ラグビー

「後輩たちは、見ているよ」4年生の在り方とは 東京都立大学ラグビー部物語11

練習後、後輩の相談に乗る吉富(中央右)と福原・前主将(同左)。信頼は厚い(撮影・中川文如)

ピンチが一転、あっというまにチャンスへと変わっていた。

「僕、足が遅いんですよ。だから、一生懸命、走りました。そうしたら、目の前でラックができて、ボールが出てきて、あれ? あれ? みたいな感じで……」

2020年12月5日、関東大学リーグ戦3部順位決定戦(5、6位)。東京都立大学のロック吉富亮太郎(当時4年、福岡・小倉)はフルスロットルで両足を回転させていた。

冷めた翼が熱くなった 雨の最終戦キックオフ 東京都立大学ラグビー部物語10

激闘の3部順位決定戦

自陣ゴール前。相手のパスが乱れた瞬間を見逃さず、こぼれ球を仲間が拾ったのが始まり。スクラムを支えるプロップなのに俊足な松岡哲志(同、三重・津西)が長駆、80m近くを疾走した。敵陣ゴール前に迫る一気の逆襲、追いかける吉富。

チームは前年度の優勝校・東京農業大学を相手に7-0と先制していた。ここでトライを奪えれば、優位は揺るがなくなる。その一心だった。ようやくたどり着いたラック、トライラインはすぐそこ。あれ? いけるんじゃね?

相手を抜く吉富。突破力はチーム指折りだった(以下の写真は全て東京都立大ラグビー部提供)

相手防御の人垣に低く体をねじ込み、ボールをラインの向こうにたたきつけた。ゴールキックも決まってリードは14点に。「あ、これ、勝てるって確信しました」。かつて高いレベルでもまれた試合勘から来る「確信」だった。

福岡県に生まれ育った。幼い頃は柔道で鍛え、小倉高校でラグビーを始めた。2015年ラグビーワールドカップで南アフリカを破る「スポーツ史上最大の番狂わせ」を起こした日本代表のトライゲッター、山田章仁らが輩出した強豪校。「シーズンオフになると、社会人や大学で活躍するOBが来てタックルの相手になってくれるんです。その練習が、とにかく痛くて、つらくって」

スポーツ推薦で入学する部員もいる中、1年生の冬から公式戦に出られるようになった。身長179cm。ロックにしては小柄でも、労を惜しまないプレーで信頼を勝ち取った。日本一の常連、東福岡高校の壁を越えられず花園(全国高校大会)の芝は踏めなかったけれど、県の選抜チームの練習に呼ばれたこともある。

二浪、それでもガチのラグビーへ

「東京への憧れ」から二浪して東京都立大へ。「ガチのラグビー、もういいかな」と思っていた。が、同窓のネットワークはすでに東京近辺の各校に張り巡らされていて「入学式の前から勧誘の連絡が来ました」。結局、ラグビー部に入った。

やると決めたら、とことんやる。高校3年間で体に擦り込まれた、ラグビーって痛くてつらくて、でも、だからこそ楽しいんだっていう信念が2年の時を経て甦った。

午前9時半から練習が始まる週末、9時20分にグラウンドに現れる者が少なくなかった。その惰性と意識の低さを許せなくて「9時にはグラウンドに出てスパイクを履いて、動けるようにしておこうよって呼びかけました。先輩とか関係なく」。準備を全てマネージャーに任せてしまうことにも抵抗感があった。部室には、なぜか古びた畳や壊れた冷蔵庫が放置されていた。「勝手に片づけて掃除しちゃいました。ウザい1年生だって嫌われてもいいやって」

公式戦で仲間を鼓舞する吉富(中央)。ムードメーカーだった

当たり前のことを、当たり前にこなす。一分一秒を大切にラグビーに注いだ同期のキャプテン福原大毅(神奈川・川和)と同様、彼もまた、勝者の心構え、すなわちチャンピオンシップマインドの体現者だった。そのマインドを言語化し、より浸透させたコーチの藤森啓介(36)と過ごした最終学年の終着点が、東農大戦だった。

