんじゃないよ。そういう姿勢を示し、チームがさらにレベルアップするためのスイッチを入れたかった。

週35時間の研究、それでも恩返し

ギャップは感じる。若者にとって1歳、2歳の年の差は大きい。特に1、2年生は辰巳の以前の現役時代を知らない。「気軽に世間話できるような関係になるには、時間が……。その分、プレーについて話しかけるようにしています」。藤森の緻密な戦術に、まだ理解が追いついていない辰巳。「このプレー、戦術的に、ありかな?」。こまめに下級生に尋ねる。「大丈夫です」「それはダメですね」と率直に返してくれるのが嬉(うれ)しい。

試合中に仲間を鼓舞する辰巳

辰巳がキャプテンだった時、シンプルに、時に強引に、縦、縦と突いていくのが東京都立大のスタイルだった。それだけじゃ勝てないとわかってはいるけれど、「オレがオレがって主張する姿勢は出していきたい。そういう僕のことを、うまく利用してくれたら。利用することで、藤森さんの戦術が、より生きるようになれば」。願いがさっそく実を結んだのが、上智大戦だった。

ウィークデーに週35時間。ノルマの研究時間を保つのは教授との約束だ。夜遅く、バナナを食べて、ジムで体を鍛えて帰宅して夕食、という生活が始まった。「またラグビーやるの?」「懲りないね」。周りはあきれる。「それでも、後輩たちが頼りにしてくれて、いまの自分に何ができるか考えに考えて、こうなった。都立大ラグビー部という組織への、恩返しです」

シーズンが深まる頃。後輩たちの突き上げを真に受け、先発から外されるくらいが理想形なのだという。もちろん、手を抜くという意味ではない。「チームが強くなるのなら、最後は捨て石みたいになっても」。それくらいで、ちょうどいいのだと。

オールドルーキー、覚悟のデビュー。

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部員不足などはどの大学部活動でもある共通の悩みです。東京都立大学ラグビー部は何をめざし、いかに戦うのか。1年間を通じ、選手だけ、プレーだけにとどまらない、取り組む姿勢の変化を追っています。

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