ラグビー

連載:東京都立大学ラグビー部物語

「4年生と一緒に山を越えたい」下級生のふいの涙 東京都立大学ラグビー部物語12

両隣の選手を抱えスクラム練習に臨む高尾龍太。スクラムリーダーの3年生(撮影・全て中川文如)

人はそれを、山に登ると言う。

日本ラグビーの夏といえば、菅平。グラウンドが林立する長野の緑深い高原に、年代を問わず多くのチームが集うのは、遥(はる)か昔からの恒例行事。そこでラグビー漬けの数日を過ごし、時に理不尽と紙一重な練習に耐えれば、下山する頃には心も体も一皮むけている。東京都立大学もまた然(しか)り、のはずだった。

コロナ禍の「通い合宿」

案の定、コロナ禍で中止に。ならば代わりにと部員たちが発案したのが、キャンパスへの「通い合宿」(強化練習)。8月19日から5日間、連日、ホームグラウンドで主に午前練習、ウェートトレーニング、午後練習のサイクルを重ねた。普段なら練習は週3日のみ。「きついだろうけど、追い込みます。彼らが決めた道だから」。一般社団法人「スポーツコーチングJapan」で理詰めの戦術を突きつめるコーチの藤森啓介(36)もまた、勝負事は最後、理屈じゃない何モノかで決まることを知っている。

通い合宿の最終日はサプライズから始まった。マネージャーから選手へ、「山」での労苦をねぎらうミサンガのプレゼント。選手の名前やイメージカラーを縫い込んだ約束の紐(ひも)が一人ひとりに贈られた。このチームのアイデンティティーでもある、それぞれの距離を縮めて家族のような集団になるための取り組みは、通い合宿でも変わらない。

マネージャー手作りのミサンガを手に笑顔を見せる3年生の部員たち

ただ、その後に選手たちを待っていたのは、藤森の言葉通り、個々が自らと向き合う厳しい時間だった。

「自分にチャレンジしなきゃ。まだまだ甘いよ」。藤森が笑顔で飛ばす指示の中身は、笑えない。体と体をぶつけ合うコンタクトとダッシュを繰り返しながら、的確な判断を迫られる場面の連続が練習で設定される。「もっと周りに要求しよう。要求しないと、良い条件でボールはもらえない。それが、みんなの課題」。要求するためには、疲れていても頭の中をクリアに保たなければならない。だから、しんどい。

ハードな練習が続いた「通い合宿」。選手たちの表情も研ぎ澄まされていた

「コミュニケーション、もっと取ろう。練習のゴール(目的)を常に頭に置いて」。藤森の問いかけに率先して反応するのは、やっぱり4年生だ。どちらかといえば物静か、どちらかといえばおとなしい自分たちを変えようと、春のシーズンから意識改革を試みている。そこに、小柄でもがっちりした体つきの3年生が続いていた。上級生も下級生も関係なくこまめに声をかけ、容赦ないコンタクトで空気を引き締める。

システム工学科のスクラムリーダー

スクラムの中心、フッカーを担う高尾龍太。父も大学でラグビーに打ち込んだ。物心つく頃から楕円(だえん)球に親しみ、大阪・堺ラグビースクールで小学6年生の時に全国大会3位、中学3年生の時に関西4位。全国に名の知れた強豪私立高校の練習見学に出向いた。

それでも進学先に決めたのは、府立の高津高校だった。勉強でも高いレベルをめざせると感じたから。「将来、ラグビーで食べていけるイメージが湧かなかったんです」。一浪して東京都立大のシステムデザイン学部機械システム工学科へ。小中高と、怪我(けが)して試合に出られなくなる仲間の悔しい顔を何度も見てきた。「怪我や障害でスポーツを楽しめない人の役に立ちたい。人工関節や義手、義足の研究、スポーツ医学みたいな学問に興味を持ったんです」。志に合致する学舎が、ここだった。一度は他の部活になびきそうになるくらい、もう、ラグビーは二の次のはずだった。