まさかのシンビン、3点リードで最後の攻防

試合は徐々に、相手が地力を示し始めた。攻守に接点で押し込まれる。そして前半終了間際、ゴール前に詰め寄られ、右から左へと大きく展開される。

タッチライン際。サポートに走る吉富の目の前で仲間のタックルがかわされた。「まさか、抜かれるとは」。予期せぬ事態は重なる。ボールを持つ相手選手が、想定外に小さかった。「肩の下辺りにタックルに入ったつもりが、首に……」。やばい。直感した。案の定、笛が吹かれる。ラフプレーによるシンビン(10分間の一時退場)を食らった。

吉富にとって、生まれて初めてのシンビン。「負けたら、全部、僕のせい」。順風が逆風へと変わる。流れは相手へ相手へと傾いていく。1人少ない10分間は何とか耐えたが、選手層の厚い東農大は次から次へと元気なリザーブ(控え選手)を投入してきた。吉富の「確信」が、揺らぐ。トライを許し、ペナルティーゴールを返し、またトライを奪われて17-14。最後の攻防を迎える。

「4年の意地、意地!」。ラストゲームへの執念を呼び覚まそうとする藤森の声が、ベンチから飛ぶ。「タックルだよ、タックル!」。吉富が後輩たちを鼓舞する。ただ、その振る舞いは熱くても、心の内は冷静だった。「不思議と、疲れは感じなかったんです。感じる余裕がなかったということなのかもしれないけれど」。わずかな綻(ほころび)びが逆転負けにつながってしまう状況を、そう感じていた。無の境地、「ゾーン」に入っていた。

だからなのか、ラストプレーは計算されていた。マイボールのラックから吉富はサイドを突き、またラックをつくる。そうやって時計の針を進め、勝利をたぐり寄せる選択。願いは通じた。ノーサイド。文字通り、彼は跳び上がった。

東農大に競り勝って喜ぶ東京都立大の選手たち

時間とともに、喜びの濃度は悔しさによって薄まった。2部優勝、3部昇格という目標を果たせなかったから。翌日、その悔しさの濃度が、今度は安堵によって薄められた。

チームビルディングの締めくくり。学年の垣根を取っ払い、みんなでこの1年を振り返った。「やっぱり、お前たちを2部に上げてから引退したかった」。ぼそっともらすと、すかさず後輩が言葉をかぶせてきた。「先輩たちは、良いチームをつくってくれたじゃないですか。だから、最後に勝って、学年に関係なく、みんなで泣いて喜べた。それが先輩たちの仕事だったんじゃないですか?」

態度と行動で示した最上級生

あの決戦の前、4年生で唯一のマネージャーだった渡部奈央(秋田南)が円陣で涙ながらに訴えていた。「4年間で一番良い試合を見て引退したい。頑張ってください」。託された4年生の選手たちは結果で応え、勝利の後、サプライズのプレゼントを贈った。それぞれが感謝の言葉をしたためたサインボールと、社会人の定番アイテム、名刺入れ。「名刺でも入れてね」「いや、名刺しか入れられないから」なんて冗談で包みながら。

勝負に対する厳しさ、部活らしいアットホームな雰囲気を両立させたチームを、後輩たちは「良いチーム」だと言ってくれた。肩の荷が、下りた気がした。

劇的な東農大戦勝利の後、記念写真に収まる昨シーズンの4年生たち

留年した吉富はいま、時折、後輩たちの練習に顔を出す。ちょっと不満だ。「仲は良いんだけど、元気が足りない。僕たちが根づかせようとした練習に臨む姿勢、規律みたいなものも、ちょっと緩んでいるのかも」。率直な物言いは期待の裏返し。

苦しんだ春のシーズン。現4年生から相談を受けることも多かった。決まって、こう答えた。「練習でも何でも、4年生が一番声出して頑張れ。それが基本中の基本。後輩は、お前たちの姿を見ているよ」

悩むより先に、行動で示せ。誇らしき先達が築き、受け継ごうとした伝統。

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いよいよラグビーはシーズン本番へ。どこにでもあるごく普通の東京都立大学ラグビー部は1年間という期間で何をめざし、いかに戦うのか。選手だけ、プレーだけにとどまらない、取り組む姿勢の変化を追っています。

【続きはこちら】「4年生と一緒に山を越えたい」下級生のふいの涙

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