宇都宮ブレックスのキャプテン・田臥勇太選手 ©︎TOCHIGI BREX INC.

田臥勇太インタビュー NBAで学んだ社会貢献を宇都宮でも実現する

2021.2.28

日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太が所属する宇都宮ブレックスは、B.LEAGUE各チームのなかでも特に地域貢献・社会貢献への意識が高いチームだ。クラブ発足から13年で4000回以上の地域貢献活動という数字がその思いを物語っている。今回はその思いを探るべく、キャプテンの田臥勇太にインタビュー。NBA時代に感じた社会貢献の意義から、チームの地元への思いまで聞いた。

宇都宮ブレックスはコート内外でファンを惹きつける

ルーズボールやリバウンドに泥臭く飛びつくこと。どれだけ点差が離れたゲームでもあきらめないこと。個の力でなくチームで戦うこと。華やかさがクローズアップされがちなプロスポーツ界において、宇都宮ブレックスが重要視するものは一見すると目につきにくい。しかし、「ブレックスメンタリティ」と称されるこれらのチームコンセプトは、多くのファンの心をとらえ、ライバルたちすらもが一目置く、非常に強い力の源となっている。

ブレックスメンタリティが発揮される場所は、何もコートの中だけではない……。昨年11月、それを象徴するリリースがクラブより発表された。

「ブレックスの地域貢献活動が、チーム創設以来4000回となりました」

2007年のクラブ発足から13年。単純計算でならせば、ブレックスは1年で300回……つまりほぼ毎日のように、何かしらの貢献活動を実施していることになる。本件が大々的に取り上げられることはなかったが、日本バスケットボール界が誇るべき金字塔である。

コートサイドでファンと恒例のハイタッチ(2018-19シーズン) ©B.LEAGUE

「プレーで言えば、ルーズボールやリバウンドを大切にすること。地域貢献で言えば、県内各地への訪問やチラシの街中への配布など、おざなりになりがちなことを欠かさない。華やかなプレーや施策ももちろん必要ですが、それよりも地道で泥臭い活動を大切にすることが、ブレックスらしさだと考えています」。宇都宮ブレックスの代表取締役社長・藤本光正は、地域貢献活動がプレーと同等にブレックスのカルチャーを表現するものだと説明する。

ブレックスの地域貢献活動は、地域イベントの参加、バスケ教室、講演、啓発活動のPRなど多岐にわたる。BREX SMILE ACTIONと名付けられた貢献活動では、「子どもと地域のコミュニティ創出」「環境保全」「医療・福祉の普及啓発」「子ども医療センター訪問」など地域と力をあわせた貢献活動をおこなっている。この中で半分以上を占めるのが選手、チアリーダー、マスコットのイベント参加。日本人初のNBAロースター入りを果たし、クラブに加入した2008年から常にフランチャイズプレーヤーであり続ける田臥勇太も、もちろん例外なく活動に参加している。

「小中学校を訪問してあいさつ運動をしたり、おじいちゃんおばあちゃんたちと一緒に運動をしたり、挙げればきりがないくらいいろんな活動をさせてもらっています。つい最近、飲食店のアルバイトさんに『昔学校に来てくださってありがとうございました』って声をかけていただいたんです。過去の活動がこんなふうにつながってるんだなって、改めて嬉(うれ)しく思いました」

「若い選手たちも貢献活動の大切さに気づいてくれるのがうれしい」と話す ©︎TOCHIGI BREX INC.

田臥勇太がアメリカで学んだ社会貢献

2003年から2008年にかけて、田臥はアメリカを拠点とし、NBAやマイナーリーグでプレー。アメリカのプロスポーツ界は当時から社会貢献に対する意識が高く、田臥も他の選手たちと共にさまざまな取り組みを経験した。病院で子どもたちと触れ合ったり、貧しい家庭の引っ越しを手伝ったり。ファストフード店の店員に変装して、訪れた客に試合のチケットをプレゼントしたこともあるという。

「幼少期に大変な経験をした選手が多いからか、アメリカの選手たちは『自分の持っているものを社会に還元するのは当たり前』という精神を持っていました。リーグやチームが率先してこれらの活動を主導し、選手が積極的に取り組む姿勢を見て、アスリートに大切なのはこういうことなんだと学びましたね」

「僕らは、ファンに支えられている」

2011年、東日本大震災の影響は栃木県全域にも大きな被害を及ぼした。クラブが提案した支援活動に対し、真っ先に賛同したのが田臥だったという。「農作物の安全性を訴えるポスターのモデルになったり、県内の体育館に避難されてきた福島の方々を訪問したり……。慣れない避難所生活のストレスを少しでも軽減できるようにと、子どもたちとかけっこもしてくれました」(藤本)。バスケットボール大国で得た大切な気づきを、田臥は自らの行動をもってブレックスに伝えたのだ。

台風19号の際は、試合直後に被災地支援の募金活動も実施 ©︎TOCHIGI BREX INC.

気づけば、選手としては最長となるクラブ在籍13シーズン目。「13年もいるのにまだまだ新しい発見ばかり」と栃木の魅力を話し、「(名産の)いちごはやっぱり美味しいですね。東京とかで買うよりすごく安いし」と頬をゆるませる田臥は、10年超にわたるブレックスとの歩みの中で、これらの活動がクラブに確かな力を与えていることを実感している。

「地域の方と触れ合い、つながることで、ブレックスは年々地域に根づいていっていると思います。先ほど話したアルバイトさんの話もそうですし、ジムに行けば試合結果について声をかけられます。町中のポスターの数もどんどん増えていっています。特に今、コロナ禍の状況でバスケをさせてもらっていることで、改めて地域の方やファンの方々に支えられていることを強く感じていますし、僕たち選手もスタッフも、地域に貢献したいという思いはいっそう増しています」

子どもたちとのつながりも、大切なアクションだ ©︎TOCHIGI BREX INC.

スポーツの力で「子どもたちに夢を」

「クラブが創設した当時からB.LEAGUEとなった現在を比べると、1シーズンの試合数は倍近くまで増加した。選手たちは過密スケジュールで戦う中でも地域貢献活動を大事にしてきたが、新型コロナウイルス感染拡大によって地域の人々と触れ合える機会は激減した。困難な状況でも、ブレックスはYouTubeでのライブ配信やアプリを活用するなどして、クラブと地域との新しいつながり方を模索している。田臥も、限られた時間の中で、自らができることを果たしたいという思いは強い。

「多くの子どもたちに夢や希望を与えられるきっかけになるし、地域の方たちと力を合わせてつながり合うこともできる。スポーツが持つ力って本当に大きいんです。バスケで元気を与えるのはもちろんですが、バスケ以外にもアンテナを張って、地域の方々と尊重し合いながら、協力し合いながら、よい社会をつくっていくお手伝いをしたい。その過程の中で、ブレックスが一つの文化として栃木に根付いてほしいと考えています」

天災やコロナウイルスの感染拡大などが相次ぎ、揺れている昨今の日本。その中でスポーツ、ひいてはプロバスケットボールが社会に与えられる影響も決して少なくないだろう。ブレックスと栃木の揺るぎない結びつきが、それを確かに証明している。(文・青木美帆)

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