ラインアウトのスローを練習する高尾。スクラムと同様、フッカーの重要な役割だ

ただ、慣れ親しんだ楕円球の魅力は高尾を離さなかった。新歓から面倒を見てくれた先輩たちに、自然と情が深まった。1年生の時の2年生、2年生の時の3年生、3年生になると4年生。当たり前だけど、どの代の先輩より長い時間をともに過ごす4年生を、勝って送り出したい気持ちが日に日に増してきた。ミサンガのプレゼントに象徴されるチームビルディングで培われた、学年を超えた一体感があるからなおさら。最高学年となった4年生の顔つき、態度の変化が伝わってくるから、なおさら。「大学の部活って高校までと違って、何を決めるにも部員の判断が重視される。4年生が背負う責任は大きい。発言しなきゃならない機会も嫌でも増える。大変ですよね」。最も身近な学年の一人として、支えたい。4年生の意図を1、2年生に伝え、上と下のつなぎ役になりたいと思うようになった。

「心理的安全性」でつなぐ

そのために意識しているのが「心理的安全性」なのだという。組織の誰もが萎縮などせず、自然体で振る舞える雰囲気のこと。藤森によって落とし込まれた、近年の企業でも重視される考え方だ。周囲への声のかけ方を、高尾は変えた。高校3年でキャプテンを任されていた時は「ついつい、きつい物言いになっていた」。それがいまは「できるだけプラスの部分に目を向け、盛り上げるように」

例えばタックルミスが起きたとする。ただ「ちゃんとやれよ」と怒鳴るだけでは、次のミスを怖がるだけだ。「ポジショニングは良かったよ」とか、少しでも前向きになれる要素を探し、それから課題を指摘する。「『積極的なミスは許容して、チャレンジし続けられる環境をつくろう』という藤森さんの言葉が印象に残ってるんです。チーム全員で、その環境を築きたい。4年生だけに任せるんじゃなくて」

練習試合で泣くなんて

「つらい練習を、山を、みんなで越えることができたなら、これ以上ない財産になる」という4年生の願いに共感しながら踏ん張った通い合宿。一つのターゲットが、一橋大学との練習試合だった。高尾の感情があふれ出る瞬間があった。

東京都立大が勝った記憶のない相手。試合前、4年生のキャプテン谷村誠悟(東京・青山)は「オレたちのチームで歴史を塗り替えたい」と訴えた。「すごく、気持ちが入っている」。高尾のギアも一段上がった。試合は19-12と厘差のリードを保って終盤へ。自陣ゴール前で招いた相手ボールのスクラム。ピンチは見せ場だ。FW8人が高尾を軸に一つの塊となって、プレッシャーをかけ、反則を誘った。

激しいコンタクト。疲労が蓄積してからの精度が、試合では問われる

「うぉー」、「よっしゃー」。スクラムの中心で、高尾は叫んだ。力を尽くして相手を上回れた充実感、さらに仲間を奮い立たせて勝ちきりたいとの意思が詰まった叫び。気迫は通じ、逃げきれた。すると今度、高尾は泣いた。4年生より先に。

元々、泣き上戸。「でも、練習試合で泣くなんて……。自分で自分に驚きました。勝ったことのない相手に、4年生と一緒に勝てて、嬉(うれ)しくて」

10月開幕の関東リーグ戦を前に、チームに宿る熱はひたひたと高まっていく。高尾の涙は、その表れでもある。部員投票で、彼は通い合宿のMVPの一人に選ばれた。

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関東大学リーグ戦3部に所属する東京都立大学ラグビー部。彼らは何をめざし、いかに戦うのか。1年間を通じ、選手だけ、プレーだけにとどまらない、取り組む姿勢の変化を追っています。

【続きはこちら】最後は先発から外れても オールドルーキーの覚悟

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