そのプレー、根拠はある? その練習にゴールはある? 東京都立大学ラグビー部物語6
東京都立大学ラグビー部の面々にすれば、1mmの違和感も覚えない光景。ただ、他のチームの選手が見たら、そして体験したら、どんなに不思議に思うだろうか。コーチが指示を出さない。いや、厳密に言えば指示は出している。その指示が、ああしろ、こうしろって命令じゃないのだ。
問いかける理由
なぜ、そうしたの? 決まって、そんな問いかけから始まる。
例えば、攻撃4人で防御3人を突破する練習。どうにも攻撃側がリズムに乗れない。でも、コーチの藤森啓介(36)は、すぐには答えを与えない。ひたすら、質問を投げかける。
「この練習のゴールは何だっけ?」
ハッと気づいた選手が即応する。
「トライを取ること!」
「そのために、何が足りない?」「スピード」「なぜ、足りないんだろう?」「パスが後ろに流れているから」「じゃあ、どうすればいい?」「フラット(真横)に投げる」
「そうだよね。自分のプレーに、ちゃんと根拠を持とう」。藤森が念を押すと、選手の動きが途端に躍動感を帯びた。
根拠。その言葉を、藤森は強調する。
「しっかりとした判断基準を持って、そのプレーを選手が選択したのかどうか。何となく、のプレーがうまくハマったとしても、そこに再現性はない。何となくやっただけだから、もう一度、そのプレーをうまく決めることはできない。でも、根拠に基づいたプレーには再現性が生まれる。『こうしよう』という明確な判断、意思によって実現されたプレーだから、試合でも再現することが可能になるんです」
再現性。偶発ではなく、理詰め。だから意図的にそのプレーを繰り返せるし、状況に即した応用も利く。そのための根拠を頭ごなしに教えるのではなく、問いを立て、選手たちに考えさせて、答えさせる。そうやってアウトプットさせるように導くのが藤森流だ。
「教師1人が学生数十人に対してしゃべりっぱなし。そんな講義形式の授業は、学習定着率が5%に過ぎないというデータがある。コーチが一方的に教えるだけだと、その衝撃的な現象がフィールドでも起きてしまう。インプットよりアウトプットの方が、学んだことが頭に残る」
高校、大学と藤森がどっぷり浸った早稲田ラグビーには、元々、選手が自ら考える土壌があった。そして一般社団法人「スポーツコーチングJapan」で指導法を研究する藤森は、いま、四つの手法を使い分けながら教え子たちにアウトプットを促している。
tell(指示する)、show(見せる)
ask(問いかける)、delegate(委ねる)
「前者の二つは、いわゆるティーチング寄り。後者の二つは、コーチング寄り。選手に委ねて『教えない』という指導が最終的には理想なのだけれど、コーチングだけで選手は育たない。会社だって、新入社員にいきなり『自由に働け』とは言わないでしょう。ティーチングによって知識を授けることも、時には必要。大事なのは、その時、その時で必要なサポートの見極め」
東京都立大学で指導を始めた2020年春。「最初の1カ月間は、僕が徹底的に練習をマネジメントした。僕のスタイルはこうだ、というのをきめ細かく提示(show)して」。コロナ禍で自粛を強いられると、今度はオンラインで徹底的に理論を仕込んだ。ここまでがティーチング。練習が再開される。藤森が授けた技術や戦術を、選手が血肉と変えるにつれ、徐々に徐々に、練習はコーチングの色が濃くなった。結果、冒頭で触れた即興のような問答が、自然と交わされるようになる。藤森が問いかけて(ask)、選手がインスパイアされ、成長の階段を上ろうとしているのが、いまのチームだ。
意識する3点セット
練習を組み立てるうえで、もう一つ、藤森が意識していることがある。オープニング、ボディー、クロージングの3点セット。
オープニング。練習メニューの目的、すなわち「ゴール」を示すこと。「ただ、ラインアタックをやろう、ハンドリングのドリルをやろう、ではダメ。その練習によって何を達成したいの? トライを取ることだよね、と。そのゴールがぶれないように導けなければ、練習の効果は薄くなる」
ボディーは、中身。肝は、キーワードの設定なのだという。「4対3も、練習でつくり出す状況によって様々。防御役のインサイドショルダー(内側の肩)に仕掛けて相手を引きつけることを重視するのか、味方同士のポジショニングを意識させるのか、パスの角度なのか。それ次第で、設定するキーワードは違う」。同じように見える練習も、さじ加減一つで千変万化する。
最後、クロージング。練習の振り返り。反省ではなく、振り返り。「反省という言葉を使うと、みんながみんな、うまくできなかった点を指摘するだけで雰囲気が悪くなる。良かったプレーをほめて、課題を確認し、次に進む。good、bad、nextという順番が大切」
もちろん、インプットではなくアウトプットで振り返る。東京都立大学の場合、キャプテン谷村誠悟(21)の発する一言が合図だ。「じゃ、3人で」。すると選手が3人ずつ輪になって、good、bad、nextの会話でキャッチボール。この間、90秒。続いて全員で一つの輪となって総括だ。練習のゴールは何だったのか、そのゴールにどこまで近づけたのか。「最初はクロージングも僕が全てを進行していたけれど、いまは最後の確認くらい。大部分を主将に委ねています(delegate)」
「選手が理解できなければ、コーチの責任」
一つのメニューにかける時間の流れを、藤森は綿密に計算してコントロールする。オープニングに1分、ボディーの途中で問いかけるのに1分……。ビジネスに例えれば、まさに選手に対するコーチのプレゼンテーションと言っていい。
「コーチも試されている。選手が理解できなければ、それはコーチの責任。選手を怒るって、実は、選手に理解させることができなかった自分自身に怒っているのと同じなんです。コーチは学び続けなければならない。選手に『学べ、学べ』って繰り返す張本人が学ばないなんて、あり得ない」
だから、折に触れ、藤森は選手とマネージャーからアンケートを取っている。自らの指導の良かった点、悪かった点を率直に挙げてもらうためだ。「自分のことって、自分では把握できない部分も多い。アンケートでフィードバックをもらって、自己認識につなげています」
理論立てて中身を整理している藤森の練習も、受け取る選手側にすれば、オープニングやゴール設定が曖昧に映ったりするのだという。フィードバックでわかったことだ。「自分の欠点を知る作業なんて、できれば避けて通りたい。痛みを伴うから。でも、それがないと、指導者として進歩できない」
選手が学び、コーチも学ぶ。その循環が、東京都立大学のエンジン。
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関東大学リーグ戦3部に所属する東京都立大学ラグビー部。彼らは何をめざし、いかに戦うのか。選手だけ、プレーだけにとどまらない、取り組む姿勢の変化を追います。