マネージャーの在り方、それは最後の「ありがとう」に…東京都立大学ラグビー部物語8
何となく体育会に憧れたから。新歓のバーベキューが楽しかったから。ガチな選手たちが格好よく見えたから。同じ学科の先輩がいて頼れそうだったから。
東京都立大学ラグビー部のマネージャーになる理由、人それぞれだ。
でも、この部で時間を過ごすうち、マネージャーたちの目標は一つになる。
チームを勝たせることのできるマネージャーになりたい。
この部で、マネージャーと選手の間に「壁」はない。無駄な上下関係もない。
練習の最初に欠かさないレクリエーション「チームビルディング」へ、選手に交ざって必ず加わる。試合前の円陣にも、必ず加わる。時に、選手を鼓舞するスピーチを求められる。歴代の彼女たちは、心から叫んできた。
「みんなが勝つ姿が見たい!」
「みんなの格好良い姿が見たい!」と。
そんな時間を過ごすうち、自然と、考えるようになる。
私たち、試合には出られない。プレーで貢献することはできない。でも、できることは、必ずあるはず。
直接的に勝利へとつながる仕事や役割があるわけではないけれど、チームの一員として、勝つためにできることが。
そうやって、それぞれの「チームを勝たせるためにできる何か」を見つけて、卒業していく。
リアリストの心残り
2023年度のマネージャー10人のリーダー「マネ長」にして唯一の4年生、八木幸音(新宿)はリアリストだ。
「けがの応急処置をしっかりして、回復を遅らせないようにする。選手のリクエスト通りに練習映像、試合映像を撮影してフィードバックして、レベルアップに役立ててもらう。勝つために私たちができることって、そういうこと。ものすごく、現実的ですけど」
マネージャー道を究めたくて、この部に八木は入った。
もともと、スポーツは大好きだ。でも、決して得意な方じゃない。新宿高時代、先生に頼み込んで、バドミントン部史上初の専任マネージャーになった。大好きなスポーツに、ぐっと近くで関わりたかった。
練習時間を計ったり、シャトルを投げる役を買って出たり、スポーツドリンクをつくったり。先例がないから手探りだったけど、思いつく仕事は全てやったつもりだった。
でも、いつもどこか、不完全燃焼のような感覚だった。もっと、できることがあったんじゃないかって。
心残りを抱えたまま都立大に進んだ。もう一度、マネージャーをやってみたくなった。
やりがいが、ここにある
道を究める理想的な場所が、ラグビー部だった。
「マネージャーの責任が大きくて、マネージャーという存在が大切にされている。そういう部なんだって感じたんです」
八木が1年生だった2020年度は、コロナ禍の影響が最も厳しかった年だ。活動期間は限られた。マネージャーこそ大切な戦力と考えるプロコーチ藤森啓介(38)も、まだ就任したばかりだった。
でも、マネージャーと選手を区別しない空気はもう、部に広がりつつあった。その空気を、八木は感じた。
最初にやりがいに浸ることができたのは、練習中。倒れた選手のもとに駆け寄って水を渡すと、「ありがとう」って、言ってくれた。「たった一言なんだけど、その一言が、とってもうれしくて」
やがて、道を究めたい八木の意識はグラウンドの外にも広がっていく。
待ってくれる人がいるから
地域への感謝と恩返し。そんな気持ちを込めて、都立大ラグビー部は毎年、子ども向け競技体験会を開催してきた。コロナ禍の2020年度は一度もできなかった。翌年、2年生になった八木は、どうしても体験会を復活させたくなった。
「もちろん、勝利のために努力する。でも、それだけじゃない。試合に勝つだけじゃ得られない何かを、見つけられるような部でありたい。マネージャーとして、その役に立ちたい。決して強いチームじゃない私たちにとって、それも部活の貴い価値だと思うんです」
「早稲田とか明治とか慶応なら、勝つことで地元の方たちが応援してくれる。でも、私たちはそうじゃない。コロナ禍、ラグビーに打ち込むことができている感謝と恩返しを、もっと違った形で地域のみなさんに示す責任があるんじゃないかって」
ずっと、街づくりに興味があった。都市環境学部都市基盤環境学科に属する八木の専攻は、街のサステイナビリティー。ハードとソフトの両面から地域の持続可能性を追求する学びが、そんな八木の視座を導いてもいた。
どうせやるなら、一人でも多くの子どもに参加してほしい。そして全てを自分たちでやりきることにこだわったから、道のりは楽じゃなかった。先輩の助けを借りながら、クラウドファンディングで35万円の資金を募った。裏方の中心として、場所と日程を確保するために近隣の施設を奔走した。ポスターを作って配った。開催直前にオミクロン株が流行して、ギリギリまで中止が頭をよぎった。でも、最後は「決行」で部がまとまった。
「支えてくれた方たちがいた。楽しみに待ってくれている子どもたちがいた」から。
2022年2月6日。都立大の地元、八王子市の富士森公園。「ラグビーパーク」と銘打った体験会に、40人ほどの子どもたちが集まった。先生役は、もちろん都立大ラグビー部の部員たちだ。
ラインアウト体験、ステップを教えての抜き合い、楕円(だえん)球を使った鬼ごっこ……。笑顔と歓声とともに、あっというまに2時間半が過ぎ去った。
ミッションコンプリートを果たした八木。ある保護者から、声をかけられた。
「ありがとう。次、開催する時も、絶対に連絡してくださいね」
その声が、初めて選手が伝えてくれた「ありがとう」と重なった。
最後の「ありがとう」の先に…
一度途絶えて復活した体験会は、その後も続いている。昨年度は保育園で2回、今年度もすでに1回。
そのたびに、心のこもった「ありがとう」が積み重なっていく。
「『ありがとう』って、押しつけるものでも、押しつけられるものでもない。だからこそ、そう言ってもらえた時、すごく、うれしいんだと思います。選手からの『ありがとう』も、そう。試合で苦しくなった時、私たちマネージャーの存在が、ほんのちょっとでいいから選手たちの頭の片隅にあったなら、うれしいなって」
4年生として過ごすラストシーズンが終わったら、どんな「ありがとう」が待っているだろう。
チームが勝つために、マネージャーとして何ができるだろうか。
リアリズムを超えて、何か、できるだろうか。
最後の「ありがとう」に、その答えがあるような気がしている。
東京都立大学ラグビー部にとって欠かせない存在のマネージャー。彼女たちの話を、もう少し続けます。次回は9月15日公開予定です。