最終戦、あの逆転負けのデジャブが……東京都立大学ラグビー部物語20
2021年の東京都立大学ラグビー部、最後の2日間の幕が上がった。11月27日、最終戦を控えた最後の練習。「いまから26時間後、最終戦のウォーミングアップが始まるんだって意識しよう。そして、楽しもう」。キャプテンのロック谷村誠悟(4年、青山)が円陣で呼びかける。開幕前後の余計な力みは、もう抜けている。
最後の練習、たどり着いた境地
ゴールから逆算して物事を組み立てる。それは、一般社団法人「スポーツコーチングJapan」で最先端の指導法を追求するコーチの藤森啓介(36)が、2年間かけて落とし込んできた、限られた戦力で勝利にたどり着くための思考でもある。
最後のチームビルディング。心のつながりを濃密にするため、どんな時も切らさずバトンをつないできた取り組み。この日は選手もマネージャーも一緒になって、楕円(だえん)球を背面キャッチしたり、ひざとひざで挟んで捕ったり。パスをつなげた回数を競いながら、珍プレーに笑顔が咲く。そうやって、それぞれの立場の間にある目に見えない壁、学年の壁を部員たちは溶かしてきた。
実戦形式のメニューでミスが起きる。CTB青木紳悟(川和)がすかさず叫んだ。シーズンが深まり、急速に自覚を高めた3年生。
「誰かがいない、行け、じゃなくて、オレが行く。そういう指示を出そうよ」
このチームがつかみたくて、つかみきれずにいたチャンピオンシップマインドが凝縮された一言だった。
関東大学リーグ戦3部優勝、2部昇格。掲げた目標はいきなりの2連敗で潰えた。何より足りなかったのが、チャンピオンシップマインドだった。勝つために全てを振る舞う心構えのこと。例えば目の前にボールが転がっていたら、他人任せにせず自らセービングに飛び込む。ピンチでも我慢して我慢して、決して反則に逃げない。「その時は、やっているつもりではいたんです。でも、いま振り返れば、やっぱり甘かった。自分自身も」。谷村の一番の後悔だった。
気がつけば、そのマインドを、ようやく手にしていた。選ばれた23人のメンバーに、公式戦用ジャージーが授けられる。全員が横一列になって、ゆっくり走りながらボールを回すランパスが仕上げ。もちろん、マネージャーも交ざる。「え、私たちも?」。まだ空気に慣れない「1マネ」(1年生マネージャー)を「4マネ」が手招き。おいで、おいで!
ゴールラインを越えると、4マネ4人が見よう見まねのモールを組み、トライを決めた。みんなの笑顔で始まった練習は、みんなの笑顔で締めくくられた。
最後の相手は3連敗中の東工大
一夜明けて11月28日、リーグ戦3部5、6位決定戦。相手は東京工業大学。チームが3部に昇格した3年前から3度戦い、3度とも敗れていた。越えられない壁。4度目の正直、今度こそ。
何度も円陣を組み、代わる代わる、熱の宿った言葉が連なる。1年生の時からエース格としてバックスを引っ張り、東工大にはね返されてきたSO根立耕直(4年、川越)の決意。「東工大に勝ちたい、今度こそ。勝ってラグビー人生を終えたい」。泣き上戸の金指英里花(4年、明星)は、また試合前から泣いていた。「いま、すごく、この部活を引退したくない」
アップを仕切ったのは、2週間前に続いて藤森だった。初勝利を挙げた国際武道大学戦と同様、スーツ姿でパスを送る。彼なりの熱の届け方、嫌でも選手は高ぶる。先発選手から控え選手へ、覚悟が伝えられる。「お前の分まで、頑張るから」
最後、笑顔で終わりたい。残された目標に向け、やるべきことはやりきった。「この80分間、胸に刻もう」。藤森のラストメッセージ。さあ、キックオフ。
14点リードして折り返し
前半は理想的な展開だった。4分、司令塔の根立が仕掛ける。右へ右へと攻撃を重ね、東工大のディフェンス網がさらに右へと偏った瞬間を見逃さなかった。事前に定めていた攻め手とは違ったが、「そういう癖が相手にあるのは分析できていた」。とっさの判断、虚を突く左に走り込んでパスを受け、先制トライを挙げる。
型を練り込んでおいて、本番になれば臨機応変にその型を破る。いわば守破離のプレーもまた、このチームが追い求めてきたものだった。
攻勢は続く。8分、揺さぶりから谷村がラックサイドを突いて2本目のトライ。22分には得意のラインアウトモールから3本目。21-7とリードして、前半終了が近づく。
その時、最初の試練は訪れた。
東工大がエンジンを吹かし、辛抱の時間帯がやって来た。痛恨の黒星を喫し、目標達成が完全消滅した玉川大学戦と同じだ。あの時は耐えきれず反則を犯した。6点差に詰め寄られ、後半を迎えた。それが、ラストプレーの逆転負けの伏線にもなっていた。
「玉川大戦を思い出そう」の声。失敗は繰り返さなかった。ボールを奪うと、丁寧にラックを構築して時間を使った。レフェリーの時計が40分を過ぎたことを確認し、ボールを蹴り出した。14点差を保ち、試合を折り返した。
それでも、後半も試練、試練。地力に勝る東工大のバックス展開、FW突破が勢いを増す。負傷交代が相次ぐ都立大。22分、お株を奪われるようにラインアウトモールでトライとゴールを返され、7点差。その1分後にはラフプレーで一時退場者(シンビン)を出してしまう。
ゴール前に釘づけにされ、残り5分。またしても、玉川大戦の逆転負けがみんなの頭をよぎる。密集から力ずくでボールをインゴールにねじ込もうとする東工大。その相手の体とボールの下へ、自らの体を潜らせてトライを防ごうとする都立大。
託されたFB、どこかおかしい
レフェリーの笛が鳴った。コロナ禍が落ち着き、やっと観客を迎え入れられたグラウンドが静まりかえった。
トライ、ならず。加えて、東工大が反則。都立大、全員で体を張ってタッチキックをもぎ取った。このキックをラインの外に出してゲームを切れば、自陣から脱出できる。あとは前半のように、確実に時計の針を進めればいい。
ボールを託されたのは、チーム随一のキック力を誇るFB(フルバック)松本岳人(4年、所沢北)だった。前半は絶好調。ただ、後半はリズムが狂っていた。簡単なPG(ペナルティーゴール)を外し、簡単な相手キックをノックオン。自覚する欠点は、プレーの波。
どこか、おかしい。最後の砦(とりで)と呼ばれる背番号15のメンタルの揺らぎは、周りに伝わっていた。「冷静に」「確実で、いいよ」。そんな仲間のエールを受け取り、松本が左足を振り抜いた。
ボールの行方。やっぱり、おかしい。玉川大戦のデジャブ。また、みんなの脳裏にフラッシュバックする。