無口でクール、でも熱いヤツに結集した同期のキモチ 東京都立大学ラグビー部物語5
東京都立大学ラグビー部の坂元優太(福岡・香住丘)は2度目の4年生の日々を過ごしている。「今度こそ、勉強は大丈夫です」。今季の肩書は、コーチ兼選手。力点を置くのは、指導の方だ。
「やっぱり、後輩たちに試合に出てほしい。僕は最後、ちょっと手助けするくらいでいいんです」
ラグビーどころ福岡で育ち、11歳の頃から楕円(だえん)球に親しんだ。都立大では2年生でレギュラーに。試合を組み立てるスクラムハーフ(SH)として、スタンドオフ(SO)として、バックスの中心を担ってきた。
2022年10月30日は、忘れられない一日になった。
初めて、ピッチの外からミエナイチカラを体感した一日だった。
ノーアウト満塁の大ピンチ
関東大学リーグ戦3部の千葉商科大学戦。1勝3敗の都立大は崖っぷちに立たされていた。また負けてしまえば、8チーム中7位以下に課せられる4部上位との入れ替え戦出場が濃厚になる。
けが明けの坂元は珍しくベンチスタートだった。
試合は取って取られてのシーソーゲーム。後半33分、ようやく36-28とリードした。1トライ1ゴールの7点では追いつかれない、8点差。ほんのちょっと、安心できる点差だ。
だがしかし、39分にその1トライ1ゴールを返されてしまう。36-35、1点差。続くキックオフ、自陣奥深くまで攻め込まれた。ゴールラインまで10メートルほど、相手ボールのラインアウト。
おそらく、ラストプレー。これ、大ピンチだ。ラインアウトからモールをつくって押し込むのは現代ラグビー鉄板のトライパターン。野球に例えるならノーアウト満塁、サッカーならゴール前でフリーの相手エースにパスが渡っちゃうくらいの大ピンチだ。
あとは、決めるだけ。
そう、都立大にすれば、あとは決められてしまうだけ……。
それでもベンチで見守る坂元の胸に、なぜか確信めいた予感があった。「大丈夫」と。
視線の先には、同期のナンバー8阿部直樹(山口)がいた。
熱く語った「勝とう」
ラインアウトでボールをキャッチするジャンパー役として、都立大を支えてきた。千葉商科大FWの小さな動きも見逃すまいと、冷静に観察していた。相手スローワーがボールを投げ入れる。絶妙なタイミングで絶妙な空間へとジャンプ一番、クリーンキャッチしたのは、なんと阿部だった。
そこに至るまでの数々のラインアウトでもやはり、相手を観察していた。細やかな準備あってこその、ボール奪取。おぉっ。見る者がどよめく。
予感的中の坂元は、こうも感じた。
これ、ミエナイチカラだな、と。
無口でクールな仕事人。部員たちの一致する阿部評だ。そんな阿部が熱い内面を見せた時のことを、坂元も他の同期も覚えている。いつのことだか忘れたけれど、仲間の絆を深めるレクリエーション「チームビルディング」で阿部がスピーチする機会があった。「次、みんなで絶対に勝とう」。熱く語っていた。驚いた。
アイツなら、絶対にやってくれるはず。アイツなら、ミエナイチカラをカタチにしてくれるはず。熱い胸の内を知っていたから、坂元は信じていた。
チームのために、仲間のために、ピッチに立つ15人は戦う。控え選手たちは、マネージャーたちは、15人がピッチで輝けるように気持ちを送る。そんなたくさんの心が一つに結集した時、奇跡のようなプレーが生まれる、奇跡のようなシナリオが描かれる。それが、ミエナイチカラ。
ずっと気持ちを送られる側だった坂元が、送る側に回ってリアルに体感したミエナイチカラだった。阿部が奪い取ったボールは、みんなで奪い取ったボールだ。FWが体を張ってキープして、バックスが外に蹴り出した。ノーサイドの笛が響いた。
半泣きだったマネージャーたちの顔も晴れた。1点差で、逃げきった。
「みんな変わった。僕も変われた」
秋の終わりを惜しむような日差しは、夕暮れ時を迎えても、強いままだった。影が伸びる。選手もマネージャーも学年も関係なく、薄氷の勝利の感想戦に花が咲く。
2022年の4年生、選手10人、マネージャー3人。自分たちのスキルアップを犠牲にして目線を下げて、初心者を受け入れて、選手不足だった部の存続危機を脱した最上級生たちだ。きっと、下級生たちの心もミエナイうちに重なり合っていた。
阿部だけじゃない。アイツ、こんなこと考えてたんだ。コイツ、思いやりあるんだな。お題設定トークや鬼ごっこ的な遊びを通じて仲間たちの意外な一面に触れることができるのが、チームビルディングの良さだと坂元は思う。そうやって、いろんな面を知れば知るほど、互いの理解が深まっていく。
「そういうチームビルディングを通じて、もっともっとチームのために頑張らなきゃって、僕たちは変わっていくことができた。そもそも、ラグビーと出会って、僕は変われたんです。あまり外で遊ぶこともない暗い性格だった僕が、ラグビーを始めて、仲間ができて、熱くなれたり、負けて泣いたり。こんな感情を大学生になっても味わうことができる。いいですよね」
変われる、すなわち成長できる。それが、ラグビーの、スポーツの素晴らしさなんだって思う。
「4年の意地」見せる時が来た
さあ、シーズンは残り2試合になった。あと一つ勝てば、3部残留は確定する。続く千葉大学戦はホームグラウンドでの最終戦だった。ここで、決めたい。
2022年11月13日。冬の足音が近づく、静かに空気を冷やす曇り空に覆われた一日だった。
その天気を超えて冬を先取りするような試合展開をたどってしまった。
前半を終えて7-7。勝負は後半だ。なのに都立大のエンジンはかからないまま。14-24、ダブルスコアまで突き放された。残り、5分。
限られた戦力を最大化させてチームを導いてきたコーチの藤森啓介(38)は、勝利をあきらめかけた。
選手たちは、あきらめなかった。
キャプテンとして、勝てない時期の責任を背負い込んできたセンター(CTB)青木紳悟(神奈川・川和)。「この試合前の1週間、みんなが声を出して雰囲気を盛り上げてくれた。僕だけじゃないんだって、思えるようになった」
副キャプテンのフッカー高尾龍太(大阪・高津)。「FWは負けてないって手応えがあった。誰ともなく『FWから行こうよ』ってポジティブな雰囲気があったんです」
そのFWの推進力にしてスクラムの支柱、プロップ浅井慧太(島根・石見智翠館)。「しんどかったけど、4年生の意地っていうのがありました」
都立大で過ごした4年間が、彼らを変えていた。
そう、成長していた。
再び、ミエナイチカラが発動する。
再び発動するミエナイチカラ。今度は、どんな結末が待っているのでしょうか。どこにでもあるような、ごく普通の体育会、東京都立大学ラグビー部の2022年を締めくくる次回は8月4日公開予定です